第二十一話『謝罪』
二一.
「こーが女の子連れてきたなんて、アヤちんショック!」
「アズと似たり寄ったりな反応してんじゃねぇよ。ったく」
日が変わって一六日朝。
またも珍しく起きていたアヤに迎えられての登校だった。
そしてまぁ、アヤの驚きも当然とは言える。
だって、
「この子はうたかた。鞠つき童子だ」
うたかたがついてきてしまっていたのだ。
今朝家を出ようとしたとき、うたかたがぼくの服のすそをつかんだまま離してくれなかった。
学校に行くから連れて行けないと説明したのだが『つ・れ・て・い・・て』と退かなかったのだ。
仕方なく連れてくることになってしまっていた。
「鞠つき童子ってすっごく珍しい精霊さんだよにー」
「あー、そうだっけ?あんま由来とか知らないからそういうのわからねぇんだけど」
「アヤちんも初めて見たに」
「うちの家族になったんだ。よろしくな」
「こー、おうちに年頃の女の子を連れ込むときはこっそりにー」
「年頃とか連れ込むとかそういうんじゃないからな!?」
「昨夜はお楽しみでしたに」
「どういう意味だよ!?」
「ウフフ」
「勘違いすんなよ!?何もなかったからな!?」
「さてどうでしょう?」
「どうでしょうってお前はうちにいなかったんだから知ってるわけもないだろ!?」
「しかしアヤちんには千里眼があるのだった、まる」
「ぼくのプライバシーはどうなっているんだ!?」
「アヤちんの前にプライバシーなど皆無。浮気してもすぐに察知します」
「浮気ってなんだよ」
「ドッカーン!」
変なやり取りをしていたらそんな声と共に机が蹴飛ばされる。
中身が散乱してしまっていた。
「ご挨拶だな、ナツ」
蹴飛ばした当人であるナツをにらみつける。
が、その表情を見て呆然となった。
なんでだ?
なんかものすごく悲しそうな顔。
「こんの、大バカ!コーヤも、アヤメも、バッカヤロー!!」
「どうしたんだよ、何があったんだ?」
「それはこっちのセリフだ、アホ!バカ!なんで休んだんだよ!?心配したんだよ!?なんで連絡もよこさないんだよ!?」
「う、ぁ、ごめん、ごめん、ナツ」
そうか、最悪のタイミングじゃないか。
ナツにだけは知らせておかなきゃならなかったんだ。
昨日の今日じゃないかよ。
どうしたんだよ、じゃない。
そんなに大切なことを忘れていたなんて。
「みんないなくなっちゃうなんてやだよ!なんでいなくなんだよ!?いつもみんなここにいたはずじゃないかよ!?見えないとこに、行かないでよ!」
ハルがいないなと思って一日過ごして、次の日に死んだってわかって。
ぼくらも連絡なしに一日休んだ。
そりゃ心配する。
不安になるに決まってたんだ。
また、失ってしまったんじゃないか、そんな不安に押しつぶされそうになっていたんだろう。
ナツの目からはボロボロと涙がこぼれ落ちている。
「違う、ごめん、こんなこと言いたいんじゃない、違うよ。うん、よかった、よかったよ、生きててくれて、よかった。また会えて、よかった」
安心したような、悲しいような、怒ってるような、笑ってるような、そんな入り混じったくしゃくしゃの顔で、ぼくら二人を抱きしめてナツは泣き出した。
「ごめん、ありがと、ナツ。大丈夫だから、ぼくらはちゃんとここにいるから」
「ごめんに、なっちゃん」
いつもよりずいぶん早く来ていたナツ。
本当にとても心配してくれていたんだろう。
申し訳なく思いながら、感謝していた。
これだけ想ってくれる友達がいてくれる。
ぼくらはそれだけでとても力をもらえるから。
特別な力なんてなくても、人はこうやって誰かを大切にできる。
それが一番大事なことのように思えた。
ナツはあふれ出す感情からか、なかなかぼくらから離れたがらない。
お昼にきちんと説明すると言って解放してもらった。
ナツには話してもいいだろう。
これからも何かとあるのかもしれないし、ハルのことも伝えておきたい。
それくらいはいいじゃないか。
ぼくらにとって一番大切なのはやっぱり、友達や家族なのだから。
「そっか、ハルは逝っちゃったんだね」
「あぁ、最後に会わせてやれなくてごめんな」
「いーよ。ハルが満足できてたなら、いーよ。それにさ、ホントは会えなかったはずなんだもん。幸運なくらいだよ。だから、コーヤには感謝してる。ありがとね」
「ぼくは、何も、できなかったよ」
事件解決だって、結局ほとんどアキラの力だ。
ハルに関しては本当に何も、何一つしてやれなかった。
ただただ何もできなくて、心配かけて。
「んーん。それ、違う」
「え?」
「コーヤは何もできてなくなんか、ないよ」
「いや、でも」
「そばにいてくれた」
「そば、に?」
「ハルのこと想って、そばにいて、何かしたいって、そう思ってたんでしょ?たぶんだけど、それだけできっと、ハルは救われてたよ」
「そう、かな」
「そうだよ。ハルとずっと一緒にいて、心まで分け合ったあたしが言ってるんだもん。そうに決まってるじゃん」
「そっか、そうだな。ありがと、なんか、心が軽くなった」
「当然!そうじゃなきゃダメなんだから。ずっと、ハルのことで後悔してたらハルが気になって休めないじゃん。だから、ね?ハルを休ませてあげてよ」
「ん、わかった。サンキュ」
ナツの言う通りだった。
ぼくがずっと気にしてたらハルがまた心配してしまう。
それじゃ、ダメだから。
ぼくはぼくらしく、笑ってなきゃな。
「それより、妬けちゃうなー。ハルが幽霊にまでなった未練がコーヤのこと心配だったから、だなんてさ。恋人のあたしを差し置いて何心配されてんだよこの親友めぇええ!」
「ぁああぃだだだだだっ、いてぇっつの!」
ぐりぐりぐりと頭をこぶしで挟まれて捻られる。
向こうは半分シャレ半分マジのようで、本気でやってくるのでめちゃくちゃ痛い。
けど、なんと言うか、これはぼくが受けなきゃいけない痛みだと思う。
だって、言ってることは確かに正しいと思うし。
つーか、恋人の方をもっと心配しろよ、大バカめ。
誰よりも愛してたんだろうが、ハルのやつ。
「まぁ、わかるんだけどさー。ハル、あたしのこと信じてくれてるんだよ、本気で。あたしなら大丈夫、って。でもコーヤはさ、危なっかしいから。ほっとけないんだよ」
そんな風に、ナツはぼくの方を見て、笑う。
その笑顔はハルとよく似ていて。
あぁ、この二人はやっぱり、繋がってるんだなぁ、なんて。
「ハルから伝言ひとつだけ預かってるけど、どうする?聞くか?」
「伝言ねぇ。ちぇー、ずるいなぁ。一人で先に逝っちゃったからそういうことするんだ」
「お前、伝える前から内容わかってるな?」
「あたしもハルの立場だったら同じことするし」
「そっか」
「だって、幸せになってほしいじゃん」
「だな。んで、どうする?聞くか?」
「ジョーダン。聞くわけないだろ、バーカ。あたしは一生お前のモンだっつーの!」
「あはは、お前らしいよ、ナツ」
ハルからの伝言。
俺を想い続けなくていいから、幸せになってね?
そりゃ、うなずけるわけねぇよ。
結局、ぼくの心の中だけにしまっておくことにした。