ライルと一緒 二日目・前
「ーー……ぃ……い……おい!」
はっ!
パチンと鼻ちょうちんが割れた。
まだ眠い目を擦ってから欠伸をして顔を上げると、そこには美少年が眉間にしわを寄せておれを見ていた。
……あぁ、思い出した。ここはお城の中でそしてこの少年は王様の息子のライル。一週間生活を共にすることになったんだった。それにしても何をそんなに怒っているのだろうか。王様と違ってこの少年の眉間のシワはデフォルトではない。
何だ、という意味を込めて首を傾げる。
「……お前、ご飯は食べるのか?」
ご飯、おぉ何と懐かしい響き。何だか耳に馴染んだ言葉におれは思わず喜ぶ。軽く走り回っちゃったりすると、ライルが少し驚いていた。
ものを食べなくとも余裕で生きていけるけど、森にいた時とは違いここでは食料がちゃんとある。人の食べるものだ。それを期待しながらライルの後に続いてとってとってと歩いていると、使用人や騎士、なんか本を持った人なんかも頭を下げてライルが通り過ぎるのを待っていた。小さな少年とは言え王様の息子なのだからこれが当たり前なのだろう。
しばらく歩くと扉の開いた部屋があった。中からザワザワと人の声がたくさん聞こえてくる。ライルはそこに入っていく。どうやらここは食堂のようで様々な人がご飯を食べたり談笑したりしていた。
しかしどこからか「殿下だ……」という言葉が聞こえてきたと思ったら途端、伝染するかのように食堂が静まり返る。誰かが立ち上がると次々と立ち上がっていき頭を下げようとする。それをライルが制した。
「俺のことは気にしなくて良い。構わず食事を続けてくれ」
まだ10くらいの少年だというのに、人に指示を出すことに慣れている。
ライルの言葉におずおずと食事を再開させていくが、先ほどまでのように談笑をしようとするようなものはいなかった。代わりに皆、ライルが何しにきたのか気になるようでちらちらと視線をよこしてくる。そしておれに気付いて思いっきり謎な顔をしてくる。なんでこんなところに熊が……という顔だ。
これで分かったが、ライルは普段食事は別のところでするようだ。今日みたいに食堂に来ることはほとんどないのだろう。それって、おれがご飯を食べるからわざわざここに来たんだよなぁ。なんでだろ?
ライルは食堂をまっすく進むと厨房までやってきて、近くにいた料理人に声をかけた。ギョッとする料理人。
「な、何かお食事に問題がありましたでしょうか」
「いや、違う。聞きたいことがあっただけだ。料理長はいるか」
「食堂に異変を感じたと思ったらこれは意外なお客さんだ」
ライルを前に萎縮する料理人の後ろから、背の高い男性がぬっと顔出す。王様の息子を前にしても堂々とした態度だ。しかしそれに対しライルは特に気にした素振りはない。
「何かご用でしょうか?」
「聞きたいことがある」
しかしまぁ年上の人を前にしてもこの堂々たる態度はさすが王様の息子。この料理長さんも流石だけど。かぁっくいー。
「ある事情により動物を預かっているんだが、何を食べるのか分からないから料理長である貴殿に話を伺いに来た」
「殿下が動物ですか、してどんな動物なのですか」
「これだ」
ライルがおれの両脇に手を入れ持ち上げる。すると料理長の顔がはっきりと見えた。無精髭を生やした料理長は渋い雰囲気のある人だった。ライルはまだ背が低いので、おれをかなり上に持ち上げているのだけど……きつくない?
自分お体重が分からないから、もしかしたら重いかもしれない。
料理長がじーっとおれを見つめる。いやん、見過ぎ。
「熊なら、まぁ野菜や木の実や魚を食べるでしょう。大抵のものは食べるはずです。ですが殿下、この熊は普通の熊ではありませんよね」
料理長が俺から視線を外しライルを見る。ライルがおれを下す。
「あぁ、察しの通りだ」
「……勿論、陛下の許可は頂いていますよね。何があったのですか?」
なんだか話が長引きそうな予感
それにしても良い匂いがするなぁ。
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「ーーという訳だ」
「なるほど、そういうことですか。しかしやはり陛下のご子孫ですね。昔の陛下にそっくりです」
「嬉しくないな。で、何を食べるかわかるか?」
「いえ、申し訳ないのですがそういうことなら私には専門外です。お力になれず申し訳ありません」
「いや構わない。専門の者を呼んで聞くことにする。仕事中にすまなかった」
「お構いなく殿下。しかしその詳しい者が来るまで何も食べさせないとうわけにはいきませんし、私から提案があるのですが……」
「提案?」
「はい。食べそうな物を集め、熊が好んだ物を与えれば……」
ーーざわ
「何だ?」