第五十一話『修学旅行』
51.
今回は修学旅行なので送迎はなし。
他の旅行先は人数が結構多めに設定されているし、移動距離の関係もあって飛行機が多かった。
バスで送迎ありである。
だってのに、ぼくら6人は電車で新幹線のある駅まで行き、乗り換えて新青森まで新幹線に乗っていった。
時間としてはこれだけで四時間近くかかることになる。
車内ではアキラ以外のメンバーでトランプやUNOをやって過ごしていた。
うちではカードゲームなんてやらないので初挑戦だったカナタはとても楽しげでその様子に癒される。
アキラは騒ぐのが好きではないようで仲間に入らず1人本を読んで過ごしていた。
キリの方は結構こういうのが好きらしく、ポーカーフェイスがうまい難敵だったりする。
しかしハナだけが見抜いてしまうため、結局のところカードゲームはどうやらハナが最強らしかった。
表情に出てしまうタイプだと思っていたのだがどうやら違ったらしい。
うまく隠してしまうのでまったくわからない。
表情も自由自在に操られる上感情を読むのがめちゃくちゃうまく、全員がハナに翻弄される結果となっていた。
どんなゲームをやってもハナに隠し事はできなさそうだ。
思えば彼女は普段から結構気が付く子だったのだから当然と言えば当然だったのだろう。
六月二十六日木曜日。
修学旅行当日になっていた。
あの日紆余曲折あってハナを見つけたぼくは少し驚くこととなる。
気付かなかったのだがいつの間にかキリがハナのところにいたのだ。
ハナは泣いてはいなかった。
キリがただ寄り添って、そばにいて。
肩を寄せ合って空を見上げていた。
そんな2人はとてもお似合いに見えて、中に入っていける雰囲気ではない。
立ち去ろうとしたぼくにハナは気付いたらしく笑ってくれて、キリちゃんの家に一緒に遊びに行きませんか、などと誘われて。
言葉に甘えてお邪魔したキリの家は古いアパートの一室だった。
博士号なんて持ってるわけだし、名家とかだと思っていたのだがそうではなかったらしく。キリはいたって平凡な家だという。
家系図は結構長いので実家は古い家らしいがキリの両親は家を出て暮らしている。
実家の方も特に心霊現象に携わりのある一族、というわけでもないらしい。
しかし、キリの実力は目に見張るものがある。
そのためハナと仲のいいキリはハナと許嫁と言うことになっていた。
本人たちもお互いが大好きだから特に反論はないらしい。
まぁ、正直見ていてお似合いな気はする。
ほとんど何も言わないキリと色々気が利くハナ。
好き合っていて家からも反対なしどころか歓迎と言うのは幸せなことだろうなぁ。
まぁ、ハナの家は結構厳しい家みたいで跡継ぎとなるハナのような力を持ったものはかなり強い監視下に置かれてしまうようだが。
成果を上げて周囲に認められて初めて跡取りとして認めてもらえるのだという。
だがハナはまだあまりめぼしい成果を上げられていないため、結構周囲の目が厳しい。
それが少し辛い、とこぼしていた。
なるほどなぁ。
それであんなに自信なさげなわけか。
確かに理解できる理由だった。
周囲の期待が大きいのだろうな。
そして現在のハナのそばにはアキラと言う大きな太陽が輝いている。
太陽が輝いている限り小さな星は見えない。
ハナはまだ認めてもらえず、結構厳しい言葉を受けていた。
ハナが分家筋であることもかなり大きな理由であるようだ。
本家には強い力を持ったものが長く生まれず、久しぶりに強い力を持ったものが生まれたのが分家のハナだった。
そのため本家に引き取られ、親からも引き離された状態で周囲の目も厳しい中で、期待されながら過ごしている。
それはどれほどの重圧になるんだろうか。
どれほど追い込まれてしまっているのだろうか。
キリはそんなハナが心配だから、ずっとそばにいたいから一緒に学校に通っているらしかった。
アキラもそうだが旧家というのはどうしてこうも体面ばかり気にして個人の気持ちを慮ってやれないのだろうか。
そんなにも『家』が大切なんだろうか。
いや、大切なんだろうがそれはこんな儚く弱弱しい少女の気持ちすら押しつぶしてしまっていいようなものなのか?
ぼくには理解できなかった。
理解、したくなかった。
閑話休題。
新青森から普通電車に乗り換えて今別まで一時間ほど。
鈍行列車で見た景色はなんと言うか、ぼくらの住んでいる家やビルの多い街並みとは違って、なんだかのどかさと言うか、いい意味での田舎っぽさを持った風景だった。
海沿いを走っていく津軽線は絶景といってもいいレベルかもしれない。
海が見え始めた頃からカナタがはしゃぎ始めて、それに呼応するようにアヤもテンションを上げまくって2人で窓に飛びついていた。
そんな2人と一緒に窓を並んで見ているハナの顔もなんだか嬉しそうで、少しだけほっとする。
どうしてもキリの家で聞いたハナの家のこととあの時の表情が頭から離れなくて心配していたのだ。
この修学旅行、彼女は楽しめるだろうか、と。
それは杞憂に終わったようでぼくもうれしくなる。
キリも心なしかうれしそうで。
アキラもなんだかんだでいつもよりは表情が柔らかかった。
こちらはこちらでくだらない雑談なんかもしていく。
アキラは普段あまり無駄な話をしないのでこれは結構貴重な経験かもしれなかった。
旅行と言う非日常がいい方向に作用して、開放的になっているのかも。
ぼくも結構はしゃいじゃってるのかもしれなかった。
今別駅に旅館からの送迎バスがあるとのことで、駅から出てみると11人乗りくらいの小さめのバスが止まっていて、側面には穂結温泉旅館協会と銘打たれている。
ぼくらは運転手さんに挨拶をして、乗り込んだ。
彼の話によればここから穂結温泉まではあと一時間半ほどバスで走らなければならないらしい。
移動だけで一日終わるぞ。
もうすでに時刻は午後四時くらいになっていた。
着いたらもう晩ご飯くらいになってしまうのか。
まぁ、それも事前調査でわかっていたことなのだけれども。
外で遊ぶのは明日からだ。
とは言え、調査もあるので暇があれば、と言う程度なのだが。
そう、調査である。
修学旅行だけど、遊びに来たわけではないのだった。
いや、修学旅行も別に遊びに行くわけではないんだけどね?
依頼があったから今回ぼくらは集められ、ここまで来たのだ。
そんな理由でせっかく一生に一度の高校修学旅行が温泉とかちょっと勘弁願いところなのだが。
いや、別に温泉が悪いとかではないけど。
文句を言っていても始まらない。
どの道やらなければならないことはもう決まってしまっているのだ。
PDCに入った時点でそれはもう決定事項なのだった。
ちなみに今回、本来なら引率の教師アリで行かなければならないはずなのだがぼくらは場合が場合なので引率の教師なし。
現地に代わりに神明会の方が派遣されているとのことだった。
向こうに着いたら今回の依頼もその方が説明してくれる。
まぁ今回も今まで通り神明会の保護下で事件調査を行っていく、と言うことになるのだろう。
結局のところ学生のうちはそこまで危険なことをやらされることはないらしい。
この前の七不思議は特殊ケースだった。
力試しの意味合いが大きいPDCで無茶をしても仕方がない。
そのため、結構な人数の神明会の方々がフォローに入ってくれる。
ありがたいのではあるが、なんだか自分たちの無力さを感じさせられるなぁとは思った。
アキラはともかく、他のメンバーが弱いのは確かなのでどうしようもないのか。
ずいぶん山に入ってきている。
駅から出て一時間と少し経っていた。
てかずっと山だったわけだが。
さすが東北、って言ったら失礼になるんだろうか。
でも、ホントすごい。
うっそうと生い茂る木々のせいでまだ日が出ているはずなのにもうずいぶん暗く思える。
上を見上げようにも木の背が高くて暗く見えてしまうのだ。
鹿とか出てきても不思議じゃないな。
そういう看板もたくさん立っているし実際出てくることもあるのだろう。
だんだん穂結温泉まで~キロと言う看板が見えるようになってきていた。
てかそれしか看板が見えないってことはなんだ?
この先穂結温泉しかないのか?
この辺まったく分かれ道とかないし、思えばずいぶん前に一度だけ分岐があっただけでかれこれ四十分以上一本道だ。
これ、もしこの山が土砂崩れとか起きたら帰れないんじゃないか?
いやまぁ、これだけ木がたくさん生えてたらそんなことはないと思うけど。
しかし、昼でもこの道暗そうだし、熊とかも出そうでマジ怖いな。
大丈夫かな。
観光地になってるくらいだし、大丈夫か。
けど、車と一台もすれ違わないってどうなのよ。
後ろからついてくる車もない。
この先本当に温泉なんかあるのか?
穂結温泉は秘湯と言うことになるらしいのだが。
つーても、秘湯って言ったって観光地なんだからこんな山奥にあるとは思えなかった。
もしかして、騙されたんじゃなかろうか?
七不思議のときみたいなことが起きて、ぼくらはそれに招きこまれているだけなのではないだろうか?
引き返した方がよくね?
いや、でもどうやって?
送迎バスだって結局、六日間も泊まるからこそ来てくれたわけだよな。
今から帰るなんて言ったって送ってってくれるわけもなさそうだし。
んじゃ行くしかないのか。
マジで怖いなぁ。
なんか起きなきゃいいんだけど。
こんだけ暗いと不安になる。
不安になりすぎて変なこと考えちゃっただけだ。
うん、そういうことにしておこう。
隣を見るとカナタがぼくの肩に頭を乗せて眠っていた。
移動ではしゃぎ疲れて眠ってしまったようだ。
ちなみにハナとアヤも眠ってしまっている。
ハナはキリに寄りかかって。
アヤは一番後ろの席で1人でぐでーんと寝ていた。
緊張感ねー。
いや、まぁ、修学旅行だしそんなもんか。
ぼくが心配しすぎなだけだ。
アキラを見るとひじをついて窓の外を眺めていた。
黄昏ているように見えてとても画になっている。
ひじをつくだけで画になるとか、ホント美形はずるいなぁ。
しかし、その表情の険しさに何か、違和感を感じる。
あれ?こいつのこの顔。
ふとアキラがこちらを見た。
何故か見詰め合う。
アキラは目を細めて流し目でこちらを見ていた。
やっぱだ。
こいつ、何か感じ取ってる。
ぼくは右手人差し指を立て、自分の右こめかみに当てた。
そして、そのままその指でアキラを指差す。
アキラには伝わったようで、ゆっくりとうなずいた。
アキラは何かを感じ取ると右こめかみ辺りにぴりりと電撃のようなものを感じるらしい。
それを表現したのだが。
アキラは下を指差す。
下?下にあるのは、バスの床、と言うことではないだろうから、地面。
地面と言えば現在この車が走ってる位置を考えて予測すると、この山の力、か?
あー、それって温泉が近いからパワースポットがあるんじゃないのか?
温泉のパンフを取り出してアキラに見せる。
アキラはそれでぼくの言いたいことがわかったようだった。
かもしれん、といった感じで肩をすくめる。
まぁ、現状ではなんとも言えないか。
そうしてそれから十数分走って、到着した。
驚きに口が開いたままになってしまう。
「マジかよ……」
「山奥にこれは凄まじいな」
アキラとぼくは顔を見合わせながら呆れてしまった。
だって、こんな山奥なのに広大な温泉郷が本当にあったのだから――