ライルと一緒 一日目
『ではそこの白いのを』
俺は瞬きをぱちぱち繰り返す。
「……ライル、聖獣は神聖な場所に返すことに決まった。まして契約もせず拘束することは法に反する」
「知っています」
王様の言葉を聞き終えたライルは堂々と答える。
「ならば契約してしまえばいい」
「お前はまだ契約ができる年齢ではない」
「仮、ならばできますよね」
そう自信満々に言うライルに、父である王様は元ある眉間のシワをより一層濃くして深い溜息を吐いた。
「確かに仮契約は力の及ばない段階で行う処置みたいなものだ。だがそれはお互いの深い絆があってこそのもの。嘘偽りのない、真実の気持ちが必要となる。お前にはそれだけの気持ちがあるのか? そしてその聖獣が同じだけの気持ちで応えてくれると思うか?」
「やってみないことには分かりません」
息子の頑なな姿勢に王様は呆れたような溜息をまた吐いた。
「……そこまで言うなら仮契約を交わすといい。ただし、一週間待て。準備をして、必要な人員を備える」
「分かりました」
……はっ!今一瞬意識が飛んでいた。
辺りをキョロキョロと見渡すが特に変わった様子はない。どこまで話は進んだのだろうか。おれを選んだことまでは意識ははっきりしていた。
「ということで、西の商人よ。貴殿の罪名は仮契約以降としよう。何せ息子の方が法を犯しかねないのでな……」
えっ、どゆこと。なんか分かんないけど、とりあえずおっさんは一瞬ぽかんとしてから意味を理解したのか嬉しそうだった。わからん。
そしておれはと言うと……
「このまま契約できないとなると本当に法に反しただけになりお前を罪に問わなければならん。仮契約まで共にいて少しでも絆を深めるといい」
王様はそう言って、おれをライルに預けた。
色々聞きたいんだけど契約って何?仮契約って何?当事者に対する説明はなしなの?
頭にハテナを浮かべたまま、おれはライルと一週間という期限付きで過ごすことになった。
とりあえず楽な生活が一週間は味わえるみたいだ。
・
・
・
「……」
「……」
王様と別れてから数時間。もう日が落ちてきて部屋がオレンジ色に染まる。
今何をしているかというと、ライルの部屋で本を読んでいる。ライルが。
おれはずっと寝ていたんだけど、さすが寝すぎてもう寝れなくなってしまった。大木の下にいた時は数日寝腐るのなんか余裕だったのに。慣れない環境の所為かな。
てな訳で暇だったので、おれも本でも読もうかとふと思い立った。本棚にのそのそと近寄り、一番下の段の取りやすい本を選ぶ。うーん、適当にこの赤茶色のやつでいいか。
決まったらあとは引き抜くだけ。……と思ったら思いの外これが抜けなかった。ぎっちり本を詰められていたようで、いくら引っ張ってもおれの力ですら抜けなかった。
……何故だ、あの時の蜂の巣を落とした時の力は偶然だったというのか。おっさんから誘拐されそうになった時の攻防の末の勝利もまぐれだったというのか。
いやそんなはずはない。おれは熊にして聖獣だ(聖獣ってどんなもんか分かんないけど)、こんな本になんて負けるわけがなーい!
両手で本を掴み、ぐいーっと引っ張る。すると手応えがあり、おれの体が後ろに傾く。勢いそののままに、おれの体はくるんと一回転した。手には何も持っていなかった。
……動物の体が憎いっ!
「……何をやってるんだ」
ライルの呆れたような声に振り向くと微妙な顔でおれを見ていた。
違うんだ、暇だったからこの本を取りたかっただけなんだ。決して後ろ返りして遊んでいたわけじゃないんだ。
何とか分かってもらおうと再び本に近付いて、全く動いた気配のない赤茶色の本にまた触れる。
「……引っ掻いて傷つけるなよ」
違う!
分かってもらえなかったモヤモヤはライルの足元をウロウロして集中を切らすということで発散した。眉間にしわを寄せた顔は王様そっくりだった。