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子熊のせかい  作者: 日野
幼少期
1/12

はじまり



鳥の鳴き声が響く森の中を、のそのそと歩く小さな動物がいた。


気だるげに歩く動物の側では蝶がまるで急かすかのようにパタパタと飛ぶ。そして動物の先には綺麗な青い羽根をした鳥が飛んでいた。

時折その場でくるくると回って動物が追いつくのを待つ姿は、案内をしているようだった。



いや、事実そうだった。




『ちょっと、はやくはやく! 他に取られたらどうするのよ!』


『相変わらずマイペースねぇ。貴方のような野性味のない熊は初めて見たわ』



蝶と鳥に急かされながら歩くがスピードは変わらない。言い返しもしない。

代わりに心の中で呟いた。



(熊は熊でもおれは子熊だ……野生の本能なんてまだ発達してない……)



ちらりと二人(二匹)に視線を向けると『ほらあともう少しだから』と言われ、のそのそと歩いていく。


反論したところで言い返されるのが目に見えてるので何も言わないが、それ以上にこの二人には感謝しているので文句は言えない。何せいつも食料の在り処を教えてくれ案内までして、おれが飢えないようにたまに様子を見に来てくれるのだから。



二人に初めて会ったのはもう一ヶ月も前のこと。日が経つのは早いものだ。




さっきも言ったが、おれは子熊だ。

しかし、覚えている限りでは前はそうではなかった。



あの日のことはまだはっきり覚えている。








ふわふわと意識が覚醒していく中、鼻が土の匂いと草木の匂いを感じ取った。

やけに濃く香る匂いに目をゆったりと開くと、視界がやけに低かった。地面に寝ているんじゃないかという高さだった。


ぱちぱちと瞬きをしてから欠伸をこぼす。

むくりと起き上がってみても地面にやけに近くて「おや?」と思い、下を見ると白いもふもふとした動物の手が目に入った。

動物を踏んでいるのかと、まだ寝ぼけている脳はそう思い、避けようと手を持ち上げると動物の手が一緒に上がった。


なんだこれはともう一度下ろすと地面にペタンと下りた。きょろきょろと辺りを見ても自分の手は見当たらない。

もしかしてという予想を試しに手をもう一度上げて見ると動物の手が上に上がり、くるりとひっくり返すと手のひらの肉球が現れた。



なるほど、つまり。

この動物の手はおれの手か。


そう納得してからしばらくこの動物の体を動かしてみる。四つん這いで歩くのは少しばかり違和感があり苦戦した。何せおれは、人間だったはずなのだから。

けれど人間だったという記憶はあっても、自分がどういう人物でどういう環境にいたのかがさっぱり分からなかった。思い出せなかった。記憶の中にぽっかりとそこだけ穴が空いてるように、思い出そうとしても何も無いようだった。



ようやく歩き慣れたところで欠伸がこぼれ、眠気に襲われたおれはそのまま眠りについた。




次に目が覚めた時、外に出てみると自分がどこにいたのか分かった。

どうやら木の根元に自然とできた穴に、自分はいたようだった。それもかなりの大木。


喉が渇いていたので、起きたついでに水でも飲もうとその場を離れる。動物になったからか川の流れる音が聞こえる。

音を辿っていくとちゃんと水の飲めそうな川にたどり着いた。あまり遠くはなかったので助かる。遠いと行く気がしないだろうから。これから何度も来ることになるのは目に見えてる。


さぁ早速飲もうと水に顔を近付けたところで、おれが自分の姿を認識していなかったことを思い出した。何故今なのかというと、水辺に動物のーー小さな熊の姿が写っていたから。

どうやら自分は動物でも成長すればかなり大型の、種類によっては危険な熊の子供だったようだ。じっとその姿を眺めて、ほう……これが今のおれの姿か。なんて意味ありげな風に納得してから、水飲みに移行した。

がぶがぶ飲んで満足したところでもといた場所へ戻る。不思議とお腹は空いていなかったので水だけで十分だった。

木の根元にずっといたからもとの場所の匂いは覚えていたので迷わず帰ってこれた。


それから数日は眠りこけていた。

なぜだかこの体は栄養をそれほど必要としないようだ。おかしいな?でもそれならそれで楽だから構わない。何より人間から熊になったんだ。何が起きても不思議じゃなかった。



どれくらい経ったか。突然周りを何かが飛んでいる気配で目が覚めた。眠気まなこで周囲を見渡すと蝶が忙しなく飛んでいた。そして大木の外では青く鮮やかな色の鳥がこちらをじっと見ていた。



ーーそれが、今現在おれを急かしている二人だった。



どうやら気付かぬうちに観察されていたようで、おれがずっと眠りっぱなしだったことを心配してくれたようだ。その日から二人はおれの世話を焼くようになった。


言われてみれば、今は冬という冬眠の季節でもないのに寝すぎたかもしれないなと後から思った。

けれど眠いのだからしょうがない。



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