第三十九話『ようやく、気付いた』
39.
海原さんは即死だった。
ハナはもう完全にふさぎこんでいて詳しい状況などを警察の方に聞かれてもうまく答えられていない。
そりゃそうだ。
目の前で突然人が発狂し出して飛び降りたらそうなるに決まってる。
なんなんだよ。
どういう状況なんだよ?
一気に人口密度の上がったオーナーの部屋から逃げるように八階のオフィスへ出る。
「何故、止めた」
「あぁ、アキラか……」
ぼくの判断が正しかったのか、と問われたら正直なところ、どっちとも言えない。
しかし、可能性の話をすれば、海原さんを助けられた可能性もあるのだ。
つまり、海原さんはぼくが殺したようなものだった。
助けられる可能性のあるアキラを、ぼくは捕まえてしまったのだから。
「キサマが人の命を黙って見過ごすような人間ではないことはわかっている。だから、責任などを感じているのであればオレに納得の行く説明をしろ」
さすがに今回はアキラも苛立っているようだった。
今までの余裕のある不遜な態度ではなく、不可解で苛立ちを隠せない、余裕のない顔をしている。
アキラにとっても、ぼくと同じだからか。
「わかってる。無駄なことをしていても仕方ない、だろ?」
「その通りだ。オレたちは事件解決のためにも、彼の証言を必要としていた。時間が早かったので反応し損ねて結局失ってしまったが」
「海原さんが死んだのはぼくの責任だよ。
まぁ、そういう話をしようとしてるわけじゃない。
ぼくがお前を止めた理由、説明ってほどでもないけど、始めるよ。
ぼくが気付くのが遅れてなければよかったんだけどな。
簡単に言えば、アヤの予知だよ。
昔から何かあったらぼくに伝えるように言ってあったんだ。
ぼくに伝えてくれればランと一緒に考えられるからな。
とは言え、規模が大きいものが多いし、どこでいつ起きるのかもわからない。
時間もまちまちで、何年、何十年先や、何百年前、なんてのもあるかもしれない。
実際アヤの予知、いや、予知って言っていいのかすらわかんないんだけどさ。
戦争とか大事故、全部とは言わないけど、順不同で送られて来るんだよ。
それも、意味不明な数字と文字の羅列で。
アヤ自身もよくわかってないことのほうが多い。
まぁ、正直過去に起きたことなら調べて書いただけじゃないのか、って思われるかも知んないけどさ。
ただ、一般の人間には公開されないほど詳細な数字が書かれるからな。
それが事実かどうかは確かめようがない。
けど、ぼくやランはアヤの力を信じている。
お前もそうだろ?
だよな。
だからこそ、ぼくはさっき、お前を止めたんだ。
わかったから、急かすなよ。順を追って説明しておかないと他の人が理解できないだろうが。
そりゃお前はどうでもいいかもしれないけどな?
ちゃんと話すよ。
まぁ、今までの話で大体予想はついたかもしれないけど、今回ぼくが止めたのもアヤからのメールが理由だよ。
内容は
『 倒壊、転落。
14m、1
17m、2
20m、1
23m、1
26m、3
30m、1
1、25男、四
2、32女、六
3、28女、五
4、29男、七
5、38男、五
6、32男、八
7、44男、八
8、44男、八
9、16男』
というもの。
最初はなんだかまったくわからなかったよ。
あぁ、昨日送られてきたメールなんだがな。
あー、やっぱお前はわかるのか。
そういうことだな。
これは今回の事件の概要だ。
倒壊、転落ってのは恐らくこれの原因となる何か、なんだろうな。
そこに関してはよくわからない。
で、問題はそっからなんだよな。
14mってのは恐らく地上から四階までの高さ、だ。
一階約3m程度と考えて四階の高さは約12m。
誤差を含めて14mなのか、なんなのかはよくわからないんだが恐らくぼくは身長を合わせた視線の高さとかなんじゃないかと思ってる。
そして、屋上が30m。なんでほかと比べて1m高いのかはよくわからないが。
え?屋上は他の階より高いはず?
なるほどな。
んじゃ大体そんなもんなんだろ。
そのあとの1~9は全部犠牲者の年齢と性別と働いていたオフィスだ。
最初の犠牲者が25歳男性、四階勤務。
次が32歳女性、六階勤務、といった感じでな。
で、7番目がオーナーの天野さん、8番目が、海原さんだ。
けど、9番目なんて起きてない。
おかしいよな。
しかし、メールが送られてきたのは昨日なんだ。
海原さんもまだ死んでいなかった。
天野さんはギリギリどうかってくらいの時間だったけどな。
つまりこれは予知メールであり、8番目まで起きたということは9番目も起きる可能性が高い。
で、だ。
この9番目だけ異常に年齢が低いだろ?
そして、男性だ。
年齢さ、ぼくらと同じだろ?
つまり、次の犠牲者はアキラだったかもしれない、と思ったんだよ。
それで、アキラを死なせたくなくて、止めたんだ」
正直理論も何もあったもんではないし、わからない点は多い。
ほとんど勘だし。
けど、アキラを死なせるわけには行かないんだ。
みんなを見渡すとアキラ以外は微妙にきょとんとした顔をしている。
なんだ?ぼくなんか変なこと言ったか?
「心配はありがたいが、この程度の高さから降りてもオレは別に死なん」
「どんな化け物だよテメェは!?」
「いや、冗談だ。落とされれば対応もできん。アレに中てられたらオレでもどうしようもないだろうしな。助かった」
「あぁ、いや、礼ならアヤに言えよ。ぼくは別に」
「アヤにも礼を言う。しかし、コウヤが行動したからオレは予知通りにならなかったのかもしれない。だから、ありがとう」
アキラに礼を言われた。
混乱しすぎてたじたじとなってしまう。
いや、そんな大したことしたわけでもないし、その結果海原さんは死なせてしまったわけだから、手放しに喜べない。
そうだよ、どうするんだよ。
犠牲者がまた出てしまったこの事件、どうやって解決するんだよ。
ハナは2人きりで海原さんと一緒にいたため、結構事情聴取に時間がかかっていて、時刻は十半時を回った頃にようやく解放されてぼくらの元へ戻ってきた。
かなりやつれて見える。
「おかえり、ハナ」
「あぁ、はい、ありがとうございます、コウヤさん」
お茶を差し出してやると気力のない返事でえらくぼんやりしているようだった。
これ、帰らせた方がいいんじゃないか?
「ハナ、お前帰った方がいいんじゃないか?」
「え!?ちょ、ちょっと待ってください!?海原さんがボクのせいで死んだからですか!?だから帰れって!?」
「違う!待て、ハナ!落ち着け!」
「何が違うんですか!?哀れむような目で見ないでください!帰るわけには行かないんです!」
あまりの必死さ加減にもう何も言えなくなってしまう。
何がハナをここまで動かしてるんだよ。
「無理すんなよ」
ポン、とハナの頭を軽く撫でてやる。
うつむいてしまったハナの手を、キリが握り締めていた。
そして、キリはうなずく。
あぁ、それじゃ、お前に任せるよ。
ぼくもうなずいた。
「しかし、どうする?今まで一日に1人ずつしか犠牲者は出ていなかったが」
「それはたまたまだろうな。窓際にいたものが毎度1人だったというだけのこと」
「それじゃ、このまま警察の方がこんなにたくさんいたらまずいんじゃないのか?」
「正直この状況では大量に発生してもおかしくない」
「まずいな。解決できるまで降りててもらったほうがいいか」
そばにいた神明会の方に説明すると、彼は快くうなずいて警察の責任者らしき人に話をつけてくれる。
そして、彼らは去っていった。
しかし、こんな状況を見ていると神明会の力の強さってものが身に沁みてわかるな。
警察ですら意のままに動かせてしまう、ってかなりヤバいことだよなぁ。
「アキラ、お前本当はここで何が起きてるかってもうお前にはわかってるんじゃないのか?」
「恐らくは、な。しかし、実際その被害にあったもの以外にはそれそのものを確認できない特殊な怪異でな。決め手に欠ける」
「あー、つまり海原さんを助けないと解決にいけなかったわけか……」
しかし、正直なところ、海原さんってほっといても死にそうな顔してたんだよなぁ。
今までの人は知らないけど、一番自殺してもおかしくなさそうな人だった。
そりゃ、自分が大切にしていた友人を失ったら、そうなるよな。
ぼくだって家族やここにいる人たちを失ったら辛い。
ハルを失った時だって、胸が張り裂けそうなほど、頭がおかしくなりそうなくらい辛かった。
「それってさ、どういう怪異なんだ?」
「簡単に言えば心の隙間にとあるイメージを刷り込まれる怪異、だな」
「意味がわかんねぇよ……」
なんだそれ、どんな力だよ。
そう思いながら心の隙間でハナを思い出して視線をやろうとした。
「オイ、ハナとキリはどこに行った?」
「え?おトイレなんじゃないかな?」
「そっか、ならいいんだけど、さ」
不安感がぬぐえない。
胸の奥に気持ち悪い予感がどんどん溜まっていく。
「追うぞ」
「え?」
「あの凡俗は危険だ」
「ハナ、だろうが。まぁ、その意見には同意だ」
しかし、追うって言ってもどこへ?
とりあえず一番危険そうなのは屋上か?
そう考えてエレベータホールに向かった。
二基あるエレベータはどちらも一階で止まっている。つまり、階は移動していない?
「キリ!!」
アキラの叫び声に振り返るとキリが階段の上から落ちてきていた。
そして、上から
「あぁああああああああ!!??」
ハナの、叫び声が。
アキラが落ちてきたキリを受け止めるのを横目に階段をダッシュで駆け上がる。
まずい、屋上は一番飛び降りやすい場所だ、急げ!
屋上の扉は開け放たれていた。
その先に、ハナが見える。
「うぁあああああああああああああ!!!!」
声の限り叫び声を上げるようにして何かを振り払うようにハナも頭を抱えてを振り回していた。
異常すぎる。
しかし、今回は立ち止まらない。
ハナまで、死なせてたまるかよ!
先ほどの海原さんが重なる。
ほとんど同じような動き。
それは、何かを振り払うように。
何か身体にまとわり付くものを、振り払うように。
ハナはもうすでに屋上のかなり端の方にいて、ヤバい。
走り寄ってハナを止めようとして
ハナの腕をつかんだ瞬間、ハナの身体を輝きが覆って、
ハナはまだ振り払うように腕を、動かした。
その腕に突き飛ばされて、ぼくの身体は宙に――
時間がゆっくりになったような感覚。
落ちていくぼくの視界には、正気に戻ったようで目を見開いたハナの顔と、
その隣に駆け寄って深刻そうな顔で自分の懐に手を差し入れたカナタ、
そしてそのカナタの肩を軽くポン、と叩いて、ささやき、
手を伸ばしながらぼくの方へ飛んでくるつぼみの姿を目に捉えて、
手すりに足をかけて、ぼくに向かって飛ぶ。
「いや、なんで」
意味がわからなかった。
なんで飛んだ?
一緒に落ちるだけじゃないかよ!?
お前まで死ぬ気かよ!?
けれど、ぼくに差し伸べられたつぼみの手はぼくの手を捕まえて時間が一気に元に戻る。
ガクン、とぼくの身体は大きく揺さぶられてその手の感触はなんだか懐かしくて。
上を見上げて、ぼくはようやく全部を悟った。
あーあ、そっか、つぼみ、お前って――