第二十五話『七不思議』
二五.
免許証を見せてもらうまでマジで冗談だと思っていた。
しかし、マジらしい。
すげぇ、こんなに小さな大人いるのかよ?
だって同伴の児童会長(一一)と副会長(一〇)より小さいんだぞ?
普通疑うっての。
いやまぁ、さすがに失礼ではあるのでぼくもアキラもきちんと謝罪した。
ちなみにハナは驚きで口が利けず、アヤはそもそもまったく気にしていなかっただけである。
「話がそれてしまったので戻しますが現在ここ中津中央小では学校の七不思議と言われるうわさが流行っていて、事実を確かめようとする児童が多く出てきてしまっていたのです」
「まぁ、好奇心旺盛な子供だったらそうなりますよね」
「困ったものです」
肩をすくめる瀬戸川さん。マジで子供が背伸びしているようにしか見えなくて笑いそう。
「その辺りに関しては教師のほうで見回りをするなど対策を取ればいいだろう」
「えぇ、見回りは当直の先生にやってもらっていますよ」
「しかし、生徒を守るための怪談がむしろ生徒を呼び込んじゃうとか本末転倒だな」
「ままあることだろう。スリルと言うのは人間にとっては娯楽になり得るものだからな」
「んじゃぼくらはそれでも防げないからもういっそ解明しちゃって実際なんでもなかったですよーと証明すればいいわけですか?」
「いえ、証明しても止まらないでしょうね。それより飽きるまで待つほうが現実的です」
「そんなもんですか?」
まぁでも、子供ってそんなもんかもしれない。
流行っている今だからこそそういう動きがあるだけで廃ってしまえば来なくなるだろう。
どうせ一人で来ようとか考える子供はいないだろうし。
しかし、だとすればぼくらはいったい何をすればいいって言うんだ?
「問題は実際に心霊現象が起きてしまっているから、なのですよ」
「実際に起きてしまっている?」
「えぇ、それであなた方に来ていただいたのです」
「どういうことですか?」
「行方不明者が出てしまったのですよ」
行方不明者?家出とかじゃないのか?
そう思いながら瀬戸川さんの話を聞いていくうちに結構深刻な事態に陥っていることがわかった。
まず最初に誰が広め始めたとかはもはや誰にもわからないが広がり始めると一気に広がって行ってしまうものだ。
五月に入った頃にはほとんど全校生徒が知っているような状態になっていたと言う。
まぁ、恐らく今年度に入ってから広まり始めたと言う可能性が高いか。
学年が変わってクラス替えで少しギクシャクした空気を打破するためにでも会話がほしかっただけなのかもしれない。
問題はそこからだった。
実際に起きているのか、そういう試みが始まったのは五月中旬に入ってから。
それ以前は知名度の問題で行こうという人がいなかったのかもしれない。
とある生徒たちが肝試しで学校に忍び込んだのだと言う。
四人組で二人ずつでどちらが多く七不思議を回ってこれるか、と言うもの。
しかし、片方の組は途中で怖くなって待ち合わせの校門に帰った。
もう片方は結局彼らがさすがに時間的にまずいと思って家に帰るまでには戻らず、二度と帰ってこなくなる。
男女ペアだったので駆け落ちなどとうわさされるが子供にとっては二人いなくなった程度ではあまり危機感は生まれなかったらしい。
しかし学校の方ではどういうことなのかと調査を進めていた。
当然だ。生徒がいなくなったなんて大問題である。
生徒の勝手な行動とは言え学校にも責任があるとして学校側は夜の学校周辺の見回りを強化。
調査も含めて解決に乗り出した、のだが。
最初の行方不明から二日後にはもっと大人数で行く計画が立てられ、参加すると表明した七人全員が行方不明。
そして、
「教師にも行方不明者が出た!?」
「えぇ、まさか本当に七不思議なんかで人が消えるとは我々は考えていませんでしたので周辺の見回りのほうにばかり重点を置いていたのです」
「それで、一人で校内を見回りしていた教師が行方不明ですか」
「ふがいないです。頭を堅くしてしまっていた私のミスとしか言いようがありません」
「いや、心霊現象なんて信じられないのが普通ですよ」
ぽんぽん信じてしまう方がおかしいのだ。
だって、見ることが出来る人があまりにも少ない。
霊感のある人でも感じる程度では実際何かがあるなんて考えないだろう。
そんな不確かなものをすぐ信じたりできるわけがない。
「それから校内の見回りと七不思議の調査をしていきました。しかし、何故か教師がいくら見回りしても不思議な現象など起きないのです」
「あー、ちなみに、七不思議ってどんなのがあるんですか?詳しく聞かせてください」
「あ、そうですね。そこもちゃんと話しておかないと判断できませんよね」
そう言って話された七不思議は正直なところあまり珍しいものではなかった。
第一怪談、三階西側の女子トイレの三番目の開かない扉の中から夕方四時を過ぎるとすすり泣きが聞こえる。
第二怪談、理科室の人体模型は夜一〇時を過ぎると校内を走り回る。それを見てしまうと次の朝、自分が人体模型のように開かれる。
第三怪談、午前二時に中央階段の一階と二階の間の踊り場の壁にかけられた鏡の中に少女の姿が映る。それを見ると鏡の中に取り込まれ、少女と共に永遠に次の仲間を待つ。
第四怪談、永久欠番。校長のみが知る最恐の怪談。
第五怪談、音楽室の肖像画は人が通ると目が動く。
第六怪談、校庭にある二ノ宮金次郎像は夜中学校の周囲を走り回る。
第七怪談、五年一組名簿番号九番の席は永久欠番で、その席に座ると必ず病死する。
こんなところだ。
まず第一怪談は『花子さん』の派生だろうな。
第二、第四、第五、第六は教師によるものだろう。
珍しいのは第七か。
何か意味があるのか?て言うか永久欠番って何?
空いてる席なんて普通ないだろ。
そもそも机は入れ替わったりするし席が呪われてるとかないと思うんだが。
まぁ、今回一番怪しいのは第三怪談だろうなぁ。
しかし、アレだよな、それって紫の鏡の派生系なんじゃないだろうか?
いや、でも鏡に取り込むなんてのはなかったか。
「ちなみに第三怪談は試したんですか?」
「えぇ、午前二時に三日連続で人数を変えて確かめてみましたが特に何も起きませんでした」
「第二怪談と第六怪談はあなたたちが作ったものですか?それとももっと前からあるんですか?」
「どちらも現在在籍している教師は知らないようでしたね。ただ、第一と第五と第六に関しては私が子供の頃にも聞いたことがありました」
今も子供にしか見えません。
いや、それはさておき。
「第四のはなんなんですか?本当にあるんですか?」
「校長曰く、代々校長にのみ知らされているらしいです。何故生徒がそんなことを知っているのかわかりませんが」
「じゃあ第七の永久欠番って?」
「あぁ、それはたぶん現在治療不可能な病で入院中の生徒のために生徒がそういううわさを流しているんだと思います。いつでも戻ってくる場所を作るために」
何そのやさしい理由。ほっこりする。
素敵すぎてちょっと困った。
いい生徒じゃん。解決してやりたいな。
ハルたちの母校でもあるわけだし、こんなので変なうわさ立てられたりしてもなんか嫌だし。
「やっぱ第三が一番怪しいか」
「とりあえずすべて回ってみた方がいいだろう。何が起きるかわからないしな」
「だな。しかし、だとすると夜中までいないといけないわけか」
「音楽室だけ見てまた夜に集まった方が良さそうだな」
「みんなはそれで大丈夫か?」
ほとんど話しに入ってこない。
と思ったらキリがいなくなっている。
「あれ?キリはどうした?」
「え?あ、キリちゃんはおトイレ、です」
「そっか。何も言わないから気付かなかったよ」
「え、えっと、調査で、らしいです」
「あ?」
「ご、ごめんなさい、キリちゃん興味が沸くと周りを気にしなくなっちゃうんですよ」
「いや、別に怒ってるわけじゃないから気にしなくていいぞ、ハナ。んー、時間を待つ必要はないかもしれないな」
「いや、第三怪談は夜中にしか起きないだろう」
「そうなのか?」
「光が邪魔なのだ」
何か仮説があるってことなのか?
さすがに早いなぁ。
「ふーん?まぁ、今はキリを探しに行くのが先決だな」
「オレはもう少し話を聞いていく」
「そっか。んじゃぼくが探してくるよ」
「あ、ボクも行きます!」
「こーが行くならアヤちんもー」
そして当然カナタもぼくのすそをつかんでいたりするわけで。
なんだよ、結局みんなで行くようなもんじゃないか。
まぁ、アキラは一人でも大丈夫だろうからいいか。
「キリ、何か見つけたか?」
三階西側の女子トイレの前で立っていたキリに声をかける。
「コウ。彼女はただ出られなくなってしまっただけらしい」
「え?待て待て待て、第一怪談のすすり泣きする子はマジでいたのか!?」
「この中にいる」
マジかよ。
普通にただの花子さん派生だと思ってたけど、そういえば名前はなかったな。
大体名前を呼ぶと何かが起きることが多いのだがすすり泣きが聞こえるだけだっけ。
「出してあげられれば彼女は還ることができる」
「出してあげられれば?」
なんでこんなところに?第一も子供の頃からって言ってたか?そんなに昔からここにいる?
「ちょっとその子と話ができるか?」
「会話はできる」
「そっか、サンキュ」
中に踏み込んだ。
「誰か、いるのか?」
『っぅくっ!?な、なんですか?』
「あ、えっと、ぼくは君を助けてあげたいんだけど、そのためにはちょっと聞きたいことがあるんだ。いいかな?」
『た、たすけて、くれるの?』
「そのつもりだよ」
『な、なんでも話すから、いなく、ならないでね?』
かなり怯えていると言うか、泣きそうな声だった。
「わかった」
声から判断すると小学校中学年くらいか。
出られなくなってしまった、ってことはなんだろう?
まさか、いじめとか?
「君はなんでそこにいるの?」
『かくれんぼ、してたの。そしたら、出られなくなって、見つけてくれなくて、ここにいるの』
そんなことがありえるのか?いなくなったら調査されるんじゃないか?
かくれんぼしていたならなおさら、その相手がさすがに話してくれるはずだし。
校内にいるのに見つからないなんて。
「誰と、かくれんぼしてたんだ?」
『ともだち』
「いつからかくれんぼしていたんだ?」
『もうずいぶん前だと思う』
「その友達と喧嘩したりはしなかったか?」
『とっても仲がいいよ』
「その友達はどこにいるんだ?」
『あなたの後ろ』
びくっとして振り返るとそこには影があった。
真っ黒で、真っ暗で、闇をかき集めたような、おかしなもの。
「なん、だこれ」
ちょっと待てよ、まさか、これが行方不明の原因だってのか!?
こんな不可思議なものが!?
「にー、それは害のないあやかしだにー」
「え?」
「迷子になった子を探すあやかしだに」
「何そのいい妖怪。ん?それじゃこいつはこの子を探してたのか?」
「そう。けど、なんにもできないに。だからそこにいて見える人とか感じる人に知らせるだけ。あと、その子の遊び相手になってくれるに」
「へぇ?」
そんな妖怪がいるのか。
やさしい妖怪だな。面倒見がいいというか。
けど死んじゃってる子にもそうやってずっとついているのか。
大変だな。もう永遠に見つからないかもしれないのに。
「しかし、それじゃこの子はなんでここで霊になってしまったんだ?」
「んー、アヤちんそこまで便利になんでもかんでも見えるような目は持ってないからにー」
「そっか」
さて、どうしたものか。
そういえばキリとハナはどこに行ったんだろう?
『どこにも行かないで!』
「うぉ!?」
叫び声にびっくりして外を確かめようとした足が止まる。
そういえばいなくならないでって最初に言われてうなずいちゃったな。
「アヤ、キリたちがどこに行ったか調べてきてくれるか?」
「こー、今やるべきことはそんなことじゃないと思うけどに」
「じゃあ見捨てろって言うのか?」
「そうは言わないけどに。こーはもうちょっと取捨選択したほうがいいに」
そう言いながらアヤは外に向かっていった。
いや、わかってるんだよ。
けどさ、目の前で困ってるやつがいるのになんにもしないで見過ごせるような大人になんて、なりたくないんだ。
「絶対に、助けてやるからな」
『やさしいね』
「青いだけだよ。ぼくはさ、結局、いい奴でありたいだけなんだよ。自己満足のために、ただただ自分のために、見捨てる覚悟がないだけなんだ」
状況に流されているだけなんだよな、結局。悪いやつになりたくないから見捨てられないだけだ。
全部、自分のため。
自分があとで後悔とかしたくないからその場のことしか考えられない、短絡的な行動。
悪いことだとわかってるのにやめられない。
いつまで経っても子供なだけなんだ。
『あーあ、なんか飽きちゃった』
「え?」
『あのね、お兄さん。あたしたちはそんなにやさしくないよ。だから、騙されちゃダメ。会話できるから、大人しいから、泣いてるからって相手しちゃうと、取り込まれちゃうよ?』
「なんの話をしてるんだ?」
『鈍感だなぁ。知らない?トイレの花子さんって、返事をすると冥界に連れ込まれちゃうんだよ?』
そう言ってぼくの目の前に現れたのは、おかっぱのかわいらしい少女だった。
「ちょ、え!?」
『あはは、驚いてる驚いてる。まぁ、その顔で満足したよ』
「え?えぇ!?」
『そ、トイレの花子さんって、実在するの。覚えておいてね。それじゃ、バイバイ』
彼女はけらけらと笑って、消えていく。
そんな、マジかよ。
最初のは演技?それじゃこの黒いのはなんだったんだ?っていなくなってるし。
「こー!大丈夫!?」
アヤが駆け込んでくる。
その顔は珍しく焦りに染まっていて、少し驚いた。
「いや、大丈夫だけどどうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもないに。きーちゃんに言われてこーが中に入ったから追おうと思ったら入れなくなったに」
「私も追い出された」
「え?どういうことなんだ?」
「たぶん、中の妖怪の力が強くて力を持っている人は入れない異界を作り上げちゃってたに」
つまり、あの中で見たアヤは偽者?黒いのもただのブラフか?
「マジかよ?」
「無事でよかったにー。もう中の気配はないし、いなくなっちゃったみたいに」
「そうか」
なんで冥界とやらに連れ込まなかったんだろうか?
なんか飽きたとか言ってたな。
ぼくに対する忠告みたいなこともしてくれた。
なんだったんだよ、いったい。
しかし、なんと言うか、いきなり本物だったってことはもしかしたら、他にも本物がある可能性が出てきてしまったわけだ。
これは本格的に調べないとまずそうだな。
この学校はきちんと七つにそろっている。
もしかしたらそこに大きな意味が生まれているのかもしれないのだ。
七不思議って言うくらいだし、何か意味があるんだろう。
大きな事件にならなければいいが。