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空洞球星異聞  作者: Pattisa
11/18

第十話 彼等について

「さ、始めよう」

「動いて無いと寒いけどな。ちょっと待ってな」


 一戦目の賭け金のやり取りが、戦いの寸評と共に交錯している。その騒めく軒に、セレンゲティは顎を向けた。


「レナータぁ! 今、ナンボだ?」

(白騎士)(戦匠)だよ!」

「ま、妥当だな……」


 ジェネッタは眉根を寄せる。


「レナータ、俺に賭けとけよッ」


 レナータはひらひらと手を振っている。


「結構な自信ですね」

「なに、はったりだ。……さて、()るか」


 何を思ったのかセレンゲティは、スタスタとジェネッタの方へと歩いてくる。木剣をぷらぷらと弄んで、散歩の様に。

 ジェネッタも衆目も唖然としてしまう。そのままジェネッタの間合いまで無防備に進入する。

 ジェネッタは呆けていた自身に気づいて、咄嗟に突きを繰り出す。咄嗟であっても身体が憶えた渾身の刺突は、セレンゲティの左目へと吸い込まれて行く。

 セレンゲティの目は、嗤って……。


 かーんと、乾いた木を打ち合わせる音が、高く風に流れてゆく。

 ロングソードを模した木剣の(しのぎ)で、細い鋒がぴたりと留められ小揺るぎもしない。絵画に封じ込められたような白騎士は、顔を(しか)める。


「白騎士卿の突きが、止まった……?」


 衆目が(どよ)めく。


「外じゃあり得ない二戦目だ、愉しもうじゃぁないか」


 余裕の表情をするセレンゲティに、ジェネッタは唸る斬撃を投げる。


「楽器でも弾いて居ましたか? セレン」

「いや。掛け値無しの全力だったぜ」


 返答は、黙して剣風。

 八方からの斬撃で囲い、セレンゲティに攻め手を出させない。

 セレンゲティは防戦一方となる。いや、防御に専念して、鋭い斬り込み一つ一つを受け、払い、叩き落として往く。

 セレンゲティが力を込めて打ち払っても、反動さえ利用するジェネッタは、攻勢を緩め無い。

 この速度! 連撃! どれ程の修練か!

 『攻めに出れねぇ……、先ずはきっちり突きを封じておかねぇと……』セレンゲティは、心の内に舌を巻く。


「お前さんを組み敷こうとした連中と一緒にしてくれるなよッ!」

(なぶ)るなッ!」

「図星か?」

「二度も挑発には乗らんッ!」


 一方のジェネッタもまた、焦っていた。

 三十合を超えて尚、決め手に欠ける。

 『渾身の突きを止められた。二戦目……、同じ手は通用しない? 私の刺突は見切られている……」


 突きを一つ惑わしに捨て置き、喉頸へ振り抜く。

 間近から遠間へ、また深く踏み込んで……。

 芯の籠らぬ突きには目もくれず、(いずれ)も強く叩き落とされる。


「ならばッ」


 セレンゲティは、見た。

 ジェネッタが揺らりと流れる。

 ぬるりと間合いを詰めて来る!


「親子かッ?!」


 間合いを潰して手許を隠し、逆風。顎から脳天まで両断せんとの気迫。


「が、そこだッ!」


 セレンゲティは斜に躱して、剣が仇と渾身の打ち下ろしを見舞う。

 ガッと鈍い音を残して木剣は、くの字に曲がって、冷たい地面へと伏した。


「五十と六合……。戦匠って奴ぁ、一度も攻め手を出さずに勝ちやぁッた……」


 ジェネッタの手は震えるばかりで、暫くは剣を握れぬ程に痺れていよう。

 信じ難しと、目を見開くのみである。


「危なかったが、これで一勝二敗だ。面目は立つかな」

「セレン……。完敗です」

「力比べにさせて貰ったからな。攻めにも移れんし。突きを重ねられたら、打つ手が無かった」

「なっ……」

「褒めるなら"磨いた技"を、だったろう? 突き技のみなら二個上だろうなぁ。ま、刺突無しなら俺とどっこいだが」

「あんなに鮮やかに止めておいて……、ちょっーー」


 木剣と元木剣を手に、巨漢は歩き始めている。


「動いたら小腹が減ったな。(ちゃぁ)飲んでこうぜ」




 翌日のセレンゲティは、早朝から窮地に立たされていた……。いや、立つ事は許され無い。


 エンドラ公爵は、当然公務へ。ジェネッタも諸用有りとかで、朝から居らず。頼みの綱のレナータも、走り込みに出てから戻って来ない。

 鍛え上げた膂力、無尽を誇る体力、戦場を駆け抜けた生命力はその用を為さず、得物を持つ手はわなわなと震えるばかり。(かたわら)に炭鉢を焚いているにも関わらず、冷たい汗が背中を伝う。

 正に孤立無援。死地を掻い潜り続けた経験も、生き残る嗅覚も、今の己を立たせた勘働も……何一つとして状況を好転させるだけの力を持たない。


 (かたき)は、砂板(さばん)


 木枠の付いた、ちんまりとした板に目の揃った砂利(ビーズ)が敷き詰められている。セレンゲティの手にある得物は、揺れる羽根。何代か前の親父が、子供達の為に書いたと言う謂れの、文字列が描かれた獣皮紙の広がり。対面には、女性(にょしょう)の方。


 音一文字を砂に大きく書く。発声しつゝゆっくりと。

 家庭教師(ガヴァネス)を買って出てくれたのは、年配の女中(ウェディングメイド)で、嗜虐な微笑みが魅力的だ。落ち着いた深い緑のチョカを纏った彼女は、無表情に獣皮紙の分厚い本を捲る。時折こちらに微笑みかけたら……、最初からやり直しだ。直しが無ければ、徐々に文字を小さく書いていく。彼女が良しと言ったら、獣皮紙にインクで清書する……のだが、これがまた難しい。

 

「くそッ。俺ァ細っけぇのは向いて無ぇんだ……」

「何か言いましたか?」

「ノー、マム」

「宜しい。次の文字はーー」




 レナータは無心に木剣を振るう。練兵場の隅で、ただただひたすらに。

 時間を決めて、街の地理を頭に入れながら走り込み、練兵場の隅を借りたところだ。


(とんが)り耳のあんちゃん、精が出るな」


 髭の豊かな男丈夫が、興味深げに話しかける。剣を振る半森人(ハーフヱルフ)が珍しいのかも知れない。

 しかし、練兵場を使うのは、レナータだけでは無い。黙々と素振りを続ける者、激しく試合う者、足捌きや体捌きを入念に確認する者……。誰かに強制された訳では無い。皆死にたく無いから、寒い中己を鍛え続けるのである。


「膂力も技も、もしかしたら魔術も、必要になるのは一瞬だけだ。しかし体力はずっと必要だ。体力がなきゃぁ、従軍出来ねぇし(まと)になる。それに、割り当ても少なくなるからなーー。相棒からの忠告でして」

「違ぇねえな。お前さんの相棒とやらは、面白い事言うな」


 先程からいる髭達磨といった風情の男が、いつの間にやらレナータの隣で素振りをしている。怪訝な顔をしながら、レナータの動きを真似て、木剣を振り回す。


「さっきっから、変な素振りだな? 何かの型稽古かい?」

「昨日のジェネッタさんの影を追ってるんです。凄い連撃だったから」

「ほぉ……それも面白い。どれ、付き合おう」


 髭達磨が戦匠役になって、ひたすら受ける。セレンゲティもかくやと思しき、力感の受け太刀だ。

 レナータは、白騎士の動きを再現する。

 一振り毎に力を込めて。僅かでも血肉となるように。



 午後になって。レナータとジェネッタは、愈々(いよいよ)仕事に取り掛かった。

 半地下の埃っぽい書庫には、典範の長たる誇りが居並び、訪れる者を圧倒する。

 漆喰で塗り固められた壁には、等間隔に書架がくり抜かれ、その壁のくすみが色見本の様に時代を映している。更に、重い蛇木の書棚が広く無い書庫を割って、圧迫感や威圧感を増すのだ。


「ここは……夢の国?」

「レナータ……君。鎖で括られた物は部外秘、()で封じられた物は呪いがかかっています、紐で括られた物は魔導書です」

「では、ジェネッタさん。僕は魔導書かーー」

「ーーは、お預けです」

「よねぇ」


 公式に遺された記録、各地から寄せた数多の文書、時々の詩歌を集めたものまで様々な文書が、年代毎に並ぶ。

 木製の表紙を結わえたものや、後世に残した冗談と見える粘土板まである。多くは無いが、最奥に行くに連れ、木簡や冊書もちらほら見受けられる。しかし、殆どはやはり獣皮紙の本であった。


「注意した三種は、私も触る許可が降りていない物ばかりですから。各王女の記録に絞れば……」

「それでも気が遠くなる作業ですね」

「春までにどれだけ出来るかわかりませんが、とにかく! やるしか有りません」

「あの、空いてる辺りが六代前?」


 そこだけ(まば)らに空いた書棚を指す。


「そうです。その奥の七代前から、調べて貰いましょうか……」


 レナータは予想以上に我慢強く勤勉な助手で、ジェネッタの仕事を多いに助けた。

 


 女児とその周辺の記録に絞って、抜き出す。成人を前に嫁いだ娘達の記録を、他家や他国の史書から拾い出す。



 女児を中心とした本件限りの系図を引き、時系列を纏める。内乱がある時期は代替わりも早く、枝が多く分かれて煩雑になる。


 一月が過ぎ、もうすぐ丸二月……。


 ジェネッタは学究の徒となって、インクで手を汚した。父や兄の補佐もするし、私兵たる騎士団の教練も折を見て肩代わりする。歴史に埋もれた事実を幾つか散見し、書き付けを増やす。

 レナータは午前に鍛錬、午後には調査と規則正しい。カチカチ繰り返しては、結果を表してみせる。魔導書に心惹かれていたのは最初ばかりで、元来こういう(・・・・)タチなのだ。

 セレンゲティはと言うと……。一日机と愛し合うには、少々甲斐性が足りぬらしい。騎士達や他の傭兵に混じって剣を振り回したり、年中行事の様な冬将軍(ウィンターウルフ)の迎撃に飛び出たりと忙しい。使用人の誰ぞか、娼館なのか、夜だけ居なくなる時もあった。が、女史や、冬は手隙になる代官(ランドスチュワート)の監督で、随分読み書きが進んだと聞き及ぶ。


 都合が合えば、三人で食事を摂るべくした。傭兵の二人は、騎士達や詰所で食べていたり、使用人と厨で済ませたりもしたが、擦り合わせの要は互いに共通の認識でもある。


「もう年も暮れますね……」


 ジェネッタが、ぽつりと呟く。

 パチパチと小さく薪が爆ぜる音、芳ばしい茶の香りと獣皮紙の黴臭さが、世の支配者か。家人は、使用人と共に年跨ぎの祭祀へ出払っており、侘しい静けさである。


「もうそんな時期ですか……、気付かなかったな」

「結局、なぜあの一回に限り完敗したのか……。セレン?」

「んあ? ジェネッタよ、お前さんがよーく自分を鍛えてる証拠だな。しかし、年越しか……」

「没頭してましたけど、僕等の調査は……進捗を測る物差しが無いんですよね。それが、少しもどかしいですよ」

「レナータはよ、仕事してるじゃねぇか。俺ァ、何でこんな事になったんだか……」


 セレンゲティは課題に置かれた書を、字引きを頼りに写本の最中である。


「タダ飯喰らいだぜ、俺。お気楽だけどよ、最近チョット情け無くってよぉ」

「私も父も、必ず必要になると確信してますから、気持ち良く食客してて下さいな。今は、どんな写本を?」

「えらく古いヤツなんだがな、コレ写しとけって。……えぁあっと、エムリーとかいうお姫様が17歳になって、入婿を迎えたって辺りだ」


「……え?」


 カンカンカンカンッ!


 けたたましい警鐘が、静寂を突き破る。


 三人は三様の緊張を放って、部屋から駆け出した。



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