第二十九話『ヒーロー』
二九.
「つまり、どういうことになるんだ?」
「まったくわからん」
アキラでもわからないとか、そういう状況なんだ?
暗闇なのにうっすらと青い光が浮かぶこの中津中央小学校はすでに三〇年前に廃校になった学校だった。
行方不明事件が同時多発し、体育倉庫のマットの中から右半身の皮をはがれた男子生徒一名が発見される。
そして、行方不明になった教師の自宅から女子生徒一名が同じく右半身の皮をはがされた状態で見つかったため猟奇殺人事件として調査されるも、犯人と思われる教師と、他に行方不明になった生徒七名見つからなかった。
事件には不可解な点が多く見られ、調査の名目で学校は閉鎖状態となり、その間に周囲の意見もあって廃校と言うことになる。
当時神明会は調査に入り、解明されたと判断されていた。
そのため資料は残っていたらしいが今回の件とは関連していないものと思われていたようで、どうやら神明会の人たちは中央小と略される中津小学校の方からの依頼だと判断していたためそちらに待機していたのだと言うこと。
「まぁ、出るか」
「そうだな。正直オレにもよくわからん。ここでいったい何が起きているのか一度整理してから出直したほうが良さそうだな」
そう言ってアキラはぼくに肩を貸してくれた。
大丈夫、とは言いがたい状況だったので甘えることにする。
人体模型はどうするかな。
くー子に運んでもらうか。
そう思って懐からくー子を取り出そうと考えた瞬間。
「その必要はありませんよ」
そんな、声がぼくらの後ろから鳴り響く。
つい先ほども聞いた、声。
そこには背の小さな少女の姿があった。
そう、瀬戸川さんだ。
「瀬戸川、さん?」
「危険だから待っていろと言ったはずだが?」
「危険はもうありませんよ」
「いったいどういうことだ?何か、いや、キサマすべて知っているな?」
「えぇ、すべてわかっております」
何か、得体の知れないものに見える。
この人は、本当に人間か?
ありえないほどの小ささといい、このタイミングでここに現れることと言い、怪しすぎやしないか?
「待て、アヤたちは?」
「彼女たちも来ていますよ」
心配になったぼくに対して彼女は自分の後ろの方を示した。
ぱたぱたと四人が駆け寄ってくる。
「こー、大丈夫ー?って何その血!?」
「ちょ、大丈夫ですか!?」
「コウ、無茶しすぎ」
むぅ、と眉をしかめてぼくの頭を撫でるカナタ。
心配かけてしまったな。
「あー、いや、うん、ごめん、これやられたわけじゃないから、大丈夫」
「ただの自業自得だ」
うん、そうです。
マジで反論のしようもない。
「で、話してもらおうか、教頭殿?」
「えぇ、もちろんです。そのためにあなた方をここへお呼びしたのですから」
「そのために?解決させるためじゃなくて話すためなんですか?」
「解決していただいて、お話しするためです。その必要があったのです」
「どういうことなんだ?」
「まずは私自身についての嘘を訂正しておきます。私は教頭ではなく、校長なのです」
「「校長!?」」
「そうです、私がここ、中津中央小学校の廃校当時校長だった瀬戸川 ひなたです」
「てことはやっぱり大人なんですか?」
「ですから!どこからどう見たって私は大人です!」
見えるか?
アキラに視線を送ると、見えるわけないだろう、そんな視線が返ってきた。
「驚くのも無理はないのかもしれませんね。私の一族は元々小豆洗いの一族なのです」
「小豆洗いって縁起のいい妖怪でしたっけね」
「川で小豆を洗う音が聞こえるだけの妖怪だな。いたちが正体などと言われることが多いが正体は誰も見たことがない謎の多い妖怪だ。その音を聞くと縁起がよいと言われる地方もある」
「そう呼ばれていただけで、ただ背の小さい一族なだけなのですけどね。小さくて誰も気が付かないだけなのです」
「えっと、ごめんなさい。そんなに気にしてらしたのに子ども扱いなんかして」
「いえ、構いませんよ。どうせ小さいですもの」
気にしまくってんじゃねぇかよ。
いじけるなよ。
いや、ぼくが悪いんだけど。
「これでも免許証でお見せした通り、現在七一歳になる成人女性です」
「若々しすぎてまったく七〇超えているように見えません」
「幼いとはっきり言えばいいのに」
言っていいのかよ。
「無駄話ばかりしていないで話を進めろ」
「あなたは礼儀がなっていませんね。まぁ、いいでしょう」
「何故嘘を吐いた」
「第四怪談を深く聞かれるわけには行かなかったのです」
「どういうことだ」
さすがに苛立ったのかアキラが完全に不遜な態度になっていた。
年上だろうとホント関係ないなぁ。
よくもまぁこんなのが今までそのまま生きてこれたもんだ。
とは言え、確かに無駄話しすぎていたのは確かだし、本当の話を聞きたいのも事実だった。
「元々この学校は神道系の縁者の方が設立なさった私立小学校でした。
そのため、立地に関してもかなり考案なさったようで、あえて竜脈の噴出する点、竜穴の上に乗るような形でこの学校が建設されたのです。
将来を担う子供たちに良き力を浴びて育っていってほしいという願いを込めて建てられた学校なのですよ。
そのためこの学校は力が溜まりやすくなるような構造をしているのだそうです。
当時はよかったのかもしれません。
しかし、やはり現代化が進むにつれて悪しき感情が生まれやすくなって行きました。
そういった教師や生徒が増えてしまったのだと思います。
悲しいことですがそれはどうしようもありません。
それだけなら、よかったんです。
しかし、力の溜まりやすいこの場所ではそれだけと言うことには、ならなかったのです。
溜まりこんだ力に人の想念が影響して染まっていき、そこにとある方向性が生まれました。
それが私が校長になって六年ほど経った、現在から約三〇年前のあの事件です。
七不思議と言う物自体は私が子供の頃からございました。
しかし、あまり七つに定まることはありませんでしたし、ほとんどはうわさだけの代物だったのです。
私にはどうやら霊視能力があるらしく、そういった類のものが当時から見えていました。
当時本物といえるのは第一怪談のすすり泣きの少女だけでした。
彼女は元々様々な場所に存在する妖怪なのだそうで、気まぐれで遊んでいるのだと笑って話してくれましたね。
少し仲が良かったので度々お話はしていましたよ。
私が教師になり、この学校に戻ってきたときには鏡が増えていたのです。
とは言え存在を感じるだけで特に出てくる気配もしなかったので第三怪談に定められるまでどういった存在なのかすら知りませんでしたよ。
七不思議自体はどんどん変動していましたし、まったく語られていないような時期もありました。
三〇年前の事件前年度、この長谷部という男がここへ赴任してきてこの学校に不穏な空気が生まれ始めていきました。
生徒の所有物の盗難が相次いだのです。犯人を捜しましたが結局見つかりませんでした。
当然だったのです。
私たちは生徒が犯人だと疑っていましたから。
まさか長谷部が犯人だなんて誰が思いますか?
いえ、それはただの責任転嫁ですね。
ごめんなさい。
とにかく彼はまんまと生徒の所有物を盗み、自分の性的欲求のために自宅で使用していたようです。
と言うのも、あの事件までそんなことはまったく発覚していなかったのですから。
彼は勤勉で真面目な教師を演じていました。
生徒からの人気もありました。
特に女子生徒からは人気があったらしいです。
後々わかりましたがどうも彼は女子生徒たちに手を出していたようでした。
彼に騙された少女たちが汚されてしまいました。
私たちは気付けなかった。
最後の最後まで。
そうしてあの年、年度が始まってすぐ七不思議が広まり始め、七つの怪談が語られていました。
私も耳にはしていましたよ。
また流行っているのだな、と言う程度にしか思っていませんでした。
しかし、そのひとつ、あなたたちももうわかっているように、第二怪談の人体模型はこの男が広めたものでした。
恐らく誰にも知られないように再び生徒の所有物を手に入れるためだったのでしょう。
自室には写真がありました。
ターゲットと思われる写真。
その生徒の所有物を狙っていたのでしょうね。
しかし、彼は失敗した。
小学生の好奇心によって、彼は見つかってしまったのです。
しかも、運の悪いことに本人がやってきた。
いえ、彼にとっては幸運なことに。
肝試しで訪れていた六年生の男女二人組が彼に捕まってしまったのです。
そこから何が起きたのか、私たちは結果しか知りませんでした。
けれど、最悪なことが起きてしまったのです。
彼はばれたことで焦ったのでしょう。
男子生徒に襲い掛かり、誤って殺してしまう。
そして、それを見て叫ぼうとした女子生徒の口をふさいで捕まえた。
校内にはもう一組の生徒たちがいましたが、ちょうど彼らは校外へ出るところだったらしく、移動中でかすかな音に気付かなかった。
そうして校門に移動した姿を見たこの男は息を潜めて待つ。
さすがにこの現場を見られたらまずいと判断したのでしょう。
女子生徒はその間もずっと抵抗し、助けを求めようとしていました。
しかし、結局彼らは帰ってしまった。
絶望に打ちひしがれる彼女を長谷部は男子生徒の服で縛りつけて動けないようにして男子生徒の遺体をどこかへ連れ去った。
男子生徒はその後、血が飛び散らないようにするためか、体育館倉庫のマットの上で皮をはがれ、そのままマットにくるんだ状態で放置されました。
この怪談を本物にして校内に十時以降に人が来ないようにするためなのか、なんにしろ短絡的な思考で猟奇的な行動を取り、この男はそのまま深夜に自宅へ彼女を連れ帰った。
彼女に暴行したこの男は次の日学校に行って自分の短絡的な行動がどんな結果を生み出したのか気付いた。
生徒たちはさらに炎上し、次の肝試しメンバーを決めていく。
教師たちは誘拐事件の可能性があるとして周辺警戒するようになった。
自分が疑われる可能性があると気付いたこの男は自宅に帰ってから飽きるまで行為を繰り返したのち彼女を殺す。
そして、皮をはいだ。
怪談のせいにしてしまえばいいとでも思ったのでしょうね。
次の日に学校に来た長谷部には当直を命じました。
我々は学校の外の調査に出るため君は校内をお願い、と。
そして、彼は自分の手で本物にしてしまった怪談によって本物の怪異となり、七不思議を完成させたことで、第四怪談が発動した。
そうして、今もここで私たちは留まっているんです」
楽しげに笑う瀬戸川さんの笑顔にぞくりと背筋が凍りつくのを感じた。
これはヤバい。
最後まで聞いたらまずい気がする。
なのに逃げられない。
身体が動かない。
恐れで身体が動けないのだ。
「第四怪談とはなんだ」
アキラ!?
それを聞いたら絶対にまずいって!
そう言おうと思ったけどもはや口すら動かない。
まずい、これはまずい。
他のみんなももう動くことができないようだった。
キリですら恐れの表情に染まっている。
ハナは泣き出しているし、アヤも戸惑いの表情のまま動けないようだった。
カナタはぼくにしがみついたまま震えている。
アキラだけが動けるようだった。
何故だろうか?
怖くないんだろうか、こいつは。
その表情は見えない。
ぼくより前に出て瀬戸川さんと向かい合うアキラは背中しか見えなかった。
「学校を校長権限で停止させることができるのです。永遠の輪の中に閉じ込めることができる」
なんだよ、それ。
そんなの怪談とか言うレベルじゃない。
ファンタジーにしても過ぎるだろ!?
「フン、そうだとして、キサマは何故我々を呼び寄せた?もはや留まっているのだろう?ここは三〇年前から止まってしまっていたのだろう?ならば何故、オレたちを呼んだ?」
アキラは毅然と彼女に立ち向かっている。
こいつは、間違いなく本物の強者ってヤツだ。
もう、間違いようがないほどに。
悔しいけど認めざるをえない。
こいつは、かっこよすぎるよ。
ヒーローにしか、見えない。
前に進むものの味方、正義の味方ってヤツか。
「この男があまりにも反省しないから打ちのめしてほしかったのです。いくら閉じ込めても私の手ではこの男を打ちのめせない。三〇年と言う周期で外界と関われるタイミングの今、ちょうどあなたたちのような優秀なメンバーがそろっていてくれて役者としては十分でした。本当にありがとう」
三〇年周期で空間の波があるって感じなのか。
だからこそこのタイミングでぼくらが呼ばれたわけか。
え?いや、ちょっと待ってくれよ。
だとすると、まさか!
「アキラ、逃げるぞ!」
「今更怖気づいたか、コウヤ」
「違う!ここは三〇年に一回しか外界と繋がらないんだ!〇時までにここから出ないと取り込まれるぞ!?」
「なんだと!?」
「気付かれてしまったんですね。うっかりしてました。けれど、もう遅いですよ。だって、もう五分もありません。ここからではどうがんばっても校門の外には間に合いませんよ」
校門の外に出ればいいわけか。
なら、まだなんとかなるかもしれない。
「くー子!」
「きゅっ!」
巨大化したくー子。
そしてその背中にアヤとキリとハナを押し込んだ。
「アキラ、乗れ!」
「ん、あぁ」
「?」
反応が悪い?
「今更くー子に驚いてんのかよ、そんな暇ないだろ!?急げ!」
アキラの手を引いてくー子に捕まる。
「くー子、飛べ!」
「きゅーっ!」
「残念、お話し相手ができたと思ったのに」
くすり、と笑った瀬戸川さんはもう、少女のようには見えなかった。
アレはもはや、中津中央小学校の校長と言う、立派な怪異だ。
ガシャーン
ガラスが割れる音と、飛び上がるくー子が風を切る音が大きく響き、ぼくらの身体は宙に躍り出る。
ふと時計を確認するとあと四〇秒ほどで日付が変わるところだった。
「まずい!」
なんとか校門の外に出てしまえばなんとかなると思うんだが、飛び出た学校の裏側は住宅街で校門のほうへ戻るしかないためかなりぎりぎりになりそうだった。
ふと何かが気がかりで振り返る。
そこには、鏡を抱えて笑顔の少年たちが手を振っていた。
「――え?」
あの子たちは、どうなる?せっかく鏡から出られたのに。
「迷うな」
アキラの声が頭に響く。
わかってる、けど、見捨てろとでも、言うのか?
視線が外せないままのぼくの目に、鏡の少女の笑顔が見えた。
「あぁ、チクショウ!」
校門が見えて、飛び越える。
次の瞬間、音もなく、学校は消え去った――
あれで、本当によかったんだろうか?
すべて、置いてきてしまったような気分だった。
こんなので解決しただなんて、言えるのか?
ただ、逃げてきただけじゃないか。
誰一人助けられないまま、逃げ帰ってきただけじゃないか。
「コウヤ」
「なん、だよ?」
「お前のおかげで助かった。ありがとう」
「いや、どうなんだろうな」
行く前となんら変わらなかったんじゃないだろうか。
誰一人助けられず、余計な時間を使ってギリギリで逃げ帰っただけ。
全部ぼくのせいで最悪の結末になっただけなんじゃないか?
「無駄だったと思うのか、お前は」
「いや、だって、さ。結局みんな置いてきちまった。誰も助けらんなかった。ぼくが無駄に時間使ってなかったらみんな助けられたかもしんないのに」
「だから、キサマはアホか?」
ドン、とぼくの胸を蹴飛ばしてアキラが笑った。
「キサマ程度の男が世界を変えられるとでも思っているのか?そうだとしたら勘違いもはなはだしい。個人の力など些細なものだ。そう、たとえオレでもな。だから、だからこそオレたちはあがくのだ。努力するのだ。そうやって、何ができようとも、何ができまいとも、世界は勝手に回ってしまう。それは変えることができない真実だ。現実と言うやつだ。
だがな、オレたちはそれでも自分たちのもっとも大切なものだけは譲らなければいい。そこだけ譲らなければ、生きてゆけるのだ。キサマにもそれが在るとオレは信じている。だから、諦めるな。歩け。立ち止まってうつむいている暇があったら、顔を上げて精一杯あがけ、愚か者が」
「んだよ、それ」
っとに、なんだよ、それ。
「いいこと言い過ぎなんだよ、この、ボンクラヒーローが」
笑えちゃったじゃないかよ。
お前にそんな風に励まされたら、顔を上げるしかねぇじゃん。
歩くしかねぇじゃん。
だって、憧れちまったんだもん、こいつのその背中に。




