就職。
心地いい初夏の風が窓から吹き込み、そっと頬を撫でる。
守は、美雪がそばにいたような気がして目を覚ました。
体を布団から起こす。
それまで身を包んでいた灰色の上下スウェットを床に脱ぎ捨て、洗濯したまま放り投げてあった黒のジャージに着替える。
守は両親と同じ家に住んでいる。といっても、食事などは完全に別だ。
家があって光熱費を支払わなくていいだけありがたい話ではあるが。
そんなわけで、朝食は自分で用意しなくてはならない。
服と同じように雑多に積み上げられたカップラーメンのひとつを掴み、ポットでとぽとぽとお湯を注ぐ。
ずっしりとした熱さを手に入れた容器をそのままに、守は玄関へと向かった。
目的は新聞だ。
両親はまだ起きていないようで、家の中は静かだ。
郵便受けに刺さっていた新聞を抜き取り、両親を起こさないよう急いで部屋に戻った。
「えーと、仕事募集…。」
ばさ、とインク独特の匂いがする新聞を広げる。
そのとき、一枚のチラシがぴらっと落ちた。
「んだこれ?」
拾い上げてみる。
「『急募、社会的弱者保護施設スタッフ!学歴、職歴は問いません!面接希望の方はこちらにお電話ください!』ねぇ。」
どうやらこの辺りの施設がスタッフを募集しているらしい。
職歴不要というのはバイト生活の長かった守にとってありがたい話だ。
…施設名が若干気になるところではあるが。
守はぽりぽりと頭をかく。
「とりあえず電話してみっかな。職歴不問なら俺みたいなのでもなんとかなるかもしれん。」
メシ食ったらかけるか、と守はのんきにラーメンをすすりだした。
ーーーーーーー
「合格です。」
「は?」
目の前の男は唐突だった。
面接会場だと指定されたビルの住所を調べ、指定時刻の昼一時にジャージ姿のままやってきた。(スーツはカビが生えていたので諦めた。)
それだけで合格?
さすがにないだろ。逆にこの会社が心配だ。
「今、なんて?」
「ですから、合格です。」
あ、この会社だめだわ。
守は顔をしかめる。
「ああ、そんな不信感に満ちた顔をなさらないでください。もともと人手が足りていなかったので、どんな人が来ても合格にするつもりだったんです。」
男は少し困り顔になった。
「あ、そうですか。」
さりげなく距離をとる。
怪しい感じしかしない。やはりこのまま帰るべきだろうか?
「うちの施設まで行って仕事内容を説明しますので、車に乗っていただいてもいいですか?」
あくまで紳士的に、ひょろっとした黒スーツ姿の男はそう言う。微笑を顔に貼り付けて。
守はますます懐疑心が募っていった。
「あの、俺腹の調子が…。」
「説明を聞いて頂ければ、その場で初任給お支払いします。」
「乗ります。」
金がもらえるなら話は別だ。
「では、こちらへ。」
どこにでもありそうな白い車に案内される。
守は金をもらえる嬉しさで意気揚々と乗り込んだ。
もう二度と家に帰れなくなることも知らずに。




