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これが君とぼくの日常  作者: 霧間ななき
第一章 『初めての事件』
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第二話『偶然の裏の必然』

二.

 コロコロと転がっていくものがあった。

あれはなんだろうか?

はっきり見ようと思って目を凝らそうとしてみるがうまく見えない。

畳の上を転がる何か。

 遠いわけでもないのに、うまく見ることができない。

そんなことでまた、気付いた。

 これは夢だ。

 意識に膜がかかったように薄ぼんやりとしている。光に包まれていって、



 まだ少しだけ肌寒い空気に意識がはっきりとしてきた。

毎度毎度よくわからない夢が多いな。

同じような夢を見ることはないし、あまりに多彩すぎてほとんど覚えていない。


「おはよ」

 またベッドの上からぱたぱたと手だけを振ってみせる。

居候の癖にいつも態度がでかいんだよなぁ。

気にしても仕方がないので放っておいてアズを起こしに部屋に向かう。


 結局昨日一日休んだのが効いたらしく、夜の時点で完全に熱も治まり元気になった妹を思いっきり甘やかしてしまったぼくだった。

ノックをして外から声をかける。


「アズ、起きてるか?」

「んにゅー、起きぅー」

「顔洗って来いよー」

 中学に入ってからやはり恥ずかしくなったのか、あまり部屋には入らないでほしいと言う要望を受けていた。

中学二年生で地元の公立中学に通う妹。


 自分の身支度を整えてから弁当と朝食の準備にかかる。

ベーコンエッグを焼き始めた頃に制服姿のアズが降りてきた。

「バランスいいー?」

「ん、おっけ」

「ありー」

 ひょっこりと顔を覗かせてツーサイドアップのバランスを見せるのが日課となっている。

自分で見るよりぼくの感覚の方がいいから、とか。


 そのままアズは卓についてカフェオレを作ってくれる。

豆を挽いて作るので結構本格的なのかもしれない。

朝はこれがあってこそ始まるような気がしていた。

 家族みんな結構コーヒー好きで、ミル付きコーヒーメーカーが必須だったりする。

インスタントも置いてあるが気分が乗ったときか急ぎのときしか使わない。

とは言えアズなんかは甘い方が好きなので砂糖を三つ入れている。

ぼくもなんだかんだで二個入れるが。

子供味覚な兄妹だった。


 朝食を用意し終わると匂いに釣られたのか結構集まってきている。

「みんなの分もあるから待ってろよ」

 それぞれの皿に分けて配ってやると嬉しそうな視線が集まってきた。

うちに住んでいる大切な家族たちだ。

みんなぼくがほっとけなくて拾ってきてしまったのだが。

アズなんかは呆れつつも結構かわいがったりしてるのでなんだかんだで気に入ってくれてるみたいで嬉しい。


「じゃあみんなでいただきます、だ」

 自分も席に着いてみんなも自分の皿の前でちゃんと背筋を伸ばす。

あの居候はまだ寝ているようだが。

あいつは朝弱いから基本的に七時以降しか起きてこない。


「ではいただきます」

「いただきまーす」

 それぞれ鳴き声や吠えたりしてご飯を食べ始める。

「がっつくなよー」

「はぐっ」

「言ってる先からのど詰まらせてんじゃねぇよアズ!?」

 背中を叩いてやると咳き込みながら笑っていた。


「ったく、心配させんなよ」

「ごめんなさーい」

 けらけらと笑っているくらいだし反省なんてしてないだろうけどな。

まぁ、それがアズという女の子なのだ。

明るくていつも元気で素直なやつだった。



「んじゃ行くか」

 朝食を食べ終わってアズと2人で玄関に立つ。

「おーっ」

「弁当ちゃんと入ってるな?」

「おっけー」

「ハンカチ持ったかー?」

「問題なーし」

「ティッシュも入れてあるな?」

「オールグリーン!!」

「よし!ではいってきます!」

「いってきまーすっ」

 見送りに来てくれていた彼らが返事をしてくれて送り出されながら家を出た。

騒がしい家なのだが敷地がやたら広いのでたぶん迷惑はかかってない。


 うちは古くからこの土地に住んでいる旧家の末裔らしく、かなり古めかしい洋館に住んでいた。

庭がとても広く、森のように木々が生い茂っているため彼らも自由に出入りできるようにしてあるほど。

みんなが守ってくれるので鍵も基本的にかけていない状態だった。

まぁ、そもそもうちの敷地内に入ろうという人自体がほとんどいないのが現実なのだが。


 何故ならうちは周辺から幽霊屋敷とか呼ばれてしまうような外観なのだった。

怖がって誰も近付かない。

ぼくらは住み慣れてしまっているからそんな風には感じないが確かに慣れてなかったらそう見えてしまってもおかしくないくらい古めかしい建物なのだ。

 綺麗にしてるんだけどなぁ。


 その家から出てぼくは駅へ向かう。アズは自転車で逆方向へ。

「じゃあ、いってらっしゃい、アズ。病み上がりなんだから無理はすんなよ」

「うんっ、ありがと、お兄ちゃん。行ってきまーすっ」

「気を付けてなー」

「お兄ちゃんもねー」

「おぅ」

 駅まで結構歩くが歩けない距離ではない、といった感じだった。歩くのは好きなので苦にならない。


 ふと携帯を覗いてみるとメールが届いていた。

『眠い』

 アヤかよ。

それだけのためにメールしたのか。

呆れながら携帯をしまおうと思ったが一瞬目の端にまだ下がある表示に気付いてしまって再び取り出す。

 なんだ?

こんなこと普段しないのにな。

というかそもそもアヤからのメール自体が珍しい。


『電車で何か起きるから気を付けて』

「電車、何か?」

 思い当たるのは昨日の痴漢の件か。

やったほうの男と何かあるのか?

昔からアヤのこういった変な予感と言うのは結構当たるのだ。

気を付けるに越したことはないだろう。


『サンキュ、気を付けてみる』

 返信してから顔を上げる。

駅に到着していた。

「嫌な予感、なんて別にしないけどな」

 ぼくはそんなに勘のいいほうではないし、やっぱりよくわからなかった。



 特になんともないまま電車を乗り換える。

 まぁ、昨日と関係があるとしたらここからだし、そんなものか。

やはり昨日と同じでそれなりに人が多かった。

 車両はたまたま昨日と同じ。

符合するところはあるし、なんと言うか、デジャヴ。


 そうして、ぼくは再び見つけてしまう。

そういうことなんだろう。

そしてぼくは注意されたからといって、放っておけるほど賢くはない。

賢くなりたくもない。


 困ってる誰かが目の前にいて、ぼくが助けられるなら必ず助ける。

ハルやナツなんかには主人公気質とか言われるのだが。

そんなの、どうだっていいことだった。



「昨日容赦しねぇって言ったよな?」

「ひ、ひぃっ、な、なんなんだ君はっ!?」

「いい加減にしろよおっさん。嫌がってんだろ、なぁ?」

 再びあの子だった。

泣きそうな目をこちらへ向けて震えている。

目が合ってしまったのだ。

見捨てられるわけがないだろう。

たとえトラブルに巻き込まれるとしても。


「これ以上同じことを繰り返すなら許さねぇ」

「な、何を言ってるんだ?」

「しらばっくれてると思い出せるまで問い詰めることになるけどどうするよ?」

「わ、私は何もしていない!」

「あぁ?」

「ひ、ひぃ!?わ、わかった、いなくなる、いなくなるから勘弁してくれ!?」

「とっとと消えろ」

 そそくさとおびえた様子で遠くへ逃げていく男性。

昨日と同じ男だった。

懲りないな。

同じこと繰り返してきたんだろうか。

だとしたら本当に、許せない。



「今日は、大丈夫か?いつから迫られてた?」

 彼がいなくなってほっとした様子の少女に問いかけるとふるふると首を振った。

しまった、また声が出ないほど何かされたあとだったのか?

首を傾げるといっそう彼女は首を振っている。


「ん?待ってくれ、君もしかして、声が出せないのか?普段から?」

 こくこくとうなずく少女。

なんてことだ、そういうことだったのか。

 そりゃ助けも呼べない。

いやまぁ、あの状況で声を出せる子も少ないとは思うが。


「大変、だよな」

 ふるふると微笑みながら首を振った。

「誰にも思っていることを伝えられないなんて、辛くないか?怖く、ないか?」

 口を動かして大きく形を作ってくれる。

『へ・い・き』

「そうか。まぁ、なんだ、ぼくに何かしてあげられることがあったらしてあげたいとは思うんだがなんにも思いつかないな」

『も・う・も・ら・・た』

「もうもらった?」

 こくこくとうなずいて、笑顔を見せる彼女。


『た・す・け・て・く・れ・た』

「それくらいならいつでも、してやるよ」

 えへへ、と嬉しそうな笑顔をくれてなんだか胸が熱くなる。

守りたくなってしまう。


 つい思わず頭を撫でてしまった。

自然と身体が動いていたのだ。

 少女は目を見開いて、ぽかんと呆けている。


 そして、ぽろり、と。

ぽろぽろとせきを切ったように涙が零れ落ち始めてしまった。


「すまん、何か悪いことしたか?」

 ふるふると彼女は首を振って、幸せそうな笑顔をくれる。

『う・れ・し・い・あ・り・が・と』

 もしかしたら声が出せないことで苦労してきた女の子なのかもしれなかった。

 どんな理由で声が出ないのか、わからないけれど。

たとえ本人が否定しようと、辛かったはずだ。

苦しかったはずだ。

いじめとか、愛されなかったりしたのかもしれない。

話しのできない相手と仲良くなるのは難しいことだ。

想いが伝わっているのかわからなくなってしまう。


 それでも、この少女と仲良くなりたかった。

偶然の出会いだけど、彼女のそばにいたい。

 我慢して無理に笑ったりしないで泣きたいときに泣けるような、そんな場所になってあげたい、なんて思ってしまったのだ。


「友達に、なろうか」

 差し出した手を見て一瞬きょとんとした少女はそのまま再び泣き始める。

壊れそうな、笑顔で。



 彼女と再び駅で別れる。

帰りに待ち合わせする約束をして。

 彼女は結局ぼくの手を握ってくれた。

友達になりたい、と思ってくれたのだ。

 夢のような時間だった。

なんだかふわふわしてしまう。

初めての感覚で顔が自然と笑顔になるのを止めることができない。

また帰りに会える、それだけのことでテンションが上がってしまうほどで。

単純だなと思うけど、幸せな気持ちになっていたのだ。




 教室に着くとアヤが珍しく起きていた。

「おはよ、アヤ」

「おぁにー、こー」

「ハルはまだなのか」

「ん。まだ来てない」

「朝のメール、ありがとな。確かにいろいろあったよ」

「んに?」

「なんだよ、メール送ってきただろ?」

「あにゃ?きーたんに送ったつもりだったんだけどにー」

「ハルに?あー、んじゃお前、一斉送信になってるんじゃね?」

「あ、ホントだにー」

「んじゃぼくのことじゃなかったのか?」

「んにー、でもこーに起きたならきーたんには起きないかも」

「そういうもんか?」

「そーゆーものにー」

 なんだ、違ったのか?

でもぼくに起きたしなぁ。

まぁ、忠告無視して動いちゃったわけだが。



「はよっす、コウにアヤちゃん」

「あ、おはよ、ハル。遅かったじゃん」

「おはよ、きーたん」

 結構遅れてハルが現れる。

あと一〇分で始業時間、ハルにしては珍しいことだった。

普段ぼくより早く来ているわけだから二〇分以上遅れていることになる。


「なんか電車の事故があったらしいよ。こっち電車遅れててさー」

「マジで?こっち逆だから関係なかったのかな。知らなかったわ」

「詳しくはよく知らないけどね」

「そっかー、災難だったな。あ、アヤの予感当たってね?」

「ん?アヤちゃんの予感?」

「メール届いただろ、アヤから」

「いや?届いてないけど?」

「んー?じゃあアヤ間違ってぼくに送ったのか?」

「んにー、きーたんにも送れてるはずだけどに」

「問い合わせしても来ないね。なんでだろ?」

「まぁ、なんともなかったならよかったな」

「だね。アヤちゃんって第六感が優れてたりするの?」

「昔から勘がいいんだよ。なんとなくわかる時があるらしい。とは言え結局占いみたいに当たる時もある、って言う程度だけどな」


「ふーん。あぁ、そう言えば二人って幼なじみだっけ?」

「おぅ」

「だにだにー」

「いいねー、そういうの結構憧れるー」

「普通だけどなぁ」

「じ、実はアヤちん初めて会った時からこーのことが」

「ことが、なんだよ」

「おいしそうだと思ってたの、じゅるり」

「喰われる!?お前人喰うの!?」

「こーのほっぺとかすんごいおいしそうだにー」

「いや、お前の方がやわらかそうだけどな」

「え、こー、朝からダイタン~。でもアヤちん、こーになら、食べられても、いいよ、えへへ」

「よくねぇよ食べねぇよ!?食べねぇから照れてんじゃねぇ!」


「夫婦漫才だねっ!さすがコーヤとアヤメちん!」

「ちげぇよ!乗るなよ!ってかおはよ、ナツ」

「おっはよんよん」

「おっはよん、ナツ」

「おぁにー」

「挨拶よりネタに乗る方先かよ、お前」

「ふはははは、ノリだけで生きる女!それがあたし!」

「残念だったな、ナツ」

「何さっ」

「今日お前遅すぎで話してる時間ねぇよ」

「な、なんだってー!?」

 すでに始業一分前。先生ももうすぐ来るはずである。


「ち、ちくしょう!覚えてろー!?」

「自業自得だろ」

「だねー」

「同情の余地なしだにー」

「アヤメちんにまで見捨てられたっ、うわーん!」

 泣いた振りをしながら席へ向かっていくナツ。

朝からほんっと騒がしくてパワフルなやつだった。

あいつが元気じゃなくなる日なんてあるんだろうか、ホント。

 なんだかんだでアレからも結構元気をもらえるから嫌いではないんだけどな。


 今日も楽しい一日が始まる。

授業は退屈だけど、その間にあの子のことを考えたり、夜の献立を考えたり。

お昼にバカ騒ぎしながら弁当奪い合ったりもした。

 ハルはちょっと委員会の用事でいなかったけれど、部活では二人で図書室で本を読んだり。

勉強とかそっちのけでずっとしゃべったり遊んだりしてばっかり。

 オイオイって感じかもしれないけど、ぼくらにとっては勉強よりそっちのがずっと大切で、楽しくて。

 流れるように時間が過ぎていった。そうして、待ちに待った時間が訪れる。

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