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空洞球星異聞  作者: Pattisa
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第六話 バイブレーション

 名もない国境の村を、その村人を連れ旅立った傭兵達。一行は六日ばかりかけて順当に、エンドラの街へと到達した。

 途中、棄てられ朽ちた村を通り過ぎたり、狼やゴブリンに襲われたりもあった。が、さして劇的でも無い、日常の一コマだ。レナータに言わせると「盛っても話題にはならない」となる。


 遠間にエンドラの街を臨めば、土地の気味合いが窺えて趣き深い。

 整えられた柵は盛り土で嵩上げされて、街をぐるりと囲んでいる。

 ぼんやりと烟る街を見渡してセレンゲティは、どこか得心いかない様子で喋りかけた。


「何つうか、こう……平べったいな。屋根も低いのばっかりじゃないか?」

「風が強い土地柄だからじゃ無い?」

「ん? どうしてそうなるんだ?」

「僕達が越えて来た山も、低くは無かったよね? でも、あの山から海までずっとなだらかに下ってるんだ。春風月《3月》にはきっと、凄い風が吹くよ」

「ああ……、なるほどな」


 一様に扁平なその中にあって、にょきにょきと高い数棟の建屋は、公王宮や神殿であろうか? 屋根の塗りも、普遍に見られる茶や緑なのだが、全体に明るい風合いに整っている。


「惜しいな。天気が良けりゃぁ、さぞ華やかに見えただろうよ」


 「うん、確かに」と、何の気なしに相槌を打つ。

 霜が降りるのは、今日か明日かといった模様で、昼の空は重い。垂れ込めた雲が、天蓋を覆って空をも遮っている。ひょうと吹く風にセレンゲティは、短く生え始めた髪を撫でる。雨を厭うて、一行は街へと急いだ。


 大仰な街の門の前で「達者で」と短く交わし、二人ずつに別れる。小さな金属の記章(メダル)だが、その有無で入管の手順がまるで違う。

 村長むらおさ含め数名と寄り合って、レナータは書状を幾つか代書をしていた。街に入るのも、これからの交渉にも、少しは役に立つといい。


 歩哨に立つ衛士に、メダルを見せて案内を仰ぐ。とは言っても、目の前の詰所が入管も兼ねて門戸を開けて居る。柵に沿って一町歩を超える広さの建屋は、無骨に飾り気無く戦闘集団の拠点だと主張している。


 薄ら暗い受付は、分厚い板張りのカウンターになっており、被襲撃時の防衛線に耐え得る作り。奥まった先の更に暗い網窓の奥には、神官が悪意害意の有無を監視しているだろう。鉄の格子を挟んだ向かい側に受付役が居並ぶのだがーー、人相か悪いのと、人の相を成してないような者ばかりだ。二人は街に入る手続きの為、出したままの記章を示した。


「登録を頼むよ」と、レナータ。

「何処からだ? 記章は……ニアンガからか。普通科のセレンゲティと、魔術科のレナータな。ーー戦、どうだったんだい?」悪い人相を更に歪めて、興味深気だ。

「ニアンガは食い荒らされて、当面はシウダートホヘイダが元気一杯よ」セレンゲティは、勿体つけて疲れた言い様にしてやる。

「……そうか。記章の預り証だ、数日で済む。預り証を見せれば、食堂は好きなだけ使える」

「っても、やたら硬いピタに、何が入ってるか分からんスープだけだろうが」

「聞いて驚くなよ、余所者……モトラッドじゃぁなぁ、何と! 正体不明のサラダが付いて来るんだぞ」

「おおっ! 思ったより凄ぇな」

「へぇ……本当に平穏なんだね」

「ふふ、まぁな。行商には見えんが、記章の刻印が済んだら、仕事は回していいな?」

「ニアンガでは、大変だったんだよ」レナータは、袖口から大小の銀貨を数枚、カウンターに乗せる。

「あー、手配役に会えたら、伝えとかん事も無いかもしれん」こんな時は、何処の街の受付も、妖魔より悪そうな顔をする。

「まぁそう言うなよ。俺は体力自慢だからよ、土方仕事が有ればイイ働きをするぜ」セレンゲティはニヤニヤと、レナータが出した銀貨に上乗せした。

「そうか、頼りになりそうだな。手配役とは昵懇(じっこん)でな、良く言っておくよ」

「何よりだな」

「記章が返ってくるまでに、それぞれ練兵場へ一回は行ってくれ。二階が大体寝床だ、好きな所を使え。外に宿を取るなら、報告を入れる事。以上だ」

「はい。お疲れ様でした」

「ま、宜しく頼まぁ」


 受付の奥にずらりと貼ってある、獣皮紙の群に目をやる。街人からの依頼も、結構な数だ。ここの傭兵達はお行儀良く、街人と良好な関係を築いている証拠だ。食い扶持に困る事は無さそうだ、と、二人は胸を撫で下ろす。


「正体不明のサラダとやらを、食ってみるか」

「正体は暴かないと、ね」


 はたしてその正体を識る事は、無かった。これを機に、レナータは大家して草木学を修める事になるのだが……、随分後の話である。




 翌日セレンゲティとレナータは、塩漬けの生皮を鞣し屋で処分したり、太刀を研ぎに出したりとしながら街を散策して過ごした。


「研ぎ代に大枚はたいたけど、暫く街に宿を取る分は残ったよ。セレ」

「ま、稼ぐには稼いだからなぁ。剣や刀は、研ぎ代がかかっていけねぇや」

「セレだって、剣の方が得意なのに……」

「金は残せるだけ残しといた方がぁ、いいだろぅ? 鎧の穴も塞ぎてぇし、何があるか分からねぇんだ。だいたい兵舎の箱が良くねぇ」

「簡易寝台って言うけど、ただの長持に布被せただけだもんね」

「街に宿を取るだけ残さんと、やっとられんよなァ」

「ふん。どうせ女の匂い付けて回るクセに」

「何でお前が怒るんだよ……」


 兵舎へ戻る道をのんびりと歩く。露店を冷やかして、土地の酒やその(アテ)を幾らか仕入れながらだ。


 食堂で土地の酒を矯めつ眇めつ、ピタで顎を鍛えている頃である。地元の兵士や傭兵に囲まれ、ニアンガでの戦場話を対価に酒を奢らせている所を、割って入ってくる者があった。


「その戦の結果、諸君等の活躍のお陰で困った事になっておる。一つ依頼をしたいのだが、どうかな?」


 場に似合わぬ長衣(ながぎぬ)のダルマティカを纏った、老境の翁である。不意を打たれて場は静まり返った。先程までは傭兵に混じっで見分けのつかなかった兵士等は、直立不動で左拳を胸に当てている。

 全体的に薄くなった白い頭髪を撫で付け、長年の労苦を刻まれた皺が、柔和な笑顔の向こうに透けて見える。しかし背筋はしゃんと(・・・・)伸びて悠然と、暗緑の瞳は濁り無く、である。

 「あゝ、よい良い。ここでは楽になさい。ここは諸君等の縄張りだ」と、微笑みながらぬるりと間合いを詰めてくるのである。

 なし崩しに座の中心となってしまった余所者の二人は、ここへ至って"声の良く通る為政者"の出現に僅かに警戒する。『楽に』の言の一葉で場を弛緩せしめ、二人には余所者を意識させた。

 曲者の類である。


「戦匠のセレンゲティと魔術師のレナータじゃな?」

「如何にも僕は、魔術師のレナータですがーー」セレンゲティが、台詞を継ぐ。

「"戦匠の"セレンゲティってのは、聞いた事が無いな」

「はて、これは異な事じゃ。記章長にも確認を取ったのじゃぞ、確かにニアンガからの二人組だとな」

「何を根拠に、その"戦匠"だと勘違いして……いらっしゃるんで?」


 老爺は聊か(いささ)に逡巡し、合点がいった具合に穏やかに伝えた。


「遅れたが。儂はモトラッドの隅の小領地を、代々に営んでおるエンドラと申す者じゃ。ニアンガから来られたセレンゲティ殿で、お間違い無いかな?」


 セレンゲティは、口をへの字に曲げて不承不承に頷く。公王様のお出ましとは! と、肚の中では冷や汗ものである。


「おめでとう。お主はシウダートホヘイダより"戦匠"の誉れが、贈られた。いくさの一週間の後じゃ」

「僕等が森を彷徨ってる頃だね」

「俄かに信じられんな」

「謙遜なさるな"戦匠"の」


 「エンドラ公様」と、兵士の一人がどこからか、これもまた場違いに豪奢な椅子を運んでくる。公王は、鷹揚に礼をすると「この場にあった話をしよう」と、茶目っ気を見せて目を細める。


「ニアンガとシウダートホヘイダの国境に詰め寄せた彼の軍勢は、百と六十。揃いの戦装束は、兵卒に至るまで、金物誂えと聴こえる。迎えるニアンガ小砦は、老兵と新兵ばかり、それを集めて七十余」

「のんびりしたイイ所だったんだがなぁ……」と、セレンゲティは思わずぼやいてしまう。

「死地へ傭兵を送り出した騎士等は、早々に姿を眩ませ、野戦に取り残された傭兵達は正に危難中の危難。風前の灯火を爆音と共に吹き払って現れたのが……戦匠のセレンゲティ殿じゃ」


 セレンゲティは頭を抱え、レナータは「派手な呪文で、ごめん」と謝り、傭兵達はやんやと囃し立てる。厨房からも人が出て酒を手にしており、既に兵士達も出入りを監督するに留め聞く体制だ。エンドラ公に至っては、酒場でホラを吹く爺様にしか見えない始末である。


「臨時に指揮を執ったと見ゆるセレンゲティ殿は、矢面に立っての大立ち回り。寄せては引いての用兵で遂には罠に引き込み、ジューグー子爵を討ち取った!」

「あの大仰な鎧は、子爵様だったんだねぇ」

「貴族様と分かってりゃ、生け捕りに……する余裕は、無かったな」

「生き残りを率いた戦匠殿は、シウダートホヘイダの戦術を看破し、本隊の後背を遂に捉えた。小勢を活かしての夜襲奇襲で、輜重の大半を灰とせしめ……何と亡国の危機さえも討ち破ったと!」

「いや。都街の防衛戦も、随分激戦だったと聞いたが……」


 エンドラ公は、然りと笑んで「お主の功に変わりないであろう」と話を括った。

 一呼吸置いて、セレンゲティは公王に問う。


「何で傭兵(おれたち)に依頼なんてするんだ? 兵士も騎士も自前だろうに」

「田舎の小領主の気まぐれに、そう多くは割けんのよ。翻ってじゃ、公国の王の依頼相手として、役は不足しておるまいて」

「役不足にならない報酬だと言う事ですか?」と、レナータ。

「左様。部屋を移そうか」


 エンドラ公王は、鋭利に過ぎる眼光を笑顔に隠して、席をのそりと立ち上がった。







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