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空洞球星異聞  作者: Pattisa
1/18

プロローグ 白い闇を抜けて

 雷鳴が森に轟く。


「明日は晴れだな!」

「はぁっはぁっ……生きて、たらねッ!」


 男二人、森を遮二無二駆けて行く。


「ええいッ! ジリ貧だ! どうするかっ?!」

「ぜぇ……追い付かれちゃうよ?!」


 真っ暗な中を魔法の弱い灯だけを頼りに、走り続ける。旅装を背負ったままの様だ。

 木の根、下生えに足を取られる度に、卵の腐った匂いが近付く。


 メキメキと枝葉を薙ぎ落として、黒一色の獣が迫り来る。ばちっばちっと、触れる物全てに電光を撒き飛ばしながら、だ。

 大きな魔獣。しかし、木々を薙ぎ倒す程では無いから、距離が縮まらず二人は生き延びているようであった。


「何てェ奴だ! お前さんの電撃食らって、ぴんしゃんしてやがる! アレは何なんだ? レナータっ」

「識るもんか! セレンゲティ、あんたの親戚じゃ無いの?!」


 ただひたすらに走る。遠く雷光が閃き、瞬間、白に包まれる。

 セレンゲティと呼ばれた方は、革鎧を纏った巨漢の禿げで、壮年と見える。

 レナータの方は若い。長髪、短身痩躯に同じく革製の装具。映した影の耳は、長く伸びて尖っていた。


「んなワケあーー、しめたッ!」


 先の視界が、少し開けている。一口に森と呼ぶが、内実ここは密林だ。開けた平地は珍しい。


「灌木の引っ越し跡だ! 通り過ぎたら仕掛けるぞッ!」

「心得た!」


 決して広くは無い、が、贅沢は言えぬ。サっと通り過ぎて左右に分かれる。木の影に入って旅荷を降ろし、得物を取る。セレンゲティは槌矛(メイス)、レナータは淡く輝く大太刀である。


 朝露の滴りを眺める様な、冷たい刻。毒虫の一匹でも落ちてくれば、御破算である。


 ハッハッと息荒く、魔獣が近づく。暗闇に却って浮き上がる黒の体躯は、犬か、狼か?

 ざんざと音高く駆ける魔獣、それが二人の間を通り抜ける……その瞬間!

 臭気にアタリをつけて、巨漢は飛び出し銅鑼叩き(・・・・)の要領でメイスを叩き付けた。

 勘働は魔獣の顎を捉えて、鈍い音と共に牙の幾本かを砕いた。同時にばちんと高鳴って、電撃がメイスを伝う。セレンゲティの腕を強かに打ち据え、彼は得物を取り落としてしまった。

 レナータはセレンゲティと同じく魔獣と擦れ違い、後脚を一閃、ザックリと斬り咲いて……相棒が得物と別れる場面を目にした。


 吠えるに吼えられず苦悶に呻く魔獣が、脚を曳きずりながらのっそりと振り返る。

 二人は既に開けた場に在って、途方に思案だ。


「電撃が伝ったぞ。くっそォ、まだ痺れてゐやがる」

「僕の太刀を使うかい?」

「あゝ……、借りるかな。奴の目が死んで無ぇ」


 雷鳴が、近く轟く。

 目には爛々と殺意を灯して、血泡を吹く魔獣。睨み合うのも消耗を避け得ない。

 稲妻が閃く。

 暫時視線に火花を散らしたが、魔獣から逸らした。びくんと何かに反応して、鼻を鳴らす。

 ゴロゴロと、また天蓋が鳴る。

 牙を剥いて、視線を二人に刺したまま、じりっ、じりっと後退する。


 落雷。

 魔獣が全身で浴びる。


「あぁ……、嗚呼……」


 レナータが戦慄く。

 全てが白く、顔を覆う。


 再び、落雷!


 大音に、耳が割れる。

 落雷を浴びて悠然と、魔獣が屹立する。


「セレンゲティ……奴は。奴は電撃を食らったんじゃ無い。電撃を……雷撃を喰ったんだ!」

まんま(・・・)と餌をくれてやった訳か? 御立腹かと思ったが、懐いてやがるのかァ?!」


 しゅうしゅうと傷口から煙を上げて、魔獣が間合を詰めてくる。

 ゆっくりと、ぎこちなく。しかし、もう、脚を曳きずってはいない。


「畜生奴がッ!」


 セレンゲティは吐き捨てた。


「俺は生き残る! 生き残るぞ。何としてもだ! レナータ。お前を見捨てて、盾にしても」


 レナータが息を飲む。

 静かに息を吐いて、吐き切って、丹田に大きく吸い込む。


「応ッ! 僕が勝手に付いて来ただけだ。コイツを倒して、また勝手にさせて貰う!」


 レナータの宣言が、嚆矢であろうか? 魔獣が傾ぎ半ばに飛び掛かって牙を剥く。

 左右に二人は別れて、間を測る。


「浅いかッ」


 セレンゲティが、レナータの愛刀"蓬生(ヨモギウ)"を振るう。

 真に恐ろしいのは牙のみと、腹をくくって足留めに徹する。

 彼方(あち)此方(こち)らに傷を増やしながら、鉤爪を掻い潜り、四肢を浅く深く切り付けて回る。


 レナータは詠唱(うたう)。雷鳴にも剣撃にも勝り、堂々と、朗々と。

 魔力が舞う。レナータの精神を喰って、半透明の幾何学模様と古代文字を表す。


 セレンゲティに丸太の如き前脚が迫る。ソレが振り落とされる前に、体ごと突き込みに行く。ばちりと雷光を浴びつゝも、致命の一撃を避ける。

 巨漢の膂力を一杯に集めて、筋力が鎧の内側からミシミシとした音が触れる程に膨れ上がる。撫でる鉤爪を(まろ)(くぐ)って、腹に渾身の斬撃を叩く。

 重さの乗った、横溢の斬り降ろし。間合の外側、背中に至るまで、浅く斬り割く。

 良く戦っているようだが、野性とは根本的に体力、生命力が違う。

 打撲、失血、痺れ、そして臭気によって、セレンゲティの動きが見る間に鈍くなっていく。


 レナータの精神力を織り込んだ魔力は、刻々と姿を変える魔法陣となって、冷気を漏らした。

 静かに現われたのは氷の精霊、氷雪()()淑女。冷たく透き通る彼女は、冷気の夜衣を乱さず宙空を滑る。

 必死の魔法、掛け値無しの切り札。

 レナータの精神は喰い潰され、負の感情がぐちゃぐちゃに渦巻く。嫉妬、怒り、悲哀、焦燥、無力感、劣等感……それらが綯交(ないま)ぜとなって、無気力と(せめぎ)ぎ合う。激しく餌付いて、視界が涙で滲む。

 レナータは膝から崩れ落ちた。


 淑女は主人(あるじ)の心根を忖度して、艶然と微笑んだ。

 精霊に触れる者、召喚を操る者ならば、氷の精霊は誰もが修める基本の一つだ。然し、彼女程冷厳に高貴で、愛情深い精霊()は他に在るまい。


 彼女は音ならぬ声で、魔獣に愛を囁いた。冷圧を高めて、雪……。辺り一面を白に染め上げる。集めて都合四つの氷塊と成した。更に氷塊は、氷華を散らして圧縮されて、氷柱(つらら)と変じる。


 遂ぞセレンゲティが、顎門の餌食になったと見えた。

 が、巨漢は(わら)った。


「へへっ……賭けは俺の勝ちだ」


 魔獣の、噛み砕かんと踏ん張った四肢のそれぞれを、氷柱が貫く。

 貫いた内の三本が、脚を大地に縫い止めて魔獣は怨嗟に唸りを上げる。


 セレンゲティは振り向いて、精霊と視線を交わした。

 魔獣は力強く氷柱を引き抜こうと苦悶するが、血潮が噴き出す度に氷柱を伸ばすばかりで、身動きが取れぬ。氷柱を通じて電光が地に吸われ、物悲しく爆ぜる。

 淑女は睦み合う様に魔獣の首に絡み、優しく抱き締める。


 精霊が冷衣から(ほど)けて、霜を降ろす。魔獣を白く染める。

 もしかしたらーー、この魔獣は猛々しい氷の精霊に生まれ変わるのかも知れない。

 やがて氷の彫像に変わり、魂さえも凍らせて……、魔獣は永の眠りに就いた。


「へへっ……、ふっはっはっはぁーっ」


 セレンゲティは巨躯をどうと倒して笑う。


「生き残ったぞ!」


 レナータもへたり込んだままに、力無く笑う。


「勝ったね。生き残ったよ」


 ごろんと顔だけ向けて、セレンゲティはにぃと笑む。


「レナータ。お前さんは、一コ強くなったな」


 かっと、頬が上気する。

 消耗した魔術師が、平静を保つ事など不可能なのだ。


 雷雲はいつの間にか過ぎ去っていて、既に夜が白んでいた事が知れる。


「先に少し寝とけ」


 レナータは「ん」とだけ返した。


「俺も後で寝る。起きたら行くぞ、丘越えだ」

「生き残る為に?」

「あぁ。強くなる為にな」


 暁の箒が丁寧に闇を掃き清めて、世界に彩が蘇った。




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