ライルと一緒 四日目 (ライル視点)
振るった剣が白い霧を割く。
心を落ち着かせ次はどう動くか考え無駄のない動きで手に馴染んだ剣を振るう。
俺はこの一国の王子としていなければならないと今日も強く思いながら。
朝日が昇り始める頃に部屋に戻ると変な音が聞こえてきた。音のする寝室に行くと鼻ちょうちんをぷうぷう鳴らす小さな白い子熊がベッドで丸くなって寝ていた。まだ起きそうにないことを確認して汗を流しに浴室へ向かった。
着替えを済ませ濡れた髪をタオルで拭きながら寝室に行くと子クマはまだ寝ていた。寝相だけが変わっていて仰向けに腹を見せた状態で寝ていた。野生だったはずなのに警戒心どころか野生味が全くないこの子熊はちょっと変わっていた。
聖獣というのは食べるという概念がないらしく、聖獣について詳しいものが来るまで文献で調べたところ聖獣は物を食べなくとも生きていける生き物だという。
しかしこの子熊は好んで物を食べようとする。一昨日、人の食べたものを食べたと聞き昼と夜も俺と同じものを与えた。だがその晩子熊は吐いた。きっと人の食べ物を受け付ける体ではないのだろうと文献を漁れば、案の定とでもいうか、物自体食べないという。それでも俺がご飯を食べているとじっと見て物欲しそうによだれを垂らすものだから仕方なく果物を与えたら喜んで食べていた。本当に聖獣なのか怪しく思った。
さらにもうひとつ。
聖獣は睡眠をとらないのだという。全くというわけではないが、聖獣の”寝る”というのは深い眠りにつくことではなく”体を休める”という感覚に近いものらしい。つまり寝ているわけではなく、ただ横になっているだけということ。
と、言うのに。
未だ起きる気配のないこの白い獣は夜中一回も起きることなくこうしてぐっすりと寝ているのだ。不思議でしょうがない。読んだ文献が間違っているのか、はたまた聖獣によって違うのか、それとも父上の間違いだったのだろうかとさえ思えてくる。それはないと思うが、疑惑しか湧いてこない。
パチンと大きくなった鼻ちょうちんが割れた。起きるかと様子を伺うが、子熊はピクリと反応したもののまた眠りについた。呆れるほどよく寝る獣の白い腹の上に手を乗せる。呼吸に合わせて上下する腹は暖かい。
今更聖獣じゃなかったと分かったとしても納得はするが、森に帰したところでこの子熊が生きていける気がしない。たくましく生きる姿も想像がつかない。餓死するかひたすら寝ているところを人間や獣に連れて行かれる姿が目に浮かぶ。
そうなったら、自分はどうするだろうか。
聖獣じゃないと分かっても自分は側に置くだろうか。横に並んだ動物たちの中からこの白い子熊を選んだのは単なる気まぐれと父上に対する反抗心。それから利用価値があるかもしれないと思ったからだった。利己的な自分が少し嫌になるが、俺は将来この国の上に立たなければならない。ならば今のうちに自分の味方になるものを見極めて側に置く必要がある。
そうだ、俺は一国の王子。
だからこの白い獣がただの獣だと分かれば、俺は簡単に手放さなければならない。
俺には父上の様に皆に慕われるカリスマ性など無ければ俺のために動いてくれる兵も無い。ならば弱く見られない様に努力するしか無いのだ。それが正しいと信じて進んでいくしか無いのだ。
そっと獣の腹の上から手を退けると、ゆっくりと瞼を開き黒い目が俺を写した。けれどまだ意識ははっきりしていない様で焦点が合っていない。
「……お前は、そんな俺をどう思うかな」
思わずそんな言葉が漏れてはっと我に帰る。
獣相手にそんなことを言うなんて、どうかしてる。
ベッドから離れた俺の後ろ姿をじっと見ている双眼があることには気付かなかった。