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これが君とぼくの日常  作者: 霧間ななき
第一章 『初めての事件』
17/61

第十七話『真実』

一七.

 島谷はすでに死んでいた。

信じがたいけれど、事実らしい。

 本人にも自覚があると言うのはかなり特殊なケースだと思うが。


 そう、彼は自身がすでに亡くなっている人間だとわかっているのだ。

それは異常な事態とさえ言える。

 死んでなお西島に向かっていった理由はなんだったのか。

何故そこまでして殺そうとした?

そもそも何故今ここに存在していられるのか?


 幽霊と言うのは基本的に精神の液体だけが事故などによって身体から零れ落ちてしまって、そのことに気付かないまま普段通りに生活する霊のことだ。

 基本的に自覚はない。

 ハルのように知ってしまうのは稀なケースであり、その上でまだ存在していられると言うことはそれだけ精神力が強いと言うことなのだ。

 普通は気付いてしまったらその事実に耐えられなくなって消えてしまうことが多い。

そういった幽霊をぼくは今まで何度か見てきた。

まぁつまり、それだけ強い未練がなければとどまることができないと言うことなのだが。

 運良く奈落に引き込まれなかったとは言え、あまり強い悔恨だと地縛霊などになってしまう可能性もあるし、できれば未練をなくしてあげたい。

きちんと成仏してほしいのだ。



「かなり特殊なケースだと思うがな。元々鬼というのは器からあふれ出た精神を自分の中にある型にはめて硬化できる才能を持った人間なのだ。人妖の一種だな。特徴は個々にあるため、見た目などで判別することはできないため全体をまとめて鬼と呼んでいる」

「それもやっぱり生まれつきの才能なのか?」

「そういうことになるな。後天的に鬼に成れるようになるものはいないと言われている。基本的には遺伝だそうだが。ただ、鬼化するほどの強い感情というのはめったに抱くことがないためほとんど鬼であるということは露見しないし本人も知らないことが多い」


「ひとつ質問いいか?」

「凡俗が考えてもわからんようなことなら仕方がない」

「悪かったな。鬼化したあとって解除とかできるのか?あー、とつまり、人間に戻れるのか?」

「あぁ、戻れる。そして、鬼化と言うのは一般人の目にも見える変化だ」

「え、マジで?」

「そうでなければそいつとて見ることができないだろうが」

「あー、そっか、そうだよな。あんだけ自由に操ってて見えないなんてことはないか」

 精神が可視化できるってすごい力だよな。

どういう原理なんだろ。

 まぁ、またPKとかと同じでそういう器官があるとかなんだろうがよくわからないな。


「本題に戻るが、鬼化というのは元々精神の器から零れ落ちた液体が硬化している状態だ。そして幽霊はその液体が一気にすべてこぼれ落ちた状態と言うことになる。何故こぼれ落ちたかと言えば、事故などで器が壊れたため、だ」

「つまりは肉体が死んだから、だな?」

 ただ、事故など以外で肉体が死んだ場合、精神はこぼれ落ちることなくそのまま蒸発する。

突然理解不能な状況での死以外は特に幽霊などになることがないのだ。

 いくら未練があろうと普通に死んだ人間の魂はそのまま成仏してしまうと言うことになる。

本人が認めたくなかろうと精神そのものが死んだと納得してしまうので蒸発してしまう、ということ。


「その通り。しかしそうなるとここで疑問が生まれてくるだろう?」

 肉体が死んだら幽霊になる。

ハルもそうであるように、死んだ瞬間こぼれ落ちるため気付かないのだ。

だとすれば。


「何故、島谷は気付いている?しかも、彼の肉体が死んだのは昨日のはずだぞ?」

「そう、それが今の話の本題だ。この事件がもつれ始めたのはそこなのだ。コイツが偶然にも鬼だった。それが故にややこしくなった。細かい部分以外は予測できるがせっかく本人がここにいるのだ。話を聞かせてもらおう」

「事故が起きた瞬間からでいいのか?」

「いや、キサマが西島をつけていた時から話せ」

「なんだ、そこまで予想されていたのか」

 島谷とアキラの言葉に戸惑いを隠せない。

西島をつけていた?

どういうことなんだ?



「私は冤罪で前日に捕まって会社をクビになったわけだ。さすがに苛立ったよ。

 家にも帰らずに西島を探した。しかし夜にはいないようで見つからなかったんだ。

 そして次の日の朝、前の日と同じ電車でヤツを見つけた。

何かを言ってやろうかと思ったがまた言いがかりをつけられてもたまらないし、正直私がもし弁明したとしてもあの状況では誰も信じてくれるわけがないと気が付いて自分の愚かさに頭を抱えたよ。

 なんの意味もないことに時間をかけてしまったと。しかし、ヤツが車掌室に入ったのを見てつい覗き込んでしまった。

 何故か浮かない顔をしていたので少し気分が晴れて、今日は家に帰ろうかと思った瞬間だった。


 轟音と共に電車が傾いたんだ。それからはもうほとんど覚えていない。

死にたくない、それだけを考えていた気がする。

 何かにぶつかって止まったときに私の意識ははっきりするようになった。

かなりの衝撃で痛かったはずの身体が軽くてなんともないように思えてさえいる。

 そこでおかしなことに気付いた。自分の身体がそこに寝ていたんだ。


 わけがわからなかったよ。けど、次の瞬間には気付いた。あぁ、自分は死んだんだ、と。

 私はどうも誰かを助けて死んだらしかった。それだけは誇らしいと思えたんだ。

死んでいるような人も結構いるようだが生き残っている人もそれなりにいるようだった。

生きている人たちはその状況に驚いているようだった。


 まさか電車が倒れるだなんて、誰が想像する?できるわけもない。

混乱状態が全体に広がり始めた。ざわつく人々は車掌室から出てきた西島に詰め寄る。

 どういうことなんだ、説明しろ、責任を取れ、大怪我している人もいる、なんとかしろ。


 みんな不安だったんだろう。誰かに助けてほしかったんだろう。

それが全部怒りになって、伝染した。

 そうして騒ぎ始めた人々の中で西島はただただうつむいている。


 直後に笑い声が響いたよ。西島だった。狂ったように笑っていた。

炸裂音と共に周囲の人々を吹っ飛ばして殺して回り始めたんだ。

 どんな原理かもわからない。しかし、目に見えない何かが爆発して人々の身体は壁に叩きつけられていく。

 悪夢のような光景だった。笑いながら逃げ惑い始めた人々を殺していった。


 私は叫んでいた。西島に殴りかかりもした。けれど、意味がなかった。

 当たらないんだ。そりゃそうだろう。もう私は死んでいるんだから。

 西島は全車両を歩き回って生きている人と言う人を殺して回った。

私は叫びながらずっと見ていた。耐え切れないと思った。もう嫌だと思った。

 自分がかばった少女も隠れていたのに見つかって殺された。


 前に立ちふさがったけど無意味だった。自分の無力さを呪った。

そして、西島を恨んだ。殺してやろうと思った。

 当然だろう。あんなやつ生かしておいていいわけがない。許せない。

 そう思った瞬間、私の身体から何かが流れ出て仮面を作った。

 その時に私は悟ったんだ。私のすべきことを」


「そして、その仮面を被ってキサマは鬼に成ったんだな」

 もうすでに言葉にならないほどの驚きにぼくは言葉をなくしていた。

そんなことってあるのか?

 電車が横転したときには死んでいない人が結構いた?


 一番後ろだからましだっただけなのかもしれない。

だって島谷は少女を守って意識不明の重態になっていたのだから。

 死んではいなかったはずだ。

昨日までは肉体は生きていたのだから。


 それにしたって、電車が倒れたときにはまだ生き残りがいただって?

その生き残りを西島が殺して回った?

いったいなんのために?

 話を聞けば聞くほどどんどん混乱は深まっていく。



「その通りだよ。私の身体がまだ生きていること、しかし瀕死であること、そして、自分が鬼になれることがその仮面を被ったときにわかった。

 そして、身体を硬質化させて一番後ろの両に戻ってきたヤツに殴りかかった。


 抵抗されたがヤツは驚きのせいか不思議な力を使わなかった。

殺してやったつもりだったんだ。もう動かなくなっていた。

 だから、電車から這い出て身体を霊体に戻してその場を離れた。

 正直なところ、もう自分の身体はほぼ死んだと同じような状態だったのでどうでもよくなって諦めた。

 どうせこの状態でも存在していられるならそれでいいと思ったんだ。

 自分でもはっきりとはわかっていなかったが幽霊みたいなものだし霊体が見えるんじゃないかと思って、前日から気になっていた上りの電車から感じるものの正体を確かめようと思った。


 どの道いつか自分も消えてしまうなら、未練をなくしておきたいと思って見に行ったんだ。

 結局、霊視できないものは幽霊になろうと霊を見ることはできないらしい。

見えなかったよ。


 けれど、そうしたらまた君に見つかった。

 君は私の腕を捕まえてきて私は混乱してしまった。


 だって、まるで生きていた昨日と同じ反応をしてきている。

 まさか自分は生きているのか?

そんな風に思ってその日は自分の家に帰った。

しかし、両親はもちろん、周辺の家に行っても誰一人として自分を見えていないようだった。


 落ち込んだよ。どうしたらいいのかわからずに公園で一日過ごした。

 けど、朝が来てまた無意味なことに気が付いた。

だから何かをしようと思い立ったんだ。

 とは言え何も思いつかなかった。もうすでに復讐は終わってしまったと思っていたしね。

会社に行ってみた。どんな風になっているかと思ってね。

 正直なところ、行くべきじゃなかったと思う。人が一人死んだって世界は変わらない。

 そもそも当日付けクビになったような人間だ。必要なかったんだろう。

 それに気付かされて、絶望したよ。大切な人たちのことを見ていたりして時間は過ぎて行ったけれど、正直空しかった。


 ここにいる意味がないとさえ思えた。

 だってもう、何も為すことが出来ない。無意味なだけの存在。

きっとそのうち消えるだけの、亡霊。鬼化できたって普通の人にも見えるかもしれないけど、ただの化け物だ。

 知り合いにもわかってもらえるはずがない。

死にかけるまで知らなかった力だったけど、西島を殺す以外になんの役にも立たなかった。

 もうさっさと消えたかったんだ。


 そうしてその夜には肉体が息絶えたことがわかった。

自分に全部が流れ込んだのがわかったよ。

 精神と言うのは流動するものみたいで、身体の方が死ぬと生霊のようだった自分にすべてが移るらしい。

 自分の身体もやっぱり予想通り死んでしまって、もうすることもない。


 後悔があるとすればやっぱり上り電車の謎の気配くらいだった。

 次の日、つまり今日、君がいないことを祈りながら中津駅に行って見たときに気付いた。

大量の幽霊がいる感覚がしたんだ。あそこにはたくさんの幽霊が溜まっていた。

 何故かはわからなかったが、その時駅コンビニのテレビに映っていたニュースでわかった。

あの時一三二人もの人が死んでいたんだな。

その人たちの霊が行き場もなく溜まっていたのだろう。


 しかし、そのニュースを見ていて驚いた。生き残りがいた、だって?

しかも、車掌?どういうことかと目を疑ったよ。アレだけ殴ってまだ生きていただなんて。

 血眼になって探した。

 あんなヤツを生かしておいていいわけがない。殺さなきゃならない。

自分がまだ存在しているのはそのためなんだと思った。けど、近くの病院にはいなかった。

 どこに行けばいいのか途方に暮れながら無意識に歩いていたら事故現場にたどり着いていた。

 そして、聞いたんだ。君たちの話を。ヤツの入院している病院を。


 そして、走り出そうとした。

 けど、ものすごく違和感を感じたんだ。

 なんだか引き込まれる、恐ろしく大きな霊の感覚。

 そちら側に行きたくなった。行かなきゃならないと思った。自分はそこにいるべきなんだと。そこでみんなと一緒にいなきゃならない。だって、私は彼らと同じだ、と。

 そこで、君と目が合った。一気に現実に引き戻されたよ。危ないところだった。

 そちら側に行ったらきっと、戻って来れなかっただろう。そうなったらヤツを殺せない。


 それに君に捕まるわけにも行かない。君には私が見えるし、捕まえようとしてくる。

今捕まったらヤツを殺せないと思った。だから、逃げて、抵抗した。

 ここで捕まってヤツを生かしておくくらいなら、君を殺してでもヤツを殺そうとさえ思ってしまったんだ。

 本当に、すまなかった」


 長い、話が終わる。

そこまで聞けばあとはぼくらでもわかっていることだ。

 そういうことだったのか。

ようやくすべての行動の意味がわかった。

わけがわからないくらいおかしな行動だと思っていたすべてに、筋が通る。



「補足で説明しておこう。コイツが自分の身体を見下ろした時に起きたのは肉体から精神の剥離だ。簡単に言えば、精神というのは液体に例えられるわけだが、その液体が肉体に突然大きな衝撃を受け、死に掛けることで器からほとんどこぼれ落ちたのだ。

 本来ならこぼれ落ちてもそれは長持ちせずに意識が戻る頃には本体である身体に戻る。

しかし、今回あの車掌によって引き起こされた大量殺人によって精神に大きな衝撃が走り、強い感情を抱いた。一般の人間ならそれだけで終わりだ。そこになんの意味も生まれない。

 だがコイツは鬼だった。その感情のせいで鬼として目覚め、鬼化してしまったために、通常より精神が強固になったのだ。そのため霊体として完成されてしまい、肉体に戻らなくなった精神がこうやって今もここに存在していると言うわけだ」

「なるほどな。そういうことだったのか」

 これで島谷について、この事件は完全に納得が行った。

本当にどうしようもないくらいの悲劇。



 しかし、これで終わりにしていいわけがない。

このままでは島谷もハルも、被害者たちみんながあまりに報われなさすぎる。

「あとは、西島の話を聞かなきゃならないな、絶対に」

「オレはヤツに興味がない。あんなくだらないものの動機などどうでもいい」

「どうでもいいだと!?アレだけの事件を起こして、アレだけの人を殺したんだぞ!?」

「ヤツが犯人なのはもう確実だ。問答無用で処罰を受けるべきだ」

「けど、それでも、聞くべきだろ。認めさせるべきだろ、あいつ自身に」

「無駄だと思うがな。止めはしないが」

 アキラはもう自分の出番は終わったとばかりに自分の席に戻っていく。

島谷が無念そうな表情でそれを見ていた。

ハルに表情はない。

ハナは泣いていて、アヤも沈んだ表情をしている。


 部屋全体の空気が重苦しくなっていた。

それも当然だろう。

 だって、こんな真実、あまりに辛すぎる。

 それを引き起こしたものに反省させなければ気が済まない。

いや、それでも絶対に許せないが。

 しかし、認めさせなくてはならないんだ。

あんな悲しいものを生み出した、西島と言う車掌に。


「あぁ、そうだよ。見せてやろうじゃないか、アイツに」

「コウ?見せるって、何を?」

「アイツがしたことによって生み出されてしまった、奈落と言う名の悲劇を」

 それが何よりもヤツが受け止めるべき現実であり、罪だ。


 後悔させてやる。

たとえどんな理由があったとしても許されることではないのだ、と。

 自分の罪の重さってヤツを、思い知らせてやる!

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