グラフィス城の王
気付いたら赤い絨毯の上にいた。
いつの間にこんな場所に……と思ったけど今まで寝てたんだから気付かなかったのは当たり前だ。
森に別れを告げたあの後、いきなり目の前の風景が変わりおれとおっさんは見知らぬ部屋の中にいた。
おれが周囲の観察を終える前に、おっさんはやや急ぎ足でおれの身を綺麗にし始めた。お風呂からブラッシングから歯磨きから何から何までをばばばーっと終わらせる。その間、おれは寝ていた。風呂は起きていたが船を漕いでいた。そこからの記憶は朧げで、たまにはっと目を覚ますくらい。
おっさんの顔が目の前にあって大変気持ち悪かったからすぐに目を瞑ったのは覚えている。忘れたい。
そして気付けば赤い絨毯の上にいた。おそらく城の中。なんだっけ城の名前、外国みたいな名前だったのは分かるけど……まいっか。
まだ眠い脳を無理に起こそうとはせず、とりあえず周囲の確認だけしておく。視線だけ動かして周りを見るとおれの他にも動物たちがいた。
ドーベルマンのような犬、でかい高そうな猫、凛々しい真っ黒な馬、賢そうな鷹、そして真っ白な子熊のおれ。
動物たちの側には決まって人が立っていた。
その人たちは正面を向きながらも何か話をしていたのでちろっと聞き耳を立ててみる。
「あなたたちのは体の大きいものばかり、でかければ強いなんてまるで馬鹿の一つ覚えですね」
「よく言うぜ、東の商人。鷹は確かに賢いがそれは躾がされているからだ。その点犬は飼い主に忠誠を誓う、側にいれば尚更それは強くなっていく」
「犬も鷹も、言うことを聞くばかりで気高さがない。陛下の側に仕えるのなら猫のような誰にも靡かない気高い気品ある猫こそが……」
「お前たちの言う賢さも忠誠心も気高さも馬は併せ持っているぞ?」
聞く意味のない会話だった。
それならばと目を瞑ったところで、声高々に笑う声がした。
「揃いも揃って、どこにでもいる家畜ではないか!」
このうざったい話し方……
「なんだと西の商人!」
「ギリギリになって来ておいて言いますね」
「諦めたのかと思ったが」
「だいたい……あなたの連れてきたそれはなんだね」
「ホワイトベアーだが?」
「そんなこと見れば分かる! 言いたいのはそいつがまだ子供だということだ!」
「それにさっきから起きようとじゃないですか。全く躾がなされていない」
「これから王に会うというのに、ふてぶてしい」
「頭が悪そうだ」
やはりおっさん、いたのか。全く気配に気付かなかった。気付きたくもなかったけど。
それにしてもすごく内容が幼稚すぎる。超絶くだらないしどうでも良い。自分のことを言われてるのに怒りすら湧かない。
動物たちの方が優雅というか、大人しいぞ。
『ダン!』
室内に響き渡った音に目を向けると、王が腰かけそうな椅のある壇上から少し離れたところに立つ騎士が、持っていた槍みたいなので床を突き「静粛に!」と告げた。
さっき言い合いながら王に会うと言っていたということは、これは王様の登場に違いない。
静まり返る室内。さっきまでの喧騒が嘘のように、おっさんたちが深く礼をしていた。やっぱり。
大変だねー、おれ動物でよかった。
王様らしき人物が入ってきて椅子に座った。
「顔を上げよ」
威厳のある低くて深い声だ。けど見た目まだ若い。30代くらいに見えるけど、王がそんな若いわけない。
眉間に寄ったシワは癖なのだろうか、それが余計に威圧感を醸し出している。黒の短髪は良く似合うし、何より顔が整っている。これが俗に言う美形か。