おわかれ
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この間二人が案内してくれたのは木の上にぶら下がっていた、蜂の巣だった。
もしかしておれが熊だからイコールはちみつ、という発想になったのか?某黄色い熊さんのように。
なんて思ったが蝶が『数日前から甘い匂いがするのよ! あんたなら取れると思ってね』と言った。全く違かった。まず本物の熊がはちみつを好んで食べるのかどうかおれ知らない。そして自分が食べたかったのね、蝶さんよ。
それにしても人間だった頃の記憶が全く無いというのに何故黄色い熊のことは知っているのだろうか。この体は不思議なことが多い。でもおれの記憶の中の黄色い熊さん、目線入ってるけど。
『ちょっと何ぼんやりしてるのよ!』
蝶の声に意識が現実へ向けられる。
そうだった、これをとらなければならないのか。
とりあえず落とせばいいのかなと軽い気持ちで試しに木に体当たりすると、凄まじい音が森に響きわたり、その音で木に止まっていた鳥たちが鳴きながら空へ飛んで行った。
……おれ、子熊だよな?
蝶は『意外とやるじゃない!』と褒め、鳥は『ちゃんと動物らしいところもあるのねぇ』と言っていた。
蝶は子供っぽいと気付いていたが、鳥は大人っぽい割に天然なところがあるみたいだ。
気付いてくれ、普通の子熊はそんな力はないはずだし、餌は親熊がとってくるものだと(多分)。
そんなこんなで巣は落としたものの、蜂に追いかけられた。当たり前だ。
でも確かに、鼻が良い匂いは嗅ぎ取っていたので負けじと全部やっつけた。勝利の後のはちみつは美味かった。
あの味はきっと忘れないだろう。
…………もう一回食べたら忘れないはず。
そして現在。
「なんと! こんな森に白いベアーがいるなんて!」
不穏な気配に目を開けると目の前に衝撃!みたいなポーズをしたちょび髭を生やしたおっさんがおれを見ていた。
「しかもまだ子供……これならまだ幼い殿下にもぴったり。きっと選んでくださるはず! そして金貨がザックザク……ふふふ、ふふふふ」
変態か。
目の前のおっさんは妄想に浸り気持ちの悪い笑みを浮かべている。実に気持ちが悪い。
今のうちに逃げるかとのそりと起き上がったおれに、運悪くおっさんも気付く。これでは逃げられない。だって逃げたところで目の前はおっさん、捕まりに行くようなものだ。
「さぁ出てきなさい」
おっさんはおれを大木の穴から出そうと体を掴んだが、咄嗟に地面に食い込ませた爪の所為で手こずる。
「ぐっ、なんだこのホワイトベアは! 凄まじい力だ!」
ううぅぅ、負けてたまるかぁぁ。
今までにないほど本気を出す。寝起きに水を飲もうと川にそのままダイブしてどんぶら流された時以上に本気出してる。すごい。
しばらく続いた戦いは、おっさんが諦めたためおれの勝利となった。
「し、仕方ない。こいつは諦めよう」
ふぅ、疲れた。さっさと行っていいよ、おれ寝るから。
そう、一眠りつこうと思った時、おっさんの言葉でおれの眠気が飛んだ。
「ならば本来の目的の”青い羽の鳥”を探しに行くか……」
ピクリと丸い耳が反応する。
青い鳥、それはおそらくおれの面倒を見てくれてる鳥のこと。あの鮮やかな青い羽を持つ鳥はそうそういない。この森以外に行ったことないから分からないけど、きっとそうだろう。
それはダメだ、鳥は蝶の友達だし何より鳥は女の子。こんな気持ち悪いおっさんに誘拐されるなんてトラウマ以外の何物でもない。
うーん……これは致し方ない。
おれは大木の穴からそっと出た。
おっさんがそんなおれに気付き目を輝かせる。そして恐る恐るおれを持ち上げた。
「なんと! さっきので私を認めたということか。そうかそうか、ならば行くとしよう! 何、悪いようにはならないから安心するといい」
勘違いも甚だしいが、まぁ良いだろう。鳥のことは頭から離れたようだし。
「むしろこれから行くのはグラフィス城。世界に誇る王のいる城だ、裕福な暮らしができるぞ」
その時、おれの頭の中ではこう変換された。
裕福=楽な暮らし
なかなか悪くないかもしれない!
今まで世話になったよ、蝶と鳥とそして大木。幸せに暮らすんだよ。
森に別れを告げると、おっさんと子熊の姿はその場から消えた。