香辛料のあんかけご飯 3
そんでもって多分夜になった――――地下に落とされてるもんでよく分からないが落とされてから調理魔法『調理時計』で計っていたのでそろそろ頃合だろう。
俺は今、水中に潜んでいる……貴族様との対話に俺が居ては面倒なことになるだろう一応隠れている。
居ないことを不自然に思われたら身投げした事にしろと指示しておいた。とにかくあの鉄格子を開けさせないと話にならないからな……調理魔法で切断できるのはあくまでも食材に出来る有機物に限られる。
「大丈夫でしょうか?」
鉄格子の前で座り込みながら独りごちるティーナ、不安なのは分かるが黙っといてくれ――――貴族様がいつ来るかわかりゃしない。一応この作戦においては主要な餌として働いてもらっている彼女にはこの戦いが終わった暁には俺のとっておきのディナーをご馳走せねばなるまい。
やがて……コツ、コツ――――鉄格子の向こうの薄暗いところ……階段だと思われるところからうっすらと灯りと数名の足音が聞こえてきた。
現れたのは五人、先頭は男爵、その後ろの四人はいずれも服装から判断して貴族様達だろう……護衛もつけずに来るとはいい度胸だな。ま、その様子を見る限りティーナとお楽しみすることしか考えていないようだ。
男爵はニヤニヤ。ある者は眼鏡を仕切りにかけ直したり、ある者は腹を両手で摩っていたり、ある者は爪を噛み、ある者は……ズボンを履いていなかったり。
「どうかね? 少しは身の振り方を考えたかね、ティーナ」
いやらしい笑みを浮かべた男爵が鉄格子の前まで寄ってきた。ティーナを見て舌なめずりをする様は激しく俺を苛立たせるがここはグッと堪える。
「……はい」
やけにしおらしい態度を取るティーナに男爵は疑問も持たずに満足そうに頷きコートのポケットから鍵束を取り出した。さあ……開けたがお前達の最後だみんなカレーの具材にしてやるよ。
「そうか、なら今開けてやろう」
鍵穴に鍵を差し込む男爵に――――背後から待ったをかける声が上がった。
「おい、確か彼女の他にもう一人落としたんじゃなかったのか? どこに行った」
眼鏡をかけた賢しい感じの貴族だ、全く余計なことを……。
「ティーナ……彼はどこに?」
おっと男爵も覚えていたか……さて、指示通りに言えるかな?
「えっと……落ちてきた時に、打ちどころが悪かったらしく……水中に」
「なんだと!?」
指示通りではないが、ともかく死んでいるようには言ったな。
男爵は慌てる素振りを見せると急いで鍵を開けて中には入り、ティーナを素通りしてこちらへ近寄ってきた。
俺の死体を探るように水面を覗き込む――――俺は自身に調理魔法で湯切りの要領で水中から飛び出し、水気を切りながら飛び上がると男爵に掴みかかり首筋にフォークを突き立てる。
「動くな……動けば殺す」
とは言えこの手で殺しをしたことはない、全て食死霊か死食料によるものだ。ぶっちゃけ手が震える。
「貴様ッ!」
男爵が唾を飛ばす、しかし何もできない。他の貴族も動きを止めている。
「何が目的だ……金か? 女か? こんなことしてただで済むとは思っていまいな? 上には警備の者が百も居るしさらに公爵が一人二階の寝室にいるのだ、貴様ごとき家畜簡単に殺せる。もし私を解放するのならば命だけは助けてやってもいいぞ」
やってもいいってのは一番信用ならない言葉だ、確定事項じゃないからな……ま、それを除いても家畜如きに約束する貴族などいない。
「目的はお前らの殲滅だ、別にこんなことしなくてもいいが……ベラベラと警備の人数を言ってくれたおかげで助かった。」
首筋にフォークを突き立てている男爵は身動きも取らないが、他の貴族がじわりじわりと鉄格子の方へ近づいていき扉を閉めようとしていたので、そろそろ食死霊に出てきてもらおうか。
俺はフォークを持った手を男爵の首筋から離し、腕を水平に構えて振り下ろした。
すると、鉄格子の向こう側の天井からどさりと茶色い物体が降ってきた――――カレーだ。
予め鉄格子の隙間から向こう側へカレーを移動させ天井に張り付かせていたのを今の合図で落としたのだった、貴族たちは悲鳴を上げる暇もなくカレーに飲まれて溶けてしまった。
貴族四人を飲み込んだカレーはズルズルと身を引きずりながらこちらへとやってくる。途中ティーナとすれ違う際に彼女を嫌がるように迂回しながら這寄ってくる彼に向かって俺は仲間が飲み込まれたことがよほどショックだったのか呆然としている男爵を投入する。
「あ」
それが男爵の最後の言葉だった、とぷんと音を立て消える男爵――――呆気なかったがまだ一人メインディッシュが上にいるらしい。俺は腰が抜けてしまったらしいティーナを拾って肩に担ぎ、カレーを従えて上の階へと上がっていった。