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これが君とぼくの日常  作者: 霧間ななき
第四章 『繋ぐ、手のひら』
54/61

第五十四話『好き』

54.

 晩ご飯の前にフロントに行ってみたのだが月の湯の予約は問題なく取れた。

四つの露天風呂があるらしく約一時間ほど貸切にできるらしい。

 アヤと2人で入るということは誰にも話さなかった。

 てか、わざわざ説明するのも面倒だし勘違いされても困る。

また女ったらしとか言われたくないしな。




 山の中なのに本当に魚介メインとか言う謎の会席料理を食べたのち、月の湯に来ていた。

客室のある建物からは少し離れた位置にある別館から行くことができる。

 アヤは自分で言い出したくせに照れているらしく、先に行ってほしいとのことで先に露天風呂に。


 中に入ってみると、と言うか露天なので出てみると、になるのか?

なんか変な感じだが。

 大きな桶のようなものが地面に埋まっているような露天風呂だった。

大きさとしては5人入ると少しきつそうなくらい。

 4人家族だったらまぁ、ちょうどいいか、と言ったくらいの大きさ。


 2人なら問題なくゆったりと楽しめそうだ。

 それなりに深さがあって、縁に沿って座る台が設置されている感じだった。

子供は座って入れなさそうだが、そうか、別にひざとかに乗せて入れば問題はない感じなのかな。

 湯加減は水道のようなものが取り付けられており、水と源泉が出るようになっていた。

取り付けられている温度計によると今現在は四十二度程度。

 露天ならこんなもんがちょうどいいだろう。


 さすがに露天風呂として設置されているだけあって、景色は綺麗だった。

時刻はすでに八時半を回ったところ。

 八時半から九時半まで予約してあるのだ。

 まぁ、一時間まるまる入ってるなんてことはないと思うが。


 にしてもアヤ遅いな。

つかなんで一緒に来ないんだ。

 って、あー、一緒に来たら着替えがまずいことになるか。

貸切だから脱衣室は一個ずつしかないのだ。

 まぁ当然のことだが性別ごとに分けられているわけもない。



 そんなことを考えていると脱衣室の扉が開く音が響き渡る。

閉めるのはゆっくり閉めたようで、そんなに音が響かなかった。

 いや、これ割と重要な事実で。

 扉の開き方、閉め方って結構個人差があるわけだ。

 開くのも閉めるのもあまり丁寧にはやらないアキラのような人もいれば、最初から最後までずっと手を添えたままであまり大きな音を立てないように丁寧に開け閉めするハナのような人もいる。

 ちなみにキリは閉めるときだけ手を添えていた。

 アヤは特に気にしていないがハナほど丁寧ではない感じ。


 つまり、だ。

今の扉の音から判断するとキリが来た可能性があるんじゃないか、ということ。

 脱衣所の中はこちらから確認することはできない。

いやまぁ、見えてしまっても困るわけだが。

 アヤ以外が来ていたらどう反応すればいいんだ?

他の誰かが来る可能性って低いわけではあるが。


 あー、でも、アヤがぼくをからかってキリとかハナを送り込んでくる可能性だって、ないなぁ。

 あのときの喜びは演技とかそういうの完全に抜いた、本気の笑顔だった。

 だから、そんなことはないと思う。

そういうおふざけはしないだろうな。

 ネタになる程度のことならアヤはやるけれど、本気で傷付いたりするようなことは絶対にしない。

 なのでたぶんいつもと気分が違うから丁寧な動きになったのだろう。


 つーか、さすがにあでやかな裸体を見せてあげるうんぬんは冗談だよなぁ。

ぶっちゃけ、健全な男子高校生であるぼくとしては見れるなら見たい。

 アヤの胸はつつましいとは言え仮にも女の子である。

そして、男性とは違う部分がこう、あるわけで。

 いかんいかん、微妙に鼻息が荒くなっていた。

 おいそこ、変態とか言うな。

この状況になってみればわかる!

 男なら期待せざるをえないに決まっているじゃないか!


 さすがにそれはないと思ってはいる。

 アヤはあれでなんだかんだで結構常識のある子なのだ。

恥もなさそうに振舞ったりするがそんなことはないし。

 ハイテンションでおかしな冗談を言ったり天然発言をすることが多いため勘違いされがちだが恥じらいを持った普通の女の子である。


 冗談が多くなったのはたぶん、ぼくのせいなんだろうな。

母さんとかとの掛け合いが昔から多かったぼくは突然そういった内容の会話を始めたりする。

 それに対応できるようにアヤが合わせてくれているのだろう。

 しかし、そのせいでたぶん、アヤはぼくがどう思っているのかたまにわからなくなっているんじゃないかな。

 悪いことをしたな、ホント。

お前本当にかわいいんだぞ?

 冗談だと思ってたかも知んないけど。



 そして、その答えはすぐに出ることになった。

扉が開いて中からアヤの顔がのぞく。

 バスタオルのようなものを巻いたアヤが脱衣室から恥ずかしげにこちらを見ていた。

こちらに半分だけ出ている感じ。

 仕草がかわいすぎてどうしてくれようか、と思ったが冗談はやめておくべきだ。

今日はそういう雰囲気じゃない。

 とりあえず、アヤでよかった。

ハナとかキリが来られてもマジで困るし。


「来ないのか?」

 笑って言ってやると意を決したようにアヤはこちらへ近付いてきた。

足取りは軽い、なんてこともなく、かなり緊張しているのが見受けられる。

 表情も少し硬い。

楽しんでほしいんだけどな。


「お、お邪魔します」

「いらっしゃい。緊張しすぎだろ」

 湯船に入るところで、アヤはおもむろにバスタオルを取って、一気に中に入った。

突然のことだったので顔を逸らすこともできず、思いっきり見てしまったのだが。


「ふ~……」

 温泉に使ってようやく落ち着いたのか、深いため息を吐く。

あー、まぁ、今のは忘れてやることにしよう。

 いや、無理だわ。

ちょっと下にアヤの裸体がある。

 正直湯は普通にクリアな感じなので見ようと思ったら見えてしまうんだがアヤは隠そうとしない。


「なんでタオル取ったんだ」

「だって、お風呂にタオル入れちゃダメなんだよ」

「貸切なんだからいいだろ」

「ダメだってば。後に入る人もいるんだもん」

「そうか。お前は真面目だなぁ」

 口調が普通だった。

にーにー言わない。

 これは結構マジで緊張してるのか。

何するつもりだ?


「こーなら見てもいいんだよ」

「開けっぴろげすぎんだよ。隠せ」

「やだ。だって、こうしてないとこーはこっちを見るじゃない」

「なんだそれ、見てもいいとか言っときながら意味がわからん」

 おかしさにクスクスと笑い声が出てしまい、アヤにも伝染して2人で笑い出す。

なんかそれでずいぶん緊張が取れたようで、ずいぶん空気が変わった。


「こーはやさしいからアヤがそう言うと見ないじゃない?」

「幼なじみ様はぼくのことをよくわかってらっしゃるようで。だがしかし、そう言われると反抗したくなるのも事実」

「ふっふっふー、その時はアヤのあでやかな裸体をとくとごらんあれ~」

「あでやかねぇ?それよかお前はかわいい方に特化してるよ」

「え、ぅ……」

 そこで一気に勢いがなくなり、真っ赤になる。

そのまま顔の半分を湯船にうずめてぶくぶくし出した。

 よっぽど照れたらしく、それを隠そうとしているみたいだ。


「んで、実際なんでいきなり一緒に風呂入りたいとか言い出したんだ?お前のことだし冗談だったら断るだろ?」

「んー、なんて言うのかな。感傷と言うか、願いと言うか希望と言うか。とにかく、アヤにとってこの時間は大切だったんだよ」

「ふぅん、まぁ、いいけどな」

 あんまりはっきりとしなかったな。

うまく表現できない、ではなく、言いたくない表現を避けて、と言った感じに見えたが。

 追求して困らせても仕方がないだろう。

 どうせなら、楽しく笑って過ごせる時間の方がいい。

せっかくの混浴だしな。

 もう二度と、こんな機会はないかもしれない。


「こーは、やさしいね」

「あ?」

 そんな決意をしてどんな話題を振ってやろうかと考え始めたぼくにアヤはそんなことを言った。

いまいち言葉の意味が図りかねる。

 いきなりどうしたんだ?

今そんなに何か特別なことをしたわけでもないと思うんだが。


「アヤのことを本当にわかってくれるのはこーだけなんだよ」

「そんなことは、ないと思うが」

「そんなことあるんだよ。アヤはこーがいるから笑っていられるの。こーがいるからここにいられる。こーがいるから、まだ生きてる」

「ぼくはそんなに大それたことはしていないよ」

「ん、それで、いいんだよ。こーのそれがアヤを救ってくれたの。アヤはそれに報いたい」

「だから混浴か?冗談はよせよ。別にこれぼくが望んだってわけでもないじゃないか」

「あ、これはアヤがしたかっただけ」

「そっか。でもな、アヤ」

 なんつーか、なんか、違うんだよ、それは。

その考え方はぼくにとってはいただけない。


「救ってくれた、とか、報いたいなんて、そんな風に思わなくていい。そんなことのためにぼくはお前と一緒にいるわけじゃないんだよ。ぼくはお前のことが好きだから、大切だから、そばにいるだけだ」

「そ、か……。うん、そう、だよ、ね。うん、アヤも、こーのこと大好きだよ。こーとずっと一緒にいたかった」

「サンキュ。お前が望んでくれるなら、いつまでも一緒にいられるさ」

 そう言って笑ってやると、アヤは壊れそうな微笑みを浮かべていた。

今にも泣き出しそうで、苦しそうな。

 そんなアヤを、見ていたくなくて。

 そのままアヤを、引き寄せた。

アヤは驚いたように身体を一度ビクッと震わせたがすぐに落ち着いて、身をゆだねてくる。


 ぼくの腕にすっぽりと収まったアヤの身体はとても小さくて、やわらかくて。

愛おしさが胸からあふれ出す。

 あぁ、やっぱり、ぼくはこいつのこと、本当に好きなんだな。

やっと、自分の気持ちに気付いた。

 色々と寄り道してしまった気がするけれど。



 アヤとの出会いは小学校の頃だったと思う。

いや、その前から見たことはあった。

家は隣だったから。

 とは言え、うちの敷地が大きすぎてそんな感覚はまったくなかったのだが。


 小学校に入った頃、やはり新しいコミュニティになるとグループも新しく作られていくわけだ。

 保育園組やら幼稚園組で元々仲の良かった子がまず基本的にグループを作っていく。

かく言うぼくも保育園で一緒だった友達とグループを作って遊んでいた。

 入学して一ヶ月も経てばもうほとんどグループは出来上がっている。

仲の良い子が集まったグループなんかもできて、ほとんどの人がそうやって友達を作っていた。


 だが、アヤはどこにも入れなかったのだ。

 問題はやはりこの髪の色だったのだろう。

アルビノだったアヤは元々色白で、銀髪をしていた。

 生まれつきのものなので当時から変わることはない。


 真っ白でふわふわなアヤを初めて見たときぼくは雪の妖精のようだと思った。

 しかし、クラスメイトたちはそうは思わなかったようだ。

アヤのことを『幽霊女』と呼び、仲間外れにしてからかったりしたりしていた。

 一部の人間がやり始めたことだったがやはりそういったものは広がりやすい。

入学後三ヶ月程度でアヤはほとんど学年全員にそういう扱いを受けるようになっていた。


 アヤはそんな扱いを受けて、いつも泣き出す。

当然だろう。

だって、小学生にとって学校のクラスメイトと言えば自分の世界のほとんどなのだ。

 その人数に自分の存在を否定される。

それはどれほど辛いことか。


 それに気付いたぼくは自分のいたグループにアヤを引き込もうと思った。

 しかし、それをみんな嫌がる。

まぁ、今考えてみれば気持ちはわからないでもない。

 アヤを引き込んだらそれだけで他のグループに目をつけられてしまう。

 下手をすれば自分たちまで対象にされてしまうかもしれないのだ。

拒否されたぼくは諦めた。


『こんなやつらにわかるわけがない』

 こういう世界なのだから仕方がないと思う。

 その頃からもうすでに妖怪と交流があったぼくは孤独の辛さを知っていた。

彼らの流す涙と辛そうな声。

 そんなものを見ていくうちに、放って置けなくなっていたのだ。

 そして、ぼくはアヤの手を取った。


 アヤはそんなぼくを見て疑問の顔を浮かべる。

なんで構うの、と言うその顔に流れる涙をぬぐって、ぼくは笑った。

 独りは寂しいだろ?

そんなぼくの言葉にアヤは少しだけ、笑う。


 2人だけでもいいやと思っていた。

この子を笑顔にできるなら、なんだっていい。

そのためにならぼくは他の誰もに否定されようとも構わないから。

 そうして、ぼくらは仲良くなった。

2人だけでずっと、一緒に。

 他のみんなにどれだけからかわれようと、否定されようと、別に構わない。

あんなやつらなんかよりもずっと、大切な友達ができたのだから。

 腕の中のアヤはプルプルと震えていて、どうやら泣いているようだった。


「泣くなよ。なんかあるなら、教えてくれよ。力になるからさ」

「……うん」

「何かが見えててそれを変えるために言えないのかも知んないけどさ。それでも、ぼくはお前のためにならなんでもしてやりたいんだ」

「ごめんね」

「謝るなよ。お前は気に病まなくていい。ぼくもお前の立場だったらきっと、同じことしてるだろうしな」

「……うん、うんっ」

 そのままぎゅっと抱きしめて、頭を撫でてやる。

ゆるり、ゆるりと。

 アヤも抱き返してくれて、愛おしさが増していった。


 アズとはずいぶん違う感覚。

家族への愛より、大きくて、強くて、あたたかくて、やさしい。

 そうか、これが人を愛するってことなんだな。

 これならば確かに、どれだけ辛い想いをしようとも、がんばれる気がする。

たとえ嫌われたとしても、生きていてほしい、そう言ってくれたアヤ。

 そのためになら、なんだってする、その気持ちが痛いほどよくわかった。

 1人で抱え込んでほしくないな。

こんな、強い気持ちは抑えきれなくなってしまいそうだ。


「……こー、ちょっと、恥ずかしい」

「ん、そうか、すまん」

 てか今思ったら素っ裸で抱き合ってたのかぼくらは。

ぼくも恥を思い出してアヤの身体を離す。

 それなりの深さがある風呂だったため胸くらいまでは抱きしめ合っていても浸かっていたし、特に身体は冷えていなかった。

 けれど結構長い時間抱きしめあっていたせいで離れた瞬間、なんだか自分の一部がなくなったような、そんな喪失感を味わう。

 離しがたくて、アヤの手を捕まえてしまった。


 アヤも同じだったらしく、ぼくが捕まえた手はぼくの手をしっかりと握り締めてくる。

とは言え恥ずかしさがなくなったわけでもなく、お互い目をそらしてしまった。

 心地の悪い沈黙、ではない。

 なんだかお互いが大切に想い合っているのが手を通じて伝わっていっている気がした。


 やっぱり、アヤは本気でぼくのことを好きでいてくれるのかもしれない。

けれど、アヤはぼくがカナタのことを好きなんだと思っている。

 ぼくはこの想いを伝えた方がいいん、だろうな。

覚悟を決めよう。

 まだすぐには無理だけれど、きっとアヤとぼくならすべてうまく行くだろう。


 だから、大丈夫。

気持ちはきっと、同じだ。

 ぼくが覚悟して伝えればたぶんアヤは受け入れてくれるだろう。

これだけ想われていることが、とてもうれしくて。

 そばにいられることが、とても幸せだった。

急がなくてもいい。

 まだ、時間はあるはずだ。

 アヤの心配している何かが終わったあとにでも、伝えよう。


 ぼくはお前のことが好きなのだ、と――

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