第六話『繋がりの始まり』
六.
教室に戻るとハルは所在無さげに立っていた。
自分の席についていいのかもわからなかったのかもしれない。
そりゃ、不安だよな。
というか、不安どころじゃないだろう。
「ハル、大丈夫か?」
「あ、うん。どうだろうね。よく、わかんない」
「ぼくにできることがあったらなんでも言ってくれ」
「ありがと」
そこで気付く。
なんだ、周囲の視線が集まっている気がするんだが。
見渡すとみんな目をそらす。
いや、わかりやすすぎてむしろ怪しいっての。
みんな見てたのか?
「さっきのきーたん、みんなにも見えてたみたいに」
「マジで?いったいどうなってんだ?」
「わからないにー」
「見えない人は普通見えないよな。見える原理はよくわかってないけど」
「アヤちん詳しくないからにー。ランたんならわかるんじゃないにー?」
「なんか聞いたことあるような気はするけど覚えてない」
「じゃあ今日きーたんも連れてこーの家に行くに」
「ん」
正直ハルを家に帰らせるのは気が乗らないし。
ずいぶん重い雰囲気だろうし、ハルのことも見えない。
帰っても寂しくて辛い想いをするだけになる。
それならうちに来てもらったほうがいい。
「えっと、秋月くん?木本くんがそこにいるって言うのは、本当?」
「え?」
担任の大山先生が泣き出しそうな表情でぼくの席の前に立っていた。
いきなりなんだ?
そう思ってじっと顔を見つめる。
その顔には悲しみと不安と期待が浮かんでいた。
あぁ、この人はきっと、本当にハルのことを想ってくれている。
ハルの死を悲しんでいてくれるからこそこんな表情をしてくれているのだ。
好奇心とかではなく、ハルに生きていてほしい、と思っているから。
大方クラスメイトの誰かがさっきのことを話したと言うことだろうな。
クラスメイトたちをもう一度見回す。
そうか。
彼らにも悪意なんてない。
クラスメイトが死んでしまった。
ショックで仕方がないだろう。
だって、つい先日まで一緒に過ごしていた仲間なんだ。
その彼が幽霊としてでもここにいる。
複雑な気持ちだろうけれど、死んでいたとしても、そこにいてくれると言うだけできっと、少しだけでも安心したんだろう。
人が死ぬとか、なかなか経験しないことで、きっと実感も沸かなくて。
仲良かったわけじゃなくても、悲しいことだったに決まってる。
もう一度話せるかもしれない。
それだけで、話したくなる。
ぼくでも同じ気持ちになる気がした。
「ハル」
「うん、話せるなら、話したい、と思う」
「ん」
好奇の目にさらされる可能性もある。
いい人ばかりではないのはわかっていた。
けれど、それでもいいのか、ハルにたずねたかったのだ。
ハルはその意図を汲み取って、うなずいてくれた。
そして、ハルはこちらに手を差し出す。
ぼくはその手を取った。
視線が一気にハルに集まる。
ボロボロと泣き出してしまう大山先生。
そして目を伏せたりまじまじと見つめたり、おのおのの反応をしていくクラスメイトたち。
しかし全員に共通していたのは今ようやくここでハルが本当に死んでしまっているのだと実感していることだった。
そりゃそうだろう。
身近な人の死なんて経験が少ないだろうし、死んだなんて、そう簡単には信じられないに決まってる。
「みんな、ごめん」
「なんで謝るんだよ、ハル」
「だって、こんなに悲しませちゃったんだ」
「お前は何も悪くないよ」
「けど、」
クラスメイトたちはみな首を振って、笑った。
言葉はうまく出ないようだったけれど、その想いはハルに伝わる。
「あり、がとう」
「こんなに、若いのに、命を失ってしまうなんて!」
涙を流しながら大山先生がハルを抱きしめようとした。
けれど、彼の手は空をかいて落ちる。
「そん、な」
「ごめん、先生。生きている人は、触れられないんだ」
「それじゃ、もう木本くんは誰のぬくもりも感じられないのかい?」
「コウがいてくれます。コウとアヤは、こんなにもあったかくて、やさしいぬくもりをくれる。それに、先生やみんなの想いは、十分伝わってきました」
「ごめんよ、私は君に何もしてあげられないなんて、一番辛いのは君だろうに」
「そんなことないです。自分でもまだ死んだなんて実感はないですけど、これってすごく運がいいことだと思うんです。だって、死んだら本当ならもう誰のぬくもりも感じられないし、声も、想いも、伝えられないし、届かないはずだったはず。けど、こうやって俺はまたみんなの想いを知ることができて、声を伝えることができる。だから、コウには本当に感謝してる。ありがとう」
「ぼくもよくわかってない。けど、それでお前が少しでもうれしいと思ってくれるならよかった」
「コウがいなかったらきっと、俺わけわかんなくなっちゃってたと思う。まだ勘違いしたままで毎日思い込んで過ごしてた気がする。みんなとこんな風にまた、ほんの少しでも話せて、心を通わせられたんだから、本当に幸せなことだと思うんだ」
「強いな、ハルは」
「コウのおかげだよ。うん、俺、やっぱり成仏しなくちゃいけないと思う」
「そう、か」
それが本当にハルのためになってくれるなら、ぼくはどんな協力も惜しまない。
なんだってしてやる。
最後まで、付き合うから。
だから、今のその笑顔を忘れないでいてくれ。
そのままぼくらはいつものように授業を受けた。
もう最後になるかもしれないクラス全員の授業。
他の先生たちももうすでに話を聞いているのか、驚きの表情を見せたが受け入れてくれた。
休み時間の度他のクラスでハルと仲の良かった生徒や文芸部メンバーなんかもやってきてハルとたくさん話をしていく。
ハルがどうやって成仏できるのかはわからないけれど、きっとこの会話には意味があるのだろう。
最後のお別れ、もきっとハルにとってはとても重要なことだろうから。
しきりにハルはぼくに礼を言っていた。
死んだのに最後のお別れができるだなんて、普通はありえないことだし、幸せだ、って。
それはとても悲しいことだけれど、後悔がないように、話ができるのだから。
たくさんの人がハルのために涙と笑顔を見せてくれた。
どれだけ自分たちが生きていることが周りに影響を与えているのかと言うことを実感させられる。
ぼくもハルとほとんど同じような交友関係なわけだから。
こんなにたくさんいたんだな。
こんなにもたくさん、人と繋がっていた。
普段自覚がないけれど、ぼくらはこうやって人と繋がり合って生きているのだ。
とても、幸せなことだと思う。
大切にしよう、そんなことも思えた。
人が死ぬって本当に大変なことなんだ、と初めて実感している。
まだまだ若いぼくらでこれほどの人が関わっているのだ。
大人になったらどれだけの人と関わっているのか、想像すらできない。
そして、放課後に最後の客が訪れた。
「こんにちは、木本くんと秋月くん」
「「理事長さん!?」」
ハルと二人で驚きのあまり大声を上げてしまう。
いや、だって来るだなんて思ってもみなかったし。
当然普段関係のある人ではないわけだから。
「秋月くんに不思議な力があると聞いてね。木本くんは本当に、悲しいことになってしまったね。冥福を祈らせてもらうよ」
「あ、いえ、ありがとうございます」
「今朝聞いて驚いたよ。幽霊になった生徒がこの学園に戻って来てくれている、なんてね。本当にありがとう。光栄なことだよ」
「いえ、俺は死んだことにすら気付いていなかっただけですし」
「君たちに少しお願いしたいことがあるのだが、いいかね?」
「「はい?」」
二人してきょとんとしてしまった。お願いしたいこと?そして理事長は
「心霊現象を解明して様々な不可解な事件を調査する『心霊探偵倶楽部』として働いてくれないだろうか?」
そんな、とんでもないことを提案してきたのだった。