雑談。
初めて入った時には気がつかなかったが、部屋にはほとんど何もなかった。
横にやられた布団。食事用の小さなテーブル。こじんまりとしたタンス。たったそれだけ。
窓はない。
蛍光灯の明かりだけが部屋を照らしている。
守は持っていた食事を机の上においた。
「敷物も何もないですが、どうぞお座りになって。」
「うっす。」
勧められるがまま玲子の目の前に座る。
玲子は正座だったので、守もそれにならった。
二人の間に静寂が流れる。
守はどうしていいかわからず、ただ膝に上品に添えられたしわのある手を見つめていた。
最初に口を開いたのは玲子だった。
「…私ね、旦那に捨てられたんですよ。」
「え?」
「ああ、ごめんなさいねいきなり。」
「い、いえ。」
守が慌てて首を振ると、玲子は少しほっとしたような顔をした。
「もしよければ、聞いてくださる?」
「うっす。」
守はどうしようか悩んでいたが、玲子はそれを承諾と捉えたようだ。
「旦那は私より5つ年下だったの。だから若い子に目移りしないよう必死だったわ。でも…浮気してたの。よくある話だけどね。」
守はなんていっていいかわからず静寂を貫いている。
「浮気には気づいていたけど、それでもあの人のことが好きだったの。ばかよね。ある日目の前に離婚届を差し出されたわ。」
「私は別れたくなくて断ったの。旦那はあっさり引いたけど、それが罠だった。その日の夜ーー私が寝ている間にここに連れてこられたわ。」
「そうだったんですか…。」
美雪にそっくりな唇から語られる過去。
それが何を意味しているのか、守にはよくわからなかった。
「ああ、ごめんなさいね、急にこんな話をしてしまって。」
「い、いえ。」
「なんだか貴方には話してもいいと思えたの。見ず知らずの老人の愚痴を聞いてくれてありがとう。」
「…寂しくないですか?」
「え?」
玲子の表情が曇る。
「その、俺また昼に来ますんで。よかったらまた…。」
しどろもどろになりながら、なんとか言い切る。
ばあちゃんではないと分かっていても、やはり少し思い出してしまう。
玲子の顔の陰りは消え、かわりに優しい笑みがもどった。
「ありがとう、嬉しいわ。お昼もよろしくね。」
「は、はい!」
それだけ言うと、ご飯が冷めるからといい守はそそくさと部屋を出た。
美雪がいなくなってからあいていた穴が、ちょっぴりだけ埋まった気がした。




