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これが君とぼくの日常  作者: 霧間ななき
第一章 『初めての事件』
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第十話『災厄の種』

一〇.

 幽霊はこの世界に存在し続けていることができない。

それはわかっているつもりだった。

 しかし、いざ本当にその日にちを知ってしまうと愕然としてしまう。

あと五日でハルが消えてしまうのだ。

口ではなんだかんだと言いつつ自分は見えているからハルはいなくなったりしないとか思い込んでいたのかもしれない。


 ぼくの前からだけはハルはいなくならないだなんて、そんなことありえるわけもなかった。

ハルはこの世界からいなくなってしまうんだ。

それを実感して一気に胸が苦しくなってしまう。

わかっていたつもりで、ぜんぜんわかっていなかった。

 いや、そもそもまだここにいること自体が異常事態なんだ。

いなくなるのが正しい。

それに、時間経過で消えてしまうより、自分の意志で満足して逝った方がいいに決まってる。


「コウ?」

「ごめん、ぼく、ちゃんとわかってなかった」

「俺が消えちゃうこと?」

「ハルが、死んだってこと、まだ、ちゃんと理解していなかったんだ」

「そっか」

「もう、どれだけがんばったって、お前とは一緒には生きられないんだな」

「泣かないで、コウ」

「お前も辛いだろうに涙止まんなくて、ごめん」

「俺のために泣いてくれてるんだから、うれしいよ」

「ありが、とう」

「泣くくらいなら動け、凡俗が」

「ちょ、アキくん!?」

 いつの間にか思考から戻ってきていたらしいアキラがうざったそうな声をこちらへ向けてきた。

 それをハナが止めに入る。

けど、それも空しくにらみつけられてハナはしぼんでしまった。


「ぐじぐじしてるよりキサマにできることをやればいいだろうが」

「あ?お前、もしかしてそれ慰めてんのか?」

「そんなわけがないだろう。冗談ではない。無駄なことが嫌いなだけだ」

「さっきから聞いてれば君は人をバカにするようなことばかり!」

「ハル、いいよ」

「怒りに任せると地縛霊になるぞ、幽霊」

「ハルだ。ぼくは構わないがハルのことは名前で呼べ、アキラ」

「フン、幽霊に名前など必要ない。覚えてもどうせあと数日で消える」

「無駄なことが嫌いね。わかったよ」

 さすがに苛立つ。

今まではまだ自分が対象だったから我慢できたがハルにまでそういう態度ならこんなやつと一緒にいても腹が立つだけで無駄なことだ。

むしろ悪影響でしかない。


「どこへ行く」

「調べるんだよ、自分たちの手で」

「凡俗な貴様に何ができる」

「そんなのやってみないとわからないだろ」

「やらなくてもわかる。キサマには何も見つけられない。その幽霊を連れて行くのはよせ」

「うるさい、黙れ。ハルだって言ってんだろ」



「それを連れて行くと場に引っ張られるぞ」


「あ?」

 それ、と言う言い草に苛立って振り返ると同時に聞こえた言葉にきょとんとしてしまった。

場に引っ張られる?


「どういうことだ?」

「そのままの意味だ」

「セツメーする気がネーナ、このボンクラ。マァイーや。コウヤにはオレがセツメーしてヤルヨ」

 先ほどからふよふよ浮いていたランがようやく口を挟んできた。

この空気を変えようという意図もあるのかもしれない。

それはありがたいことだった。

 どうしてもこいつとは合わない。

話していても人をバカにするばかりで苛立ちしか覚えないのだ。

一緒にいるだけでも嫌になる。


「今回の電車事故みてーな状況だとな、基本的に発生場所に奈落っつー、カイコンとかエンサのアツまるアナがデキんだヨ」

 ランの言葉だとわかりづらいので聞いた言葉を簡単に説明しよう。


 電車事故のような、たくさんの人間が同時に死んでしまった場所というのは生命エネルギーの流れに異常を来してしまう。

 元々この世界の生物が存在する場所ならどこでも生命エネルギーの流れができているものなのだ。

 それによって世界はバランスを保っている。

風や光、木々や草花に動物など、生命そのものの生きようという意志もその流れを持って常に流動しながらこの世界は循環していた。


 しかし、自然ではない流れで大量の死があふれる事故や戦争などの起きた場所、地域はその流れをせき止める力が生まれてしまう。

大量の死によって、孔が開いてしまうのだ。

 そこは精神の入れる器にもなるのでそこに死んでしまった人々の精神が流れ込む。

先に説明したように精神は液体のようなもの。

同じ器に入り込むと混ざってしまう。

 そうなるとどうなるのか。

その時最も強い感情にその方向性が支配され、集まれば集まるほど肥大していく。


 その感情と言うのが無念の死を果たした彼らの気持ちであり、当然美しいものではない。

悔恨や怨嗟、世界を呪う気持ちに満たされてしまい、その孔は次第にその感情が肥大すれば肥大するほど大きくなり、『奈落』と呼ばれる大きな孔になってしまうのだ。

 そして奈落は精神の器なわけである。

当然その事故などで死した精神以外もその周囲に来ると引き寄せられてしまう。

 そうやって奈落はどんどん大きくなっていくのだ。

奈落は呪いのかたまりになってしまう。


 事故が起きたのだとすれば、再発しやすくなる。

そこを通るものすべてに悪影響を与え、そのことでさらに犠牲者を増やしてもっと大きくなってしまう、と言うわけだ。

 事故などで死んでしまった幽霊はその奈落に取り込まれるか、ハルのように死んだことに気付かないで幽霊となって普段通りに過ごして行くものの二種類ある。

 その差はわずかな差なのだと言う。

奈落の大きさと、生まれた奈落との位置関係。


 ハルはいつも電車の進行方向の逆、一番後ろの両に乗っていた。

 事故の状況調査によれば電車は前の方から倒れたらしい。

 離れた位置に乗っていたハルは運良く奈落に取り込まれなかったため、今こうしてここにいることができているのだと言う。



「そのネコは何者なんだ」

「オレはランダゼ、ボンクラ」

「ボンクラとはなんのことだ?」

「どーでもイーダロ。ソレよか調査すんダロ?現場いかなくてイーのか?」

「行ってもいいが意味はないと思うがな」

「そうかネェ?」

「ラン、行きたいならぼくと一緒に行こう。ぼくも見てきたい」

「データだけならすでにここに集まっている。オレは残る。あとその幽霊は置いていけ」

「ハルだって言ってんだろ、アキラ。ハル、すまないけど待っててくれるか?」

「あぁ、うん。仕方ないよね」

「私もついていく」

「キリ、いいのか?」

「現場を見てみたい」

「そっか、じゃあ行くか。ハナはどうする?」

「あ、えっと、奈落は見たくないです」

「ふむ、そうか。じゃあこっちで調査していくのか?」

「とりあえず資料を読んでます。お役に立てるかわかりませんが」

「自信がないならその能力をオレに譲って辞めてしまえ」

「わ、渡せませんし、渡せたとしても手放しませんっ」

「アキラ、ハナをいじめるなよ」

「フン、レアスキルを持っているのになよなよしているのが気に入らんだけだ」

「ご、ごめんなさい!」

「謝る必要はない。人の価値など自分が決めることではないしな」

 そう言う割にはお前自分に自信満々だよな。

いや、評価されるだけの実績があるから、なのか。

 けど対人能力は果てしなく低そうだけどな。

そこが一番の問題だろ、こいつの場合。

女の子を泣かせたりするようなら許さないからな、マジで。


「何をにらんでいる」

「もっと言い方があるだろ、と思ってただけだ」

「端的に伝えたまでだ」

「お前には気遣いとかそういう言葉はないのか」

「ないな。必要がない」

「お前には必要だと思うよ」

「知らんな。しかしキサマはこいつに比べたらまだ見れる。怒りに任せていたとしても動ける。そういう人間は成長するからな。凡俗以上になることを期待しているぞ、レアスキル持ちの凡人」

 褒めてんのかけなしてんのかどっちだ。

よくわからんが期待されているようだった。

まぁ悪い気はしないがもう少し言い方ってもんがあるだろ。


「そのうちお前に名前覚えさせてやるよ、アキラ」

「フン、やってみるがいい」

「い、いってらっしゃい、お二人とも。それに、ランさんも」

「あぁ、行ってくるよ」

「行ってきます」

「オー」

「にー」

「ってお前も来るのか!?」

「行かないと思ったに?」

「いや、黙ってるからどうするのかとは思ってたけどな?」

「言うまでもなくこーについていくにー」

「あいかわらずアヤメはアヤメダナ」

「いきなり変わったりしないにー」

「ま、ソーダナ」

「騒がしくなりそうだなぁ」

 ちょっと憂鬱な気分だった。

ランだけでも面倒見るの大変なのにアヤまでか。

 別にいいけどさ。


 まぁそんな感じで三人+αで連れ立って学園を出る。

研究棟の裏から出られるため、一般生徒からは見えなかった。

そのせいで今までアヤがそんなことをしているだなんてまったく知らなかったのだ。

 確かに思い出してみればたまに休んでたけど普通に風邪って先生が言ってたし。

アヤってそもそもそういうの連絡してこないからわからないのだ。


 遺体の身元が確認されたのが昨日だったのだが調査のため遺体が家に帰っておらず、ハルたちの通夜や葬式は遺体が戻ってからと言うことになるらしい。

つまりこの捜査が終わった頃になるんじゃないだろうか。

 心霊探偵倶楽部の権限はどうも警察にも通じるとかいう話なので本気で神明会という機関の壮大さを思い知らされる。

 神明会の車で移動中に捜査状況をあらかた教えてくれた。

なんと言うか、ぼくは本当にとんでもない役目を負ってしまったのではなかろうか?



 事故当日から調査が始まり、三日目の今日、もうすでに全員の身元が判明しているとのこと。

そして、犠牲者一三四名の内、一三三名が死亡、一名が重体で意識不明。

 現在は入院中で一命はなんとか取り留めた状態だということ。

一三二名が事故通報時に死亡が確認され、二名が救急車で運ばれるも一名は昨日亡くなったらしい。

 アヤが見えたのはこの数字だったのかもしれない。

重体の一名は車掌らしかった。

もしかしたら何が起きたのか見ていた可能性もあるとのことで意識回復が待たれる、と言う状態とのこと。


 現場調査では電車は横向きに強い衝撃を受けて横転。

何かが電車の進行方向一両目に衝突して起きた事故であることは判明しているのだが何が衝突したのかまったくわからない。

 電車の側面に大きなくぼみを残すほどの勢いでぶつかったことは間違いないのだが衝突した物体は周辺を捜索しても見つからなかった。


 目撃証言などもあるのだがみな一様に突然へこんだなどと証言しており、何が衝突したのか目撃されていない。

 そのため不可解であるとして今回神明会及び心霊探偵倶楽部に依頼が下ったのだと言うことだった。

ちなみに心霊探偵倶楽部だと長いので便宜上PDCと略すらしい。



「見てもわかる気がしないなぁ」

「そうかにー?普通の人には見えない何かが見えるかもしれないに」

「あー、そうか、それもそうだな」

「頼りにしていますよ、PDCのみなさま」

「あはは」

 任せてください、と言えるほどには自信はなかった。

勘がいい方ではないし推理ができるわけでもない。

 小説でも伏線を読むのは好きだけど大抵外してしまうのだ。

それが醍醐味ではあるので小説の場合いいのだが。

 しかし現実はそうも行かない。

間違いました、じゃすまないのだ。


「難しく考えすぎなくていい」

「え?」

「何か見つけたり思いついたときは相談すればいい。コウは一人じゃない。だから、発言を恐れることはない」

「そ、そっか。うん、そうだよな。キリもいるしアヤもいるんだからな」

「そにそに。間違うことを怖がってたら何も見つからないに。可能性があったらしらみつぶしでも調べていくのが探偵とか警察ってものなんだに」

「なんか、すごいな」

 そして、なんだかんだでアヤもきちんと探偵やってる、ってことなのか。


「到着しました」

 そこは川の近くの街中だった。

 街中に電車が突っ込んでいる。

 恐ろしい光景だった。

呆然としてしまう。


 なんだこれ。

これが現実か?

こんなことがありえるのか?

 自分の目を疑ってしまうほどの現実がそこに広がっていた。



 赤い、紅い、赫い、かたまりがどろりどろりと脈打つ。



 まるで、心臓か何かのように全体が脈打ち、その度にその表面に表情のような何かが浮かんだ。

 突き出したそれは顔のようにも手のようにも足のようにも、内蔵のようにも見える。


 そして、突然その表情は泡のようにはじけて、その中から叫びが生まれた。



――シネ、シネ、シネ、コロシテヤル、ウラメシイ、イノチヲヨコセ、イキテイタイ、シニタクナイ、ココカラダシテクレ、キモチワルイ、ウルサイ、モウイヤダ、シニタイ、シネ、シネシネシネ、シネシネシネシネシネ!シンデシマエ!ソシテ、オマエモワタシタチノナカヘ――!!!



「――ッ!?」

 声にならない声が漏れ出していた。

しかし、口を開けない。

 開いたら吐きそうだ。


 それが、人間の憎念のかたまりのようなおぞましい液体、『奈落』だった。

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