第四十九話『人間じゃ、ない』
49.
「うらうらうら、起きろー!」
「なんなんだよ……」
ホント、なんなんだよ。
時計を見てみると午前四時半。
待てよ、早すぎるだろ。
「なんの用だよ……」
「ご挨拶だな。その前に挨拶だろーが」
「あー、おはよー」
「おぅ、おはよう」
まぁ、朝が弱いタイプでもないので別に構わないのだが眠いものは眠い。
家にいる頃もこんなに早くはなかったはずだが。
そもそも起こされるなんてほとんどないし。
朝はぼくが作ってたしなぁ。
量が少ないとか怒られるが。
「朝飯作るぞ」
「なんでこんなに早く……」
「フィンランド料理ってまっずいんだよ。結局向こうの材料でこっちで食ってたもんと変わらん料理しかしてなかったからさ。日本の材料でいろんなもの食べたいわけよ」
「フィンランド料理ってどんなんかまったく思い浮かばないんだが……」
「アイスと酒とコーヒーはうまい。料理は正直薄味すぎてまずい。レシピをもらったこともあったんだが改良しないと食えたもんじゃなかったな」
「改良すればおいしかった?」
「そーでもない。そもそもあぁ言うのは口に合わんな。なんつーか、乳製品と野菜メインな感じ」
「ふむ。てか寒いのにアイスかよ。酒はウォッカとか向こうのだろうしわからんでもないけど」
てかフィンランドは北欧だったな。
でもロシアの隣だよな、確か。
ウォッカってどこの酒だっけな。
ロシアだと思うんだけど。
まぁ、酒には詳しくない、と言うか興味がない。
「アイスマジでうまいんだよ。寒いけどな。凍えて動けなくなったんで父さんにおんぶしてもらった」
「父さんが憐れすぎる!!」
「あの人すげーよ。向こうの人とおんなじ格好して暮らしてるんだぜ!?」
「え?半袖?」
「環境に合わせて生きて行くほうが楽だしねーとか笑ってたけど笑えねー。見てるほうがさみぃ」
「前からおかしな人だとは思ってたけど何それ怖い」
「あとさ、向こうのお菓子でサルミアッキってのがあんだけど、くっそまずい。アレはヤバい」
「なんか名前だけは聞いたことある気がするな……」
「ということでお土産で買ってきてやったぜ。食え」
「いや意味がわからねぇよ!?何故くっそまずいと言われたあとに食べる気が起きると思う!?」
「無理やりにでも食わしてやるから安心しろ」
「まったく安心できねーー!!??」
朝から騒がしくしてごめんなさい。
それでも起きないランと音もしない隣の部屋。
歪みねぇな。
銀髪をゆるりゆるりと撫でる。
めちゃくちゃ癒される時間だった。
いやさ、母さんと話しまくるのは久々だし楽しいのではあるが。
朝一からあのテンションに付き合うのは結構疲れるのではある。
ぶっ飛んでるからなぁ。
うちの両親は普通の人では相手できないくらいの凄まじいキャラなのである。
アヤんちの両親たじたじにしてたしなー。
ハルとかナツもどん引きだった。
初対面だろうがなんだろうがあのままの態度である。
そりゃ引くわなっていう。
「ぅ、んにー……」
またなんだか照れた感じで顔をうずめたままこちらを見ているアヤ。
目が合った瞬間に完全に顔を隠してしまうが、見てたのバレバレだよ。
耳真っ赤だし。
「おはよ、アヤ」
「おぁにー、こー」
観念したようにむくりと起き上がってアヤはぼくに向き直る。
「最近こーが何したいのかよくわかんない」
「いや、アヤに癒されてるだけ」
「うーん、役に立ってる?」
「うむ」
「そっか。なら、いいかにー」
「そういや、アヤ。母さんが帰ってきてさ。土産でくれたんだ。食べてみないか?」
「にー?何これ?」
「サルミアッキって言うんだってさ」
「なんか、昔流行ってたちっちゃい車のタイヤみたい」
ミニ四駆のことだろうか。
いや、それ言いえて妙だな。
確かにそうとしか見えないしそういう味がする。
「うにぇい!?にゃにこりぇ!?にゃにこりぇ!?」
「アルミサッシだよ、違う、サルミアッキだよ」
「まじゅい……」
「だよなぁ」
「なんでこーはアヤちんにこれ食べさせたの……」
「いや、面白いだろ?」
「面白いのは見ていたこーだけだよ!?アヤちんぜんぜん面白くないんだけど!?」
「大丈夫だ、問題ない」
「一番いいのを頼むーよー!?」
「いやな、これからPDCのほかのメンバーにも食わせるから」
「あ、それおいしいに」
「だろ?一番最初に味わっといた方がおいしいんだよ」
「サルミアッキはまずいけどそれはおいしいにー♪」
他人の不幸は蜜の味。
このまずさを知ったものだけが楽しめる蜜の味だ。
いやはや、バカだなぁとは思うけど。
楽しそうなことはやめられないのである。
「今日はかなちゃんどこにいるかに~」
「あー、今日は音楽室辺りじゃないか?」
確か直前に他のクラスの音楽授業があったから聞きに行っていた可能性がある。
最後に音楽授業があるクラスがあるとあの辺にいる率が高いのだ。
案の定カナタを音楽室から降りてくるところで発見して合流し、特別教室に向かう。
「こー、今日かなちゃんと一緒に研究棟の入り口行ってもいいー?」
「ん?ぼくは別にいいが、なんだ、まさか引っかかりたいのか?」
ジト目になりつつアヤを見つめた。
実に楽しそうである。
ぼくは毎度毎度引っかかってうんざりしてるんだがなぁ。
まぁ、アヤがカナタを連れて行ってくれればぼくは引っかからないだろう。
「うふふ~、楽しみだに~」
カナタはちょっと怯えた様子でぼくを見ている。
あー、まぁ、大きな音が出るから不安なんだろうなぁ。
もう一ヶ月以上通ってるんだからそろそろ慣れてもいいと思うんだが。
「楽しいもんじゃないと思うけどなー」
わくわくした感じのアヤとカナタが入り口に入って、気付く。
「あ、いや、ぼくが先に入った方がよくないか?」
『認証、反応1個体。承認できません』
そんな声が中から響いて。
アラートが鳴り始める。
しかし、その音をぼくの耳はうまく捉えられない。
聞こえた音声が耳から離れてくれない。
オイオイ、なんだって?
いや、それはおかしいだろ?
待ってくれよ、どういうことだよ?
反応1個体、だって?
いや、そりゃ、そうなん、だよな?
おかしくなんかないはずだ。
人間ではないものを判別してアラートを鳴らすシステム。
カナタにだけ反応して、アヤには反応しなかった。
それで正しいはずだ。
しかし、だとすると、だ。
おかしなことが出てくる。
ぼくが最初ランとぼく、2人で入って受けた音声は
『反応2個体』
だったはずだ。
あの時は誰もついてきていなかったはずだ。
ついてきていたらランがほっとくはずがない。
アイツはなんだかんだで結構うちの家族にやさしい。
家に出る前に必ず見つけ出して置いてくるに決まっているのだ。
だから、あの時はランとぼくだけしかいなかった。
なのに、何故2個体に反応したのか。
そして、昨日の母さんの話。
『うちの家系をさかのぼっていくと鞠つき童子と結婚して子供を生んでるのがいる』
人間ではないものと交わった一族。
そこから人間ではないものが生まれる可能性は?
「あ、きぃちゃん。ありがとー」
「遅れた。どうぞ」
「こー、これ結構ドキドキするに~」
「え?あ、あぁ、だよな」
「に?なんか青い顔してるけど大丈夫?」
「大丈夫、だ」
「ならすぐ入ってきてねー?待ってるに」
「おぅ」
笑って、見せることができていたのか。
それすらわからないくらいに身体が震えていた。
怖い。
それを確かめたらぼくはもう、戻れない気がする。
ぼくが人間じゃない?
そんなバカな。
人間だ。
人間のはずだ。
きっと気のせいだ。
誰かがもぐりこんでいただけだ。
そう、考えて。
足を踏み出そうとした。
しかし、足は前に出なくて、ガクガクと震えている。
泣きそうだった。
ぼくは、なんなんだ?
何ものなんだ?
もう、よくわからない。
ぼくはここにいても構わないようなものなのか?
人間じゃないからこそうちのみんなも懐いてきてくれたんじゃないだろうか。
ランのいろんな言葉、一気に胸に突き刺さってくる。
アキラの言葉が脳裏を掠めていった。
キリの言葉少ない疑問が思い出される。
アヤの思わせぶりなセリフが再生された。
頭がぐちゃぐちゃになっていく。
「コウヤさん?大丈夫ですか?」
「え?」
うつむいたまま立ち尽くしていたらしいぼくの肩に置かれた、あたたかい手。
心配そうに覗き込んできているかわいい顔。
ハナだった。
「調子悪いなら保健室にでも行きましょう?」
「あー、いや、違うんだ。大丈夫だよ」
「そう、ですか?」
怪訝そうに眉をハの字にして心配してくれている。
その気持ちがあたたかくて震えが止まった。
「ん、サンキュ、ハナ。助かった」
「え??ボク何もしてませんが?」
「いや、そんなことねーよ。入るか」
「うーん、まぁ、話したくないのなら聞きませんけどー」
納得がいかなさそうなハナと共に、入り口に入る。
狭くて身体が密着してしまった。
微妙に意識してしまう。
カナタとかアヤもつぼみもそうだったけど、女の子ってなんでこんなにやわらかいんだろうか。
それに、なんだかいい匂いがする。
って、何考えてんだぼくは。
『認証、反応1個体。承認できません』
無駄なことを考えている間に、ぼくに対する死刑宣告のような、無情な機械音声が個室に鳴り響く。
ハナの驚いた顔と、アラートの音。
全部がぼくの頭から吹っ飛んで、すべての気力が失せた。
それはつまり、このぼくは人間ではないと言うことなのか――?




