第四十四話『パワースポット』
44.
「そういやラン、ちょっと聞きたいんだけどいいか?」
「あー、ベツニいーけどナンダヨ」
家に帰ってきていた。
晩ご飯の調理に取り掛かった頃にランがふよふよと流れてきたのを捕まえて聞いてみる。
「前から疑問だったのではあるんだが霊視ってかなり希少価値の高い能力なわけだよな?」
「まぁナ。チョクセツツナガってるドウブツとかとチガッテ、ニンゲンってリュウミャクにカンノウできるやつほとんどいネーからミエルワケがネーノ」
「直接繋がってる、って動物って竜脈と繋がってるのか?」
「イキモノならトーゼンダロ。ニンゲンがオカシーんダヨ」
あー、まぁ、そうか。
そりゃそうだよな。
生命エネルギー、つまり生きていく上で必要な当然の力。
人間はそんなもの見えないから存在そのものをしっかりと認識していないけれど、身体には影響があるらしいし。
活力がみなぎるとか運気が上がるとか、まぁそういったものはどうなのかはわからないけれど。
それでも竜脈に力があり、パワースポット、竜穴も存在しているのは確実なわけだ。
竜脈に繋がっているからこそ死んだ人の精神、まぁ魂と呼ばれるものは地面に滲みていって竜脈へと還っていく。
そうやって世界は循環していっているのだ。
動物の魂も当然そこへ還っていく。
だから、ランの言う通り、感応できない人間がおかしいのだろう。
たぶん、人間はおかしな方向に歩きすぎたのだ。
進化とは程遠い、道具を使い、手足を使って必要なことだけではなく不必要なことまでこなしていく人間。
頭でっかちになった人間は理論だとか理屈ばっかり気にして型にはめたがった。
そうしていくうちにだんだん竜脈や妖怪や幽霊たちを認識できなくなっていったのだろう。
科学が発展していくことをぼくらは進化のように素晴らしいことだと思っているがそれは果たして正しいのだろうか?
生物として在るべき行動をまったく取らない人間と言うやつは本当は間違っているのではないだろうか?
自分たちの頭で考え、勝手な理論を作り出し、それに当てはめて解明したような気になっている。
それのどこが、進化だと言えるのだろうか。
とは言え正直今更科学のまったくない世界なんて考えられないし、ぼくらは生活もしていけなくなってしまうだろう。
今突然裸で原始時代に飛ばされたとして生き延びることなんて、きっとできない。
一部の人はある程度まで生き延びることができるかもしれないがやはりずっとは厳しいだろうし。
進化とは程遠い、おかしな方向に進みすぎた生物、人間。
それを正しいとは言えないけれど。
便利で使い勝手のいい科学を捨てられるわけもない。
もはや引き返せないところまできてしまっているのだろう。
手遅れ、としか言いようのないところまで。
まぁ、そんなことただの一般人であるぼくが考えたところで、結局のところなんの意味もないのだった。
1人で考えているだけの哲学みたいなものだ。
誰かに説明しようとしない哲学なんて、意味を持たない。
本人の中にだけある、ただの思想だ。
今のだってどうせ意味なんてない。
ただ考えてしまっただけなのだ。
無駄だとわかっていても思考してしまう、それだけなのだ。
「んなことキキタカッタのか?」
「あぁ、いや、希少価値が高い割にはぼくの周辺見える人が結構いるから変だなって思っただけなんだよ」
「ケッコウいる、かぁ?」
「ぼくが見えてるのは知ってるだろ?それにアヤ、アズに母さん、父さん、ハナにキリ、理事長も見えるっぽいし、アキラの一族も見える人がいるみたいだ」
「アヤメはミエテネーダロ。アイツのはフクサンブツだ」
フクサンブツ、副産物か。
あー、そうか、そうなんだな。
ランたち妖怪にしてみればそういうものも感じ取ることができる、か。
「オイ、コウヤ。ボーッとしてんナヨ。だから、アズサもオマエのリョウシンもミエテネーっていってんダロ」
「は?え?見えてない?いや、それはおかしいだろ。うちにいるみんなのこと、わかってくれてたじゃんか」
「トーゼンダロ。ここはトクベツなんダヨ」
やれやれ、といった感じで肩をすくめながらランはぼくを見下すように視線を送ってくる。
どういうことなんだよ。
見えてないだって?
そんなことはないだろ。
だって、アズや両親ともにお前と話してるしカナタとだってアズは仲がいいじゃないか。
見えてないなんてそんなバカな。
「わかってネーダロウからセツメーしてやんよ」
「あぁ、頼む」
ここからはちょっとランの説明がわかりにくいのでぼくが脳内で解釈しながら言葉を変更してお届けしますよ。
言葉に癖がありすぎてわかりづらいんだよ、こいつ。
「竜脈ってーんは結局のとこ生命エネルギーの大きな流れで、パワースポットとか言われる穴が点在してんのは知ってんよな?
パワースポットは地下を流れてる生命エネルギーが地上に噴き出すスポットなワケだ。
世界各地に存在するが基本的にスポット、点なんだよ。
極小の点。小さくて目に見えないほどの、長い縦穴。
そっから噴き出している量ですら人間を含め、いろんな生き物に影響を及ぼす。
多大な影響だ。
本当に、大きな力だからな。
そういう場所は温泉や神社仏閣など、良い気の集まる場所として使用される。
現在のところ日本で発見されてんのは128箇所とされているわけだ。
そのすべてが神明会の管理下におかれた神社や仏閣、温泉施設に商店街など。
まー、なんしろ強い影響を持つ場所なわけだ。
あるだけで活気付く。人が集まる。裕福になるのも当然。
パワースポットの位置は基本的に固定されているものでな。
つーのも、パワースポットが発見されると神明会が察知してその上に神社とかを建てる。
そうすることによって、神社などでパワースポットを固定しちまうんだよ。
元々そういう意図をもってして作られたのが神社等っつーわけだ。
だから、神社とかでのお祈りとかって実際完全に無駄なんてことはねーんだよ。
で、こっからだ。
こっからが今の話をした意味に繋がんだよ。
パワースポットでは心霊現象が発生しやすいとかって確か前話したよな。
あぁ、なんとなくコウヤにもわかってきたな。
生命エネルギーってのは結局のとこオレたち妖怪とかを形作っている源なわけだ。
そのかたまりが地上に噴き出す点。
そりゃ当然のことながら心霊現象も起きやすくなるに決まってんだろ?
幽霊も妖怪もパワースポットに入れば力を溜めて強くなれる。
強固になり、なかなか消えなくなんだよ。
だからこそ、神明会は管理したいわけだ。
下手に人に害なす妖怪に強くなられたら困る。
そして、神社仏閣にはもちろん、温泉や商店街ってのは結界の意味合いがあんだよ。
温泉とか商店街は意外に思うよな、やっぱ。
温泉ってのは不浄を流す場所、だからな。
身を清め、汚れを流す。
そして良い気をまとうための場所。
そんな場所に悪しき念を持った妖怪は入れない。
まぁ、人と交流が合ったり害意のない妖怪とか精霊は入れるけどな。
河童とか座敷童子なんかは結構温泉にいるらしいぜ。
余談だけどな。
商店街の方の場合、音による結界を張ってんだよ。
まぁ、かなり特殊な張り方だし、一般的な商店街でも普通に見られる光景だから気付かねーだろうけどな。
木とリング、まぁアーチでもいい、そして、鈴だ。
木はもちろんのことながら生きている木でなければならないけどな。
ついでに針葉樹ではなく広葉樹だな。
葉と葉が合わさらなければならないんだよ。
落葉広葉樹で構わないけどな。
葉が落ちたあとでもきちんと効果はあるぜ。
そういう結界なんだよ。
アーチに関して言えば大抵どこでもあるよな?
四つ合わさって円を二つ、四辻であることが求められる特殊な結界だけどな。
四辻を四つセットで用意すればそれだけ範囲を広げることも可能だぜ。
そして、その四辻すべてに鈴を用意しなければ使えねー。
これが最も重要なんだけどな。
特殊な鈴なんだが見た目はなんらおかしなとこのねー鈴だぜ。
だが、特殊な技法で作られる鈴で、神楽鈴とかにも一部の地域で使われてる鈴でな。
出雲でのみ作られる特殊な鈴なんだよ。
それを四辻のアーチの中心となる四方に八つずつ取り付ける。
それが商店街の結界だ。
そんで、パワースポットは人間にも影響を及ぼす。
もちろん精神的なものだとか身体の調子が良くなるとかそういう、ちょっとしたことも確かに起きるな。
しかし、そんなモンより大きな影響があんだよ。
アヤに起きている現象と同じだ。
竜脈の影響下に置かれた人間は強く影響を受けると竜脈と繋がる。
感応できちまうんだよ。
誰でも、だ。そう、誰でも。
感応できちまうと普通の人間でも霊体とかが見えるようになる。
もちろん妖怪も見える。
だから、パワースポットでは心霊現象が起きやすいんだ。
ただ起きやすいだけではなく、観測者も増えるんだから当然だよな。
さて、ここまで前置きした上で語るのはたぶんお前も予想できない解答だろうな。
恐らくあのボンクラもまったく予想つかないと思うぜ。
だって、この家はどこのどんな竜穴よりも大きな、とてつもなく大きな竜穴の上に建っている家なんだからな。
カカカ、驚いてんな。
そりゃそーだろうよ。
それがどういう意味を持つのか、予想がついてきただろ?
そう、アズサもお前の両親も、ここにいるから見えているだけなんだよ。
お前、両親に普段から心霊現象が見えているかどうかなんて聞いたか?
聞いてないよな。
今見えていれば普段から見える、そう思ったよなー。
だって、お前は見えない人間の気持ちなんかちっとも理解できないんだからな」
最後の最後に、そんな皮肉を突き刺してくる。
いやはや、ただただこんなに体よく説明してくれるとは思ってなかったけどさ。
しかし、そうか、そうだったのか。
この家はそんなにすごい家だったのか。
あー、だから、うちの家族になった妖怪たちはみんなここで暮らしていくうちに元気になっていって、居ついてくれたのか。
なんだかいろいろと納得がいった。
しかし、だがしかし、だ。
まだ疑問点は残っている。
「だとしても、何故神明会はここのことを管理していないんだ?」
「あぁ、カンタンなコトダゼ」
「簡単?」
「そー、カンタン。ここのリュウケツはオオキすぎんダヨ。ホカのとはクラベものにならネーノ」
「大きすぎる?それだけで気付かないようなもんなのか……?」
「きづかネーヨ。だって、テンだとおもってるモンがハンケイ84.6mもあったらきづくワケネーダロ」
「84.6m!?」
「そ。ホカはすげーちっせぇアナがあいてんダヨ。3ミリとかそんなモン。ガイネンケツだからイッパンのニンゲンにはミエネーケドな」
ガイネンケツ、概念の穴、か?
しかし、それは確かに差が激しすぎる。
顕微鏡で鯨がどこにいるのか探してるようなもんじゃないか。
「セカイサイダイキュウ、てーか、ホカにルイをみないオオキサなんだよ、ここは」
「なるほどな。そりゃ、確かに見つからないわ」
「シゼンカイにみちてるただのセイメイエネルギーだとおもわれるだけダゼ」
そうか、そんな状況だとしたら、そりゃ確かにここで暮らしてるアズたちもしっかり影響を受けて、ここでは見えているわけだ。
確かに他で見てるなんて話は聞いたことがない。
ただ単に普通に見えすぎてぼくみたいに気付いてないだけだと思っていたのだ。
ぼくが鈍感すぎるだけなのか。
いや、アヤも気付かないんだよな。
ぼくらが変なだけだろうが。
しかし、やっぱランはいろいろと知ってるな。
かなり参考になった。
ランに聞いてよかったな。
「サンキュ、ラン。助かったよ」
「おー。んで、メシできたか」
「お前はそれしかねぇのかよ!できたよ!」
「さすがダナ。はなしながらでもテギワがわるくネーってのはホメルにアタイすんゼ」
「どーでもいいけどアズ呼んできてくれ。メシにするぞ」
「りょーかい」
っとに、ちょっと感心するとすぐこれだ。
まぁたぶん、これがこいつの照れ隠しなんだろうけどな。
そう思うと、少しだけかわいい気がした。




