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これが君とぼくの日常  作者: 霧間ななき
第三章 『大切な、もの』
38/61

第三十八話『デジャヴ』

38.

 日が出ている段階でもやはり心霊現象の気配はなかった。

 しかし、明らかに空気は悪くなっている。

精神的なものによる空気の汚濁、なのか。

それとも心霊現象が起きる予兆なのか、それはわからないけれど。

 なんにしろ油断できないのは確かだった。


 詳しい状況を資料で確認しながら現場を回って確かめていく。

移動にどの程度かかるのか、どの範囲で見えるのか。

 仕事をしている体で席についていた場合に本当に気付かないのか、など。どんどん詰めていってわかるのはどう考えても人為的に起こせるものではないと言うことだけ。


 アキラは可能性を潰して自分の推理の確実性を上げようとしている感じに見える。

検証結果が出るたびやはりか、と言うような顔をするのだ。

 つまり、アキラの予想は心霊現象かその他通常では起きえない何かか、そういったものだと考えているってことになるな。

 まぁ、偶発的なものである可能性は低いと思うが。

何かが重なって、なんらかの現象が起きてしまっている、と考えるべきだろう。

 すでに7人もの犠牲者が出ているのだから、いい加減偶然とは言えなくなってきている。

たまたま起きたわけではなく、なんらかの原因があるからこそ時間が限られて南側の窓際のものだけが飛び降りると考えるのが妥当だ。



 ただ、何故かぼくは集中できずにいた。

後ろで女の子3人がかしましい。

いや、1人は話せないんだけども。

 けれど、それが原因ではない。

さっきから資料を見るたびにデジャヴを覚えるのだ。

 どうしてもこの資料をどこかで見たことがある気がする。

いや、何度も目を通してはいるのだが、何かが違った。

 そういうことではない。


 これとは違う内容の、いや、なんだ、はっきりとはよくわからない。

違う内容、ではない。

 何かが『足りない』のだ。

 この資料には何かが足りていない気がする。

それが何かわからない。

違和感がぬぐえず、何度も何度も読み返していた。


 しかし、事件について十分に語られていて、何も足りないなんてことはない。

アキラがホワイトボードに書いたアレをもっと詳細にしたもの。

 何一つ足りてないなんてことがないと言える、はずなのに。

なんで、違和感が消えないのだろうか?

 この資料は語るべき何かを忘れてしまっているのか?

いや、そんなわけがない。


 これを作成するときに1人だけで作るなんてことはないだろう。

 それにすでに神明会の人が目を通しているはずだ。

何か足りていないのならそこで気付くだろう。

 だから、足りないわけがないのだ。


「コウヤさん、煮詰まってます?」

「あー、いや、そういうわけでもないんだけどな」

「そうは見えませんけど」

 ハナに苦笑いされてしまった。

まぁそりゃ頭をガリガリかきむしりながら資料とにらめっこして何度も読み返してりゃわかっちゃうよなぁ。


「いや、なんか資料に違和感があってさ。なんかが足りないように思えて仕方がないんだよ」

「え?足りない?」

 ハナは驚いたように資料を見ていく。

その読む速度は少し驚くほどに速かった。

 なんだ、のんびりしてそうに見えて結構頭の回転は早いのか。

 まぁ、そりゃPDCに参加してるくらいだし、当然と言えば当然か。

「足りないようには、思えませんが……」

 眉をハの字に曲げて首を傾げて資料を握るハナは不安そうな表情だった。

ぼくの言葉を否定するのが悪い気がする、と言った感じかな。


「いや、そうだよな。悪い、気にすんな。なんか違和感感じただけなんだ」

「いえ、ボクはみんなみたいに頭よくないし、役にも立てないから信用しなくても……」

「バカなこと言うなよ。ぼくはお前のこと信用してるし、お前に助けられてるよ、ずっと」

「そんなこと……」

 少しだけうつむいてしまったハナの頭に手を乗せてゆるゆると撫でてやる。


「お前はお前自身が思ってるよりずっと人のためになれてるよ」

「いや、ボクなんか、誰かの役に立てるわけ……」

 あー、なんだろうなぁ。苛立つ。

なんでこいつは自分を認めてやらないんだ。

 ハルの事件だってぼくが落ち込んでるときだってお前は助けてくれたじゃねぇかよ。

お前自身は役に立ってないとか思ってんのかも知れねぇけどさ。

 くしゃくしゃとその柔らかな髪を乱暴に撫でる。


「助けられたぼくが言ってんだよ。ぼくが思ってんだ。お前がどう思っててもぼくはお前に助けられた。お前に出会えてよかった、って思ってんだよ」

 文句あるか?

笑みを送ってやると、ハナはそのまま完全に下を向いてしまって表情が見えなくなってしまった。

 けれど、その耳は真っ赤に染まっていて。

 もう大丈夫そうだな、そんな風に思ってまた、やさしく撫でる。


 振り返ると空気を読んだのか、近くにいなかった女子3人がキリと雑談していた。

うわ、なんであの和やか空間にキリが混ざってるんだ?

違和感ありすぎだろ、と思ったら、意外とそうでもない。

 無表情、だけどほんの少しやわらかいキリの表情でなんか女子に溶け込んでいる。

 ほとんど話してはいないが相槌だけでも十分会話に加われているようで、カナタと合わせてしゃべらないけどかしましい軍団に加わってしまっていた。


「コウヤさん」

「ん?」

「アキラくんにボクら2人だったら、勝てますか」

「わかんねぇな。勝ち負けではないと思うし」

「勝ちたいんです」

「なんか、やる気出てきたか?」

「はい」

「ん、そんじゃ、協力するぞ。ちったぁアキラの鼻を明かしてやろうじゃん」

「やってやりましょう」

 にぃ、と少しだけうるんだ瞳で笑うハナの突き出したこぶしにぼくもにやりと笑みを作って突き出したこぶしで小突く。

 その顔はいつものかわいさだけではなくかっこよさも見えて、あぁ、自信を持てばこの子はきっと美人さんに成長するんだろうな、と思った。

 やってやろうじゃん。

それでハナが少しでも自信を持てるなら、ぼくも全力で協力しよう。



 お昼の時間となり一旦外で休憩に入る。

すでに時間としては二時を過ぎていたし、カナタもいるのでファーストフードのハンバーガーで済ませることになった。

 カナタは人と同じ食事を摂る。

どんな妖怪でも普通に食事は摂るのだ。

 種族によって違うが動物を食べるものもいる。

人間から見るとおかしな光景になるだろう。


 ただ、妖怪たちの体液を体内に取り込んだ時点でそれはすでに怪異と化すので霊視のない人間には見えなくなる。

 つまり、突然視界から消失するため、気のせいだと思われやすい。

そこにいたこと自体が気のせいだった、と。

 人間が襲われることも稀にあるが妖怪たちは基本的に人間たちの無意識によって傷付けられ続けてきているため、そもそも人間を恐れる傾向がある。

 そのため人間を襲うことはほとんどない。

報復を恐れるのだ。

 閑話休題。



 乙女川ビルに戻ってきたぼくらは八階の調査を終え、四時過ぎに再び休憩に入っている。

正直なところ午前中を含めてめぼしい新事実は何一つ見つからなかった。

 アキラは今夜が勝負だと言って、もう何もしなくなってしまっている。

ぼくも正直出来うる限りのことはし尽くしたし、考えつくした。

 オフィスのコンピュータを使用させてもらって調べものもしてみたがぼくの浮かんだキーワードでは特に役に立ちそうな情報はない。

 まぁそりゃ、『連続自殺』『南側窓際』『四階~八階』『インテリジェントビル』やらなんやかんやでは役立つ情報が出てくるわけもなく。


 途方に暮れ始めた頃、時刻は九時を過ぎていた。

晩ご飯は神明会の方が弁当を持ってきてくれて調べ物をしながら食べてある。

 女子3人はキリを交えて、まだ雑談をしていた。

何をこんなに長いこと話しているのやら。

 まぁ、正直時間が来るまではできることなんて考えることくらいしかできないし、やることがないのだ。


 ちなみに警察の方々は12~3人を残して撤退して行った。

調査は無事終了したようで、あとは持って帰って調べるらしい。

 探偵もので警察は無能扱いされやすいが実際、現実の警察は有能だ。

どんな小さな証拠でも見逃さないだろう。

 とは言え、現実離れしたこんな事件、どんな証拠が出てくるのかわからないが。

アレだけたくさんの人間が働いているビルだ。

 いつごろにどんなものが落ちたとかでいったい何がわかるんだろうか?

彼らには彼らのやり方があるのだからそれに何か言えるような立場にはいないのだが。


 ちなみにハナが話を聞きたいと言うことで海原さんが現在このビルに訪れている。

2人はオーナーの部屋で何かを話していた。

 正直やってやろうじゃんとか言ったくせに今のところ何もできていないのが歯がゆい。

ハナもあんなにがんばっているのだから何か行動を起こしたいのだが何が起こるかわからないのであまり無駄に動くのはよくないのだ。

 どうしたもんかな。



 ハナは海原さんが来る前、何かの情報を調べるために携帯をいじっていた。

何か心当たりがあるらしい。

 携帯で調べられるようなもんなのか?

と思ったがハナはスマートフォンだったのでコンピュータとほとんど変わらない検索能力があるのかもしれない。

 けどせっかくコンピュータあるんだから借りればいいのに。

まぁ、普段から使ってるツールの方が利便性が高いからなのかなんなのか。

 かなり使いこなしているようですっすっといじっていくのはなかなか様になっていた。


 しかし、携帯と何が違うんだろう?

正直いまいちよく知らないのだが。

 携帯とスマートフォンの差なんてタッチパネル式かボタン式かの差だと思っていたのだがボタンのものも出てた気がするし。

 やるようになればわかるのだろうが関係ない今だと正直ピンと来ないのだ。

 それを思い出しつつ自分の携帯を取り出す。


 まぁ、なんとなくだった。

 スライド式のショッキングピンクの携帯。

派手ではあるが色的に好みだったのでこれにした。

 あとは写真が当時最高画素だったためだ。

どうせぼくは写真とメールと電話でしか使わないからな。

 ワンセグとかミュージックプレイヤーとかついてはいるのだが使ったことがない。

地図くらいはいつか使ってみようとは思っているのだが。


 何気なく携帯をいじっているときに、もう一度デジャヴが起きる。

「あ?」

 いや、なんだ、今の?

なんで?

今資料見ていたわけでもないぞ?

 ただ携帯を見ていただけだ。

携帯に何がある?

何があった?

ぼくは何を見たんだっけ?


 そして、一気に繋がる。

 そういうことかよ!?

そういうことだったのかよ!?

 だとすると次の犠牲者は――



「あぁあああああああ!!??」



 海原さんの叫び声が上がる。

「クソ、遅かったか!?」

「今の声は専務か?」

「止めるぞ!!」

 オーナーの部屋の扉をアキラと2人で蹴飛ばして中に転がり込んだ。


「うぁああああああああああああ!!!!」

「どうしたんです!?」

 ハナが叫びながら暴れる海原さんを止めようとしている。

海原さんはその声も聞こえないようで頭を抱えながらブンブンと身体を振っていた。

 まるで、何かを振り払うように。


 異様な、光景だった。

 心霊現象なのか、これは?

ぼくには何も見えない。

 なのに彼には何かが見えているのか?

 何かがまとわり付いてくるのを振り払おうとしているようにも見える。

しかし、その必死さにぼくは動けなくなっていた。

 ハナも戸惑いと危険さから一歩離されてしまう。


「止めろ!落ちるぞ!!」

 アキラの声が響き、地面を蹴ったアキラ。

嫌な予感しかしなかった。


 このまま行かせちゃダメだ!

 だって、オーナーと専務は同い年、44歳。

 そして、『最後の犠牲者は16歳』だ。


 それはぼくにとってアキラにしか思えなくて。

「コウヤ!?離せ愚か者が!!!」

「お前を死なせたくないんだよ!!」


 アキラの戸惑いの視線が浮かんだ瞬間、


ハナを突き飛ばした海原さんが、昨日天野さんによって割られたガラスから、


宙へと、飛んだ――

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