第三十五話『パートナー』
35.
「――そうですか。ご協力ありがとうございました」
頭を下げて七階のオフィスをみんなで出る。
時間はすでに九時を過ぎていた。
四階のオフィスを出たあと他の階にも話を聞いてきてこの時間だ。
五階は被害者2名、六階は1名、七階は1名で人数は高さに関係なさそうな感じだった。
いや、しかし三階以下からは出ていないし関係ないとは言い切れないのか。
高いから危険とかそういうわけでもない。
正直今のところピンと来なくてどうしたものかと悩んでいるのだが。
窓際の席の人が残業中にふといなくなって、と言うケースばかりのようだ。
と言うことはやはり窓際が関係あると言うアキラの予想は当たっている可能性が高い。
しかし、何故窓際なのか、ぼくにはいまいちわからない。
アキラが霊体を感知できないと言うことは心霊現象ではない?
そして時間が関係ある、か。
窓際と時間、合わせて考えるとすれば窓のある方角の建物からの怪電波で錯乱、とか?
でもそれじゃ飛び降りしてしまう理由も大体同じ位置に落ちるのもわけがわからなくなってしまう。
だったら催眠とか?いや、非現実的すぎる。
催眠ってそもそもそんなに便利な力ではないわけだし。
自身が思う行動以外は基本的に取れないはずだ。
なんなんだろうな、本当に。
残りは八階、被害者1名、屋上を警官が警備捜査していたにも関わらず窓からの飛び降りが起きた現場。
ここでいったい何がわかるのだろうか。
八階は建築事務所らしかった。
このビルのオーナーの会社らしい。
「すみません、PDCのものなんですがオーナーさんとお話はできますでしょうか?」
「PDCさまですね、お伺いしております。こちらへどうぞ」
このフロアは他と違って社長室と言うかオーナーの部屋が個別に区切られていた。
簡易間仕切りではなく、しっかりとした壁に囲まれた部屋。
他の社員たちからは中が見えないようになっているようだ。
ふと社員たちの視線の中におかしな色が見えた気がした。
なんだろうか?
何故子供が、と言ういぶかしげな視線の中、好奇の視線があったような気がするのだが。
いやまぁ、それはあとにしておこう。
今気にするべきはオーナーのことだ。
「社長、PDCの方々がお見えになりました」
「通してくれ。君は下がっていい」
「かしこまりました」
『失礼します』
断りを入れて部屋の中へ入ると男性がひじを突いて座ったままでこちらを見ていた。
この人がオーナーだろうか。
目つきが鋭く、眉間にしわを寄せて険しい顔をした中肉中背の男性。
不機嫌そうに見えるのは気のせいではないだろう。
そりゃ自分のビルでこんな事件が起きていたらこうもなるわな。
「オーナーの天野だ。神明会の方が勧めてくれたので呼んで見たのはいいがやはりどう見ても子供だな。本当に役に立つのか……」
「それを見極めるのはそちらの役目だろう。こちらは依頼をこなすだけだ」
「礼儀も知らんガキがいきがるなよ。警察が調べてもたどり着けん答えを貴様らが解けるとでも思っているのか?思い上がりもはなはだしいだろう?」
「その問いに答える意味があるのか?」
「はん、ただの頭だけのガキってわけではなさそうだな。まぁ仕方があるまい。情報くらいは与えてやろう」
「感謝する」
肩をすくめたアキラがそのまま一歩下がってぼくに場所を譲る。
いや、待てよ、なんでぼくが出なきゃならんのだ。
こんな厚顔不遜な相手と会話するのは勘弁願いたいんだが。
最初のころのお前みたいで苦手だよ。
「事件当初の細かい状況を教えてほしいのですが」
「そんな下らんことを聞くな。俺だって暇ではないのだ」
「……はぁ。では二つだけ」
「二つか。二つだけでいいのだな?それ以上は答えんぞ」
ねちっこいなぁ。
アキラより性質悪い気がする。
ただ、頭が回るタイプではあるようだった。
ホントアキラと似たような人ですごく嫌だな。
「被害者は窓際の席でしたか?」
「いいや、違う。そんな下らんことを聞きに来たのか貴様は」
違う……?どういうことだ?
なんでここに来て違う?
今までは全員飛び降りたものは窓際だったはずだ。
では、いったい何故、ここは違うんだ?
窓際であることは関係ないとでも言うのか、今更?
今までの問題も意味合いが変わってきてしまうと言うことか?
「もう一つはどうした。質問せんのなら終わりにするが」
「あ、えぇ、しますよ。もう一つも」
どうしたものか、もう一つなんて、考えてもいなかった。
なんとなくのはったりだったのだがどうしよう。
何を聞くべきだ?被害者の席位置?
いや、そんなのあとで資料を見ればわかる。
資料は帰りまでには完成できるとのことでまだどの程度まで書いてあるのかはわからないがさすがにそういった状況などは書かれているだろう。
被害者の飛び降りた時刻?
それも資料でわかる。
わからなかったらおかしいくらいだ。
だってその時刻彼らは現場にいたのだから。
被害者以外に誰がいたのか?
それを、聞いてどうする。
今までと同じできっとその人たちは関係ない。
これは人為的な事件ではないだろう。
では、いったい何を?
にやにやとぼくを意地悪に見つめる視線が気持ち悪い。
前言撤回しよう。
こいつはアキラに似てなんかいない。
もっと嫌らしいやつだ。
しかし、その視線で少しだけ、悟ったことがある。
「あなたは、この事件の真相に気付いていますね?」
「はん、少しは骨があるようだ。心当たりがある。確信はできないが貴様らよりは先に真相にたどり着いて断罪してやろう、くくくっ」
楽しげに笑う彼の表情に場違いな印象を受けた。
なんなんだろうな、この不安定感は。
アキラとはずいぶん違う感覚だった。
地に足が着いていないというか。
しかしその正体はいまいちつかめなかった。
「あなたは、楽しんでいるのか……?」
「質問は二つまでださっさと帰るがいい」
そのまま彼はこちらを見向きもしなくなってしまう。
くそ、失敗したか。
質問の数を決めるんじゃなかった。
いや、数の中だとしても答えてもらえた気はしないが。
そのままぼくらはその雰囲気に押し出されるように部屋から外へ出る。
アキラはそんなぼくに文句も言わずについてきていた。
何か言われるかと思っていたのだが。
「何も、言わないのか?」
「何か言ってほしいのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。いまいちちゃんと話を聞くこともできなかったし」
「そうでもない。彼から引き出せる情報はアレで十分だ」
そう言ったアキラの表情は普段通りの不遜な表情で気を遣っているとかそういう感じでもなかった。
つまり、本心ってこと、なのか?アレで十分?
「それより、これで終わらせるつもりはないのだろう?」
「え?あ、あぁ。ここの会社の専務がいるはずだから話を聞いてみようと思ってる」
そっちにはアポは取っていない。
けれど、なんとなく話は聞ける気がしていた。
入る前にももこちらに視線を送ってきていた男性の元へ歩いていく。
「やぁ」
『こんばんは』
やはりと言うかなんと言うか。
歓迎してくれている様子だった。
あのときの好奇の視線は彼だったようだ。
しかし、だとしたら、何故なのだろうか?
「僕は専務の海原。君たちが調査をしてくれる方たちかな?」
「はい」
「恐らくオーナーはきちんと説明をしたがらないと思ったから僕の方からきちんと説明しようと思っていたんだ」
苦笑気味に専務がオーナーの部屋に視線を送る。
あの調子だしね、そう言って肩をすくめた。
「ありがとうございます。助かります」
「警察の方にもあの態度でね。正直アレには困ったもんだよ」
クスクスと笑う彼の様子はなんだか、親しげな色が見えて。
「友達、なんですか?」
「え?あぁ、やっぱり気付かれるか。
そうだよ、僕とオーナーは高校の頃からの友達でね。
一緒に企業を立ち上げてやってきたのはいいのだけど、彼はあの態度だろう?
あまり営業とかには向かなくてね。社外での活動はほとんど僕が行っているんだよ。
とは言え腕は確かだし頭もいいから会社の戦略とかは彼に任せてる。
僕らコンビで割かしうまく回っているんじゃないかな」
「なんか、ふと見ただけでも相性が良さそうな感じに見えますね。突っ走るオーナーに、ストッパーみたいなあなた、で」
「そうだね、その表現があっているかもしれない」
クスクスと笑う彼の態度はなんだか、オーナーに対する親愛の色が現れているようで、なんとなく羨ましくなった。
あんな人でもこうやって慕ってくれる人がいればきっと、うまくやっていけるのだろう。
1人ではたぶんやってこれなかったはずだ。
理想のコンビなんじゃないだろうか。
ふとアキラの方を見ると、アキラもちょうどぼくを見ていた。
なんなんだろうな。
よくわからないけど少しだけ、アキラとこんな風になれたらいいな、なんて、思ったんだ――