第二十話『新たな家族』
二〇.
「お、お!?」
お兄ちゃんにホントの春が来たぁあああああ!?
そんな叫び声に出迎えられて帰宅した。
「お兄ちゃんをそんな大胆な子に育てた覚えはありませんっ」
「まずぼくはお前に育てられた覚えがねぇよ」
「えー、でもさ、お兄ちゃん?困っている相手を放っておけないからっていくらなんでも女の子を連れてきちゃうのはまずいよ?」
わかってるくせにすぐあぁいう冗談を言う。
叫んだのはただのネタだったらしい。
まぁ、なんと言うか普段から行き場のない妖怪とかをついつい見捨てられずに連れてきてしまう癖があるのだ。
ランなんかにはいつも悪癖だなんだとたしなめられる。
アズは割りと受け入れてくれるほうだったりするのでいいのだが。
両親も最初こそ反対していたがもうぼくがそういうやつなのはどうしようもないとわかったのか、小学校高学年くらいになったらまったく反対しなくなって、みんなをかわいがってくれるようになった。
おかげで今ではみんな大切な家族である。
「この子は人間じゃない。鞠つき童子だ」
「鞠つき?あー、アレだよね、手鞠を持った子供の姿で、座敷童子の個人版みたいな」
「そうだよ。よく覚えてたな」
「座敷童子もだけど、かわいい子は好きだしねー、って、待ってお兄ちゃん」
そこまで身振り手振りしながらにこやかに話してから頭を抱えて、こちらに手のひらを突き出す。
ホントに表情豊かで見ていて飽きないやつだった。
「その子が、鞠つき童子?」
疑問符が大量に浮かんでいるのが見て取れるほどに困惑している。
まぁ、その気持ちはわからないでもない。
ぼくも鞠つき童子とか最初聞いたときは小さな子供のイメージだったのだから。
「どう見ても高校生、だよね?」
「けどな、アズ。座敷童子だって最高で一六歳程度の少女の姿で発見されたことがあるんだぞ?」
「え、そうなの?」
「ホントダゼー」
駅に寄る用事があると言ったら先に帰っていってしまっていたランが居間のほうからふわふわと流れてきた。
「不思議なことでもネーダロ。座敷童子の由来カンガエテみりゃーダイタイわかる」
「まぁ、そうだな」
「よくわかんないけど、それよりその子もうちに住むってことになるの?」
「あぁ、行く場所もないみたいだし、置いてやりたい。反対意見のあるヤツはいるか?」
「アズはいいよー。お兄ちゃんなんか嬉しそうだし♪」
「オレにキクナヨー」
「他のみんなは?」
それぞれの鳴き声が響いて、全会一致で可決。
「ありがと、みんな。これからよろしくな」
「よろしくねー」
アズが握手を求めに行くと彼女もそれに答えて笑顔で手を握る。
その肩に小さい子たちが集まってぴーぴー鳴き始めた。
身体にスリスリする子や首を傾げて見つめる子。
しかし、概ね良好な反応な様だったのでようやく一安心できる。
やっぱ家族になるならうまくやっていきたいからなぁ。
ぺこぺこと一生懸命頭を下げるこの子はけなげで誰から見ても悪い気はしないと思うし。
「お兄ちゃん、もしかしてこの子ってしゃべれない?」
「あぁ、そうだった。言うの忘れていたけど、鞠つき童子は声を出すことができないんだよ」
「え?」
「声は彼女たちの持っている鞠の中に封じ込められている。声を封じ込むことで鞠つき童子たちは力を溜め込めるらしくてな。そうやって溜め込むことで、なんでも叶えられる力が手に入る。その代わり、一度きりしか使えない、と言われてる」
「なんだか素敵な話だねぇ。大好きなご主人様のために一度だけ使える力なんだね!」
「そう、だな」
実際、そんな綺麗な話ではないと思うけれど。
声を封じ込めるなんて、ただ辛いだけだろうに。
誰にも自分の想いを伝えられずに、いつも独りぼっちで。
誰かに憑いたとしても結局感謝されることなんてほとんどないだろうしな。
憑かれて感謝する人なんていない。
見た目で言えば正直幽霊とかと変わらないわけだし、憑かれたら何をされるかわからないという風にしか思えないだろう。
幽霊や妖怪って、そういう風に見た目で思い込まれがちなのだ。
まぁ、普通は理解できないものだし、しょうがないのかもしれないが。
「お部屋どこにするー?」
「アズの隣でいいんじゃないか?」
「むしろアズの部屋で!」
「一緒に寝るのかよ」
「だって最近お兄ちゃん一緒に寝てくれないから寂しいよー?」
「最近って前一緒に寝たの五年以上前だと思うんだが?」
「一人で寝るのって寂しいじゃん~」
「お前はホント寂しがり屋だな」
どうせいつもアズの部屋で結構みんな集まって寝てたりするんだし別にいいか。
この子もやっぱ一人の部屋にいるより安心できるんじゃないだろうか?
今までずっと独りでいたんだろうし。
鞠つき童子は座敷童子と違って個人に憑く。
そして、途中で離れるなんてことはなく、その主と共に一生を共にして消えるのだ。
大抵主の方は子供のときに友達として遊んで憑かれ、大人になってくると見えなくなって、忘れてしまう。
それでも鞠つき童子はずっと主と共に過ごす。
そうして、いつか主のために鞠の力を使って助け、その後はどうなるのかわかっていない。
消えてしまうのかもしれない。
力を一生のうちに使わずに、主と共に消えていく鞠つき童子を見たと言う資料はあるのだが力を使った鞠つき童子がどうなるのか、そもそも実際にそんな力を使ったのを確認したと言う事実もない。
しゃべることができないことと、手鞠を持っていることから誰かが後付けで付けた伝承である可能性もあるのだ。
そもそも妖怪や精霊といった類の彼らは基本的に正体をあまりよく知られていない。
個体数が少ないと言うこともあるし、見えたり触れられたりする人間が極端に少ないと言うのも理由のひとつだ。
信じていない人のほうが多いのだから仕方がないだろう。
一部の人しか見たり触れたりできなければもはや存在していないのと変わらない。
オカルトと言われても仕方がないわけだ。
まぁ、そう言ったことを日々研究解明していっているのが神明会のような機関なのだろう。
いつかはっきりとわかる日が来るのだろうか。
どの辺まで今解明されているのかもよく知らないが。
よくわからないけれど、それを見ることを許されたぼくらがこうやって普通に生活していけると言うのは本当に幸運なことなのかもしれない。ぼくが拾ってきたみんなとこうやって、にぎやかにわいわいと過ごせる。
そんな時間がとても大切で、かけがえのないものに思えるのだ。
ハルを失って、最近よくそう思う。
そのハルももういなくなってしまって、寂しいけれど。
それでも、しっかりとお別れできて、後悔はない。
「そう言えばお名前は?」
「あ、そういえば聞いてないな」
てか名前あるのか?
名前付いててもわからなさそうだしなぁ。
座敷童子とかでも名前あるわけだし、やっぱ個人名称あるのかな。
けど鞠つき童子って結構特殊だし、どうなんだろう?
「君の名前はなんて言うんだ?」
きょとんと彼女は首を傾げた。
む、やっぱ名前はないのか?
そこで彼女はふわりと微笑んだ。
『わ・た・し・の・な・ま・え』
宙に指を滑らせていく。
空中に書くのか、と少し驚きつつその指の動きを追おうとした。
のだが、指の跡が少しだけ発光していく。
そうして浮かび上がってきたのは
九音 うたかた
「くおん、うたかた?」
こくこくと彼女はうなずいて笑う。
「そっか、君はうたかたって言うんだな」
えへへと彼女は名前を呼ばれたことが嬉しかったのか幸せそうに笑った。
その笑顔がまた、とてもかわいくて、見蕩れてしまう。
「あ、ぼくは秋月 コウヤ。コウでいい」
「アズは梓!アズでいいよー」
『よ・ろ・し・く・ね』
そう言って彼女はまた、微笑みを浮かべる。
そうして本日、ぼくらにまた、新しい家族ができたのだった。