第三十六話『最悪の予見』
36.
海原さんから話を聞いて時間は九時半少し前。
屋上まで覗かせてもらったけど特に変わったところのない屋上だった。
もう少しで事件の時間帯になるし見て行こうと思っていたのだが。
『メシはまだか』というランの催促コールによってぼくは帰宅せざるを得ない状況となる。
アヤも一緒に帰るとのことでアキラは1人でも残るだろうと思っていたのだが帰ると言い出し、結局全員で学園へ戻った。
そしてアキラと別れて帰途に着いたところで、一つの疑問が浮かんだ。
「つぼみは家があるのか?」
「え?」
「いや、え?じゃなくて、家だよ。帰るところはあるのか?」
妖怪とかだとしたら帰るところがない可能性は高い。
かと言って年頃の女の子をこのままだと野宿とか言ったらあまりにもかわいそうだ。
今までどうして来たのかはわからないがぼくと関係のある妖怪なのだとすれば住む場所を提供してあげることくらいならできるし。
そこで話を聞いてあげることだってできるだろう。
会ってから結構ドタバタといろいろとあってあまり話ができてないしな。
「あ、大丈夫だよー。つぼみはとまる場所には困らないから」
「困らないっつってもさ、今のつぼみは年頃のかわいい女の子なわけだよ。危険だってあるから決まってないならうちに来なさい」
「え、でもカナタちゃん嫌じゃないの?」
むすーっとしたカナタが気に入らないとばかりにぼくとつぼみを交互に見ている。
「カナタもぼくの家族なんだから、わかってくれるさ」
思いっきり眉間にしわを寄せて首を振ってしまうカナタ。
「カナタはつぼみの何が気に入らないんだ?」
「え、い、いいよ?カナタちゃんが嫌ならつぼみが行っちゃ悪いし」
「なぁ、カナタ。自分のわがままでこうやってお前のこと考えてくれる人が寂しい想いしなくちゃいけなくなるんだぞ?それでもいいのか?」
カナタはそのままうつむいてしまった。
表情がわからなくなって何を考えているのかまったくわからなくなる。
けどなぁ。
お前はこんなつぼみを放っておいていいと思うのか?
お前だって独りになったら寂しいだろ。
お前たち人間じゃない存在は外で寝泊りするのは平気なのかもしれないけどさ。
それでも、寂しさは、あるんだろう?
その頭をそっと撫でてやる。
ホントはお前、結構やさしいじゃないか。
自分に何もしていなかったのにぼくに疑われた島谷をかばってずっと首を振っていたのはお前だろ?
他の誰かのことを考えてあげること、できるんじゃないか、お前。
だったら、わかってくれよ。
「え、ぅ?」
カナタはうつむいたままでつぼみの服のすそをつまんでいた。
「いいの?」
ぐいぐいと返事もしないままにすそを引っ張って歩き出す。
「いいの、かな?」
「ぼくはいいと思うぞ」
「アヤちんもいいと思うにー」
「お前の家ではないけどな、アヤ」
「ふっふっふー、お隣さんだから問題ないにー」
「意味がわからねぇよ」
「こーの家族は一部預かっているにっ」
「あいつらたまに遊びに行ってるだけだろ……」
「着実に餌付け中」
「なんだと?あいつらたまに食べる量が少ないときがあると思ったらお前のせいかよ!」
「いずれはこーと一緒にうちにお嫁入り予定」
「もしお前と結婚するとしても嫁にはならねぇよ!」
「結婚してもいいとは思ってるにー?」
「お前とはまったくもって考えたことはない!」
「か、身体だけが目当てだったに!?くすん、アヤちん、弄ばれた……」
「弄んだ覚えはねぇよ!!」
クスクスと笑い声が響き出す。
カナタとつぼみが笑っていた。
耐え切れないとばかりにおなかを押さえて笑うつぼみと、そのつぼみにつかまりながら涙を流して笑うカナタ。
「サンキュ、アヤ」
「よよよ、アヤちんショック」
「もう終わったっつの」
「もう終わり!?仮初めの愛すらもう終わりだと言うに!?」
「仮初めも何も最初から何もねぇよ……」
「ん、まぁよかったに。つーちゃんがいなくなると困るに」
「あ?なんでお前が困るんだ?」
そんなに仲が良さそうにも見えないが。
あんま話してなかったよなぁ?
いやまぁ、ぼくを責めるときはみんなで意気投合してたけどさ。
「8で打ち止めなんだに」
「なんのことだ?」
「9は止めなくてはならないの。こーはわかんなくていいに」
「どういうことだよ、それ」
「それよりアヤちんもランちんじゃないけどおなかすいたにー」
「なんだよ、ったく」
せっかく真面目に聞いてるのにそういうときに限ってこいつはごまかす。
よくわかんないけどアヤの言葉は忘れない方がいいのは確かだが。
8で打ち止め、9は止めなくてはならない。
とりあえず覚えておくに越したことはないだろう。
つぼみの方を少しだけ見てみるとなんだか神妙な顔をしていた。
まぁ、そりゃアヤのわけのわからない言葉をマジで気にしたらそうなっちゃうよな。
気にしなくていいぞ、と言う意味を込めてつぼみの背中を軽くぽんと叩いて歩き出す。
「んじゃ車のほうにさくっと行くか。せっかく待ってもらってるんだし急ごう」
「にー」
「はーい」
神明会の方の好意で送ってもらって家に到着。
アヤは自分の家のほうへ去っていった。
まぁさすがに上がっていくような時間でもないしな。
また明日事件のこととか話してみようか。
アヤだけに何か特別なものが見えていたり感づいたりしたら聞いておかないと。
「ただいまー」
「おっかえりー!遅かったねお兄ちゃんっ」
飛び出てきたアズ。
そして時は止まる。
つぼみを見た瞬間に凍りついたままのアズの表情は薄ら寒いほど満面の笑みだった。
「お兄ちゃんがまた女の子連れ込んだぁああああああああ!!!???」
今度の驚きはカナタのときよりさらに大きかったようだ。
表情が笑顔のまま叫んでいて怖い。
そして叫び終わった瞬間表情が驚愕に変わる。
表情が追いついてねぇ。
いや、ちょっと面白いくらいに驚いていた。
驚かれるとは思ったが予想外すぎる。
「ちょ、ちょっと待って、何この美人さん。お兄ちゃん、ついにモテ期到来!?そういえばハナさんとかいう子もいるんだっけ?ナツさんももしかしたらお兄ちゃんになびいたりしてハーレム状態!?うはうはなお兄ちゃん!?高笑いー!?似合わないー!!??」
「待て待て待てアズさんや、妄想から帰って来い?ぼくは高笑いなんてしてねぇよ?それにナツはハル一筋だ、それは譲れねぇよ。とりあえず落ち着けや」
「あ、うん、そうだよね、うん、落ち着く。ひっひっふーひっひっふーひっひっふーっけほっけほっ!?」
「それはラマーズ呼吸法だ!しかも間違ってるぞ!?全部吐くな!?息を吸え!!」
「ど、道理で苦しいとっ、すぅーーーーーっ、ぇほっぉほっ!」
「落ち着け、マジで動揺しすぎだお前!?」
今度は吸いすぎで咳き込むアズの背中をさすりながら頭を撫でて落ち着かせる。
よしよし、と撫でながらせきが治まってきたあたりでハグをしてやった。
ようやくアズが落ち着いてくるのがわかる。
昔から気が動転するとわけのわからない行動に出るアズはこうやってハグしてやらないとなかなか落ち着かないのだ。
「うーん、よくわかんないけどつぼみさんはうちに昔いたの?」
「ぼくもよくわからないんだよ。でもたぶんそうなんじゃないかな、と。アズのことも知ってるみたいだしな」
「アズのことも知ってるの?」
「あ、うん。知ってるよー。おっきくなったね」
「あぅう、ぜんぜんピンとこないよー、ごめんねー?」
「それは仕方ないよ。紅夜も梓も最後に会った時はもっと小さかったし」
いや、確かにぼくは高校一年でだいぶ伸びたけどな?
アズもそうだけど。
にしてもやっぱわからないな。
こんな子いたっけ?変化してるとか?
でもうちから出て行った妖怪とか思い浮かぶのは3人くらいだし。
その中にこの子と被るところを持った子はいない。
そもそも青なんて珍しい色の髪、と言うか毛を持った子が今までうちにいたことがないんだ。
「ウッセーな。ドーしたンダヨ」
パタパタと飛んできたランがぼくら全員を見渡す。
「またヒロってきたのカヨ」
「んー、そういう反応ってことはやっぱつぼみは妖怪なのか?」
「あー?ヨウカイ?ヨウカイではネーヨナ」
「え?」
妖怪じゃ、ない?
いや、まぁ確かにアキラも特に違和感とかを感じていなかったようだけど。
でも待ってくれよ。
それじゃなんで研究棟の入り口は反応した?
人間には反応しないはずでは?
それにつぼみ自身も人間ではないことは認めているし。
解剖されちゃう、と恐れたと言うことは普通の人間ではないと言うことを認めたようなもの。
今まで否定もしなかったしな。
人間ではない、と思うのだが。
しかし、だとしたらつぼみはいったい何者なんだ?
「そんなモンオレがハナスコトじゃネーダロ。ホンニンにキケヨ」
「いや、まぁ、そうなんだけどな」
あんまり話したがっていないようではあるのだよなぁ。
つぼみに視線を送るとてへへ、となんだか苦笑いのような表情を浮かべている。
聞いてもいいんだろうか?
聞いたらいなくなったりしないだろうか?
なんだか、出会ったばかりに思えるこの子がいなくなることがどうしても、寂しくて、悲しくて仕方がないのだ。
理由もよくわからない。
けれど、確かにぼくはこの子に何か覚えがあるような気がする。
それがとても大切なことのように思えるけれど、思い出したらこの幻想は終わってしまうような気がして。
それを、壊すことに臆病になっていた。
「カナタはあんまりカンゲーじゃネーみたいダナ」
むすっとした表情に戻っているカナタを見てランはケラケラ笑っている。
何が面白いんだか。
まぁ、人事だから面白いんだろうなぁ。
「あ、そう言えばラン、また新しい事件をぼくらが請け負うことになったぞ」
「そーか。またオモシロそーならサンカすっけど」
「どうだろうな。お前七不思議のときは興味沸かないって言ってたし基準がわからん」
「ま、ガイヨーだけでもハナシてミロヨ」
「ん。原田町に新設された八階建ての乙女川ビルって言うオフィスビルで起きた連続投身自殺事件だ。
6人の犠牲者が出ていて、それぞれまったく関係性のない人物たち。
そもそも働いているオフィスもバラバラだったしな。
ただ、被害者は全員四階より上のオフィスで働いていた社員たち。
時間は午後九時半から十一時までの間に限られている。
1人目から5人目までは屋上から、6人目は八階の窓から飛び降りた。
けど全員がほとんど同じ位置に落下している辺り異常なことは間違いない」
「フーン。それってガイシャはゼンインマドギワのセキ?」
「やっぱそれ重要なのか。アキラも聞いてたんだが」
「まぁナー」
「5人目までは全員窓際だったよ。けど、6人目は違った。ただ、そこに関しては資料見てみたら疑問点は解消されたよ。6人目は喫煙者でな。喫煙ルームが今までの被害者たちの席と同じ方角に窓があった」
そう、喫煙中に同じ窓際にいたのだ。
そして飛び降り直前に喫煙ルームに入っていたことは他の社員によって証言されている。
当時八階にはオーナーと専務を含めて6人が仕事をしていた。
全員それぞれの仕事に集中していたため喫煙ルームに入った被害者のことは特に気にも留めていなかったのだ。
そりゃそうだろう。
仕事中に一服、なんて普通にある話だ。
いちいち気にしない。
しかし、その数分後に彼は窓から落ちた。
喫煙ルームなので換気用の窓があったらしく、そこからの転落だそうだ。
人が通るには余裕があまりない窓だったようだが細身だった男性はそこから飛んだ。
正直、その資料を読むと異常さは伺えるがまったく理解はできなかった。
そこまでして何故飛び降りたのかまったくわからない。
飛ぶ直前、彼は何かを叫んでいたらしい。
そして、何かから逃げるように、飛んだ。
今までの被害者とは違って落ちた瞬間を目にしていた人がいたのだ。
しかし、それでも見ていた人たちにもわけがわからなかった。
そんな隙間を通ってまで何故?
「あー、まぁ、あとはあのボンクラがなんとかすんダロ。オレはキョーミない」
「そっか」
まぁ無理強いするようなことでもないだろうし、自分で考えたいと言う気持ちもある。
ランが来ると教えてくれるのはありがたいが自分でがんばりたいのだ、なんとなく。
「それよかバンメシまだカヨー」
「わーったよ。今から作るから待ってろ」
そんなぼくらをつぼみはなんだかまぶしそうに見ていた。
「どうしたんだ?」
「ううん、なんかね、うれしいだけ」
「ふぅん?よくわからないけど、それはよかったな」
「うん、ありがとね、紅夜」
「いや、カナタにも礼を言ってやってくれ」
「そうだね。カナタちゃん、ありがとね」
えへへ、と笑ったつぼみを見てカナタはつーんと顔を逸らすがその頬は少しだけ赤く染まっている。
素直じゃないなぁ。
まぁでも、きっとそのうち、仲良くなれるだろう。
2人とも、いい子だから。
晩ご飯を食べ終わってぼくは自室に戻る。
つぼみとカナタもついてきていた。
つぼみはいいとして、カナタはなんだろうな。
2人きりにさせたくないから、とか?
「さて、まぁ、少しでも話をしようか」
時刻はもうそろそろ十一時になろうとしている。
あまり時間はない。
明日も学校があるし、事件の調査もしなければならないのだからきちんと寝ておかなくてはならないから。
寝ぼけてちゃ、話にならないからな。
「うん、つぼみも紅夜と話をしたいよ」
「そっか」
そうだよな、当然。
そのために、来てくれたんだろうし。
しかし、水を差すようにメール着信音が鳴り響く。
「こんなときになんだよ……」
無視しようかとも思った。
しかし、つぼみが会釈してくれたし、アヤからのメールと言うのは結構重要な件の可能性がある。
この前みたいな先見の用件かもしれないのだ。
携帯を取り出して受信ボックスを開く。
タイトルはなかった。
そして、本文。
『 倒壊、転落。
14m、1
17m、2
20m、1
23m、1
26m、3
30m、1
1、25男、四
2、32女、六
3、28女、五
4、29男、七
5、38男、五
6、32男、八
7、44男、八
8、44男、八
9、16男』
わけがわからなかった。
てか、マジで何これ?
今後起きる何かの事件?
アヤの先見と言うのは正直いつ起こることなのかわからないものが多いのだ。
かなり先に起きる事件を見ていることも結構あるらしい。
原理はよく知らないのだが。
首を傾げているとつぼみが覗き込んできていた。
「どうしたの?って、何?」
「いや、よくわからん」
「あやめって、不思議なことを言う子だよね」
「まぁ、よくわからないことを言うやつだけどいい奴ではあるよ」
「そうだね」
あー、そっか、もしかしてアヤのことも知ってたりするのか?
「つぼみってさ」
聞こうと思った矢先、再び携帯が鳴動する。
びくりとその場にいた全員が止まった。
その音はアキラからの着信音。
「アキラか、どうしたんだ?」
アキラからの電話は初めてで少し緊張しながら通話ボタンを押して耳に当てた。
『単刀直入に言う』
「何かあったのか?」
声の深刻さが悪い方向へ進んでいるような予感を抱かせる。
『あぁ、乙女川ビルのオーナーが飛び降りた』
そんな、予想以上に最悪の言葉がスピーカーから鳴り響いた――