第二十七話『鏡の少女』
二七.
視界に入れる。
そこは不思議な空間だった。
窓が近くにあるわけでもないのに周囲がほんのりと青白く光っている。
それは、とても美しくて、とても寂しい、光景だと思った。
鏡はそんな壁にかかっている。
そして、その中には一人の少女が映っていた。
少女は青白く美しい肌をしている。
その容姿は人形のようにかわいらしく、小さかった。
ドレスのような白いふわふわとしたワンピースを着ていて、また人形らしさを強調している。
鏡に映っているのは楽しそうな笑顔を浮かべた彼女一人だけだった。
たった、独りだけ。永い時間そこにたった独りだけでいたのではないだろうか、そんな風に思った。
彼女の手はおいでおいでとぼくを呼ぶ。
ぼくの足はまだ動かない。
彼女の表情が気になって動かないままだった。
どうしてこの子はこんなに寂しそうなんだろうか?
だって、独りに見えるのは錯覚だ。
後ろには子供が見える。
彼女を心配そうに見つめる子供が見えるんだ。
彼女はそれにすら気付いていないようにこちらへ笑みかける。
ぼくの足が一歩前に進んだ。
後ろから怒鳴り声が響く。
もう一歩、前へ。
ぼくが進む度彼女はどんどんうれしそうな顔になる。
それなのに、何故彼女はあんなに泣きそうに見えるんだろうか?
後ろにいる子供たちはぼくに助けを求めたりしない。
ただただ彼女を心配している。
やさしい子たちだ。
きっと、彼らはぼくと同じことを思った。
だから、鏡の中に入ったのだ。
もう一歩、前へ進む。
彼女はまた、うれしそうに。
壊れそうな笑顔で、ぼくを見ていた。
後ろの彼らはいいの?
と彼女に問いかける。
彼女は彼らに気付かない。
ぼくの足はまた前へ。
もうあと三歩で鏡に届く。
彼女の笑顔はこれ以上にないくらいに輝いた。
その笑顔がぼくには、泣いているようにしか見えないんだ。
だから、だから。
次の一歩を踏み出す。
もう一歩。最後の一歩を踏み出して、
鏡に、触れる。
『なん、で?』
「こんばんは、鏡の女の子」
『なんで入ってこないの?なんで?来てくれないの?あなたもわたしと一緒にいるのが嫌なの?』
「そうじゃないよ」
そうじゃないんだ。
ぼくが触れたところから鏡は輝きを放っていた。
「君は寂しかったんだな」
『こんなところにいたら、寂しいに決まってるじゃない』
「だから、その子たちを取り込んだんだね」
『一緒にいてくれるって言ったもん。わたしを独りにしないって言ったもん。なのに、みんないなくなっちゃう。入ってきてくれないの』
「君は間違えてしまってるんだよ」
『わたしがここにいちゃいけないってこと?そんなの、わかってるよ。みんなの迷惑になるだけだもん。でも、でも、嫌だよ、消えたくないよ。寂しいよ、辛いよ、もう独りは嫌だよ』
「そうやって鏡に取り込んでも、彼らの姿は君には見えなくなってしまうんだよ。けど、彼らはちゃんと君のそばにいる」
『いないよ。消えちゃったもん』
「君のことを心配してくれているんだよ。だから、彼らはちゃんと君のそばにいてくれてるよ」
『いないよ!どこにもいないよ!』
もうなりふり構わず叫び、泣きじゃくりながら彼女はブンブンと首を振る。
けど、それじゃ気付けないんだ。
なんとなくわかった。
取り込まれた子たちは霊体になってしまっているんだ。
だから、霊視できない彼女は見えない。
だとすれば、ぼくはそれを見せてあげることができる。
「ぼくの手に触れてごらん?」
『触れられないよ。あなたはこっちにいないもん』
「触れられるよ。君が信じてくれれば」
まだ自分の力はいまいちわかってないけれど、たぶん、彼女がぼくに触れれば、見えるようになるはず。
今までは霊体を触って可視化してきたけど、たぶんぼくの力ってそういうものじゃないと思う。
だって、そうじゃなきゃ島谷に触れたときの変化やこの鏡の輝きに説明がつかない。
なんとなくの仮説が立ってきたんだ。
思っている通りならきっと彼女が触れてくれれば変わる。
『ホントに、いるの?』
「ぼくには見えるよ」
『あなたに触れれば見えるの?』
「あぁ、見える」
『……うん、信じるよ』
そして、彼女の手が鏡越しのぼくの手に触れた。
「あ」
彼女は、後ろを振り返り、涙をこぼす。
「そんなに近くに、いて、くれたんだね。ごめん、ごめんね、気付かなくて」
そうして、子供たちもそれに答えるように笑った。
「ありがとう、ございます」
「いや、気にしなくていいよ。それで、君はどうする?どうしたい?」
「え?」
「彼らをそのまま鏡の中へ閉じ込めてしまうか?」
「あ」
「彼らはそれでも君のそばにいてくれるかもしれないけれど、どうせなら、閉じ込めるなんて手段じゃなくて、本当の友達になってしまえばいいと思わないか?」
「でも、わたしは人間じゃない、よ?」
また泣きそうになる彼女のそばに彼らが集まってきて、笑みかける。
大丈夫だよ、って。
「友達に、なりたい」
「わかった。それじゃ、彼らを解放してあげようか」
「うん」
そして、子供たちが解放された。
彼らは鏡の彼女のところへ集まって口々に声をかける。
それはすべて好意的なもので、なんだかうれしくなった。
そうだよな。
人間だとかそうじゃないとか、些細な問題なんだ。
だから、もう、大丈夫だろう?
「一人で勝手に行動するなと!!」
「コウ、無事?」
「うぉ、二人とも大丈夫だったか?」
動けるようになったらしい2人が駆け寄ってきていた。
なんと言うか、二人とも心配してくれていたみたいでうれしくなる。
「いったい何が起きた?」
「あぁ、彼女と話しただけだよ。子供たちを解放してくれた」
「そうか。しかし、鏡を壊すか学校の外へ出さないと恐らく七不思議は発動したままになるぞ」
「壊すとか、冗談じゃない。ぼくが絶対に許さないぞ」
アキラの言葉を聞いて反発し始めた子供たちと共にぼくはアキラをにらみつけた。
せっかくこんな風に仲良くなれた彼らの関係を潰させたりしない。
そんなこと絶対に許してたまるかよ。
「アキ、待って」
「なんだ?」
「おかしい」
「待ってくれ、キリ、おかしいって何がおかしいんだ?」
子供たちの方を見てキリがしきりに首を傾げている。
どういうことかわからずぼくも彼らを見てみた。
そこで、違和感に気付く。
「待て、なんだ?なんでだ?そんなはずないだろ?」
「なんだ?キサマも何かに気付いたとでも言うのか?」
「いや、お前が見落としてるってのが意外だがよく見てみろよ」
「む?なん、だと、待て、何故七人しかいない?」
そう、何故かここには七人の子供しかいないのだ。
「ちょっと君たちに質問なんだがここにいるのはあとから計画して肝試しに行った七人なのか?」
「そうだよー」
「ありがとう。なぁ、アキラ」
「あぁ、恐らくお前もわかっていると思うが」
先に行った二人は別の怪談によって行方不明になった、と言うことになる。
つまり、
「「本物はもうひとつ存在している!」」




