香辛料のあんかけご飯 1
俺はティーナに連れられてとある屋敷へとやってきた。
あの路地の後にジョイルに早急に殺して欲しい奴がいると言われたからだ。
階級は男爵――――この屋敷にはその他にも何人かの貴族がいてそれぞれに個室が与えられている。
「それで、どういう段取りになっているんだ?」
俺たちに与えられた部屋に入るとティーナは部屋の扉を施錠した、未婚の男女が同じ部屋で施錠までするってのは人間では考えられない行為だが、俺たちマナイーターではそういうのは気にされない。
「確か、私の腕を見込んでここの男爵様が一度貸してくれないかとジョイル様に頼まれたそうで……あまりいいお噂は聞かない方ですのでジョイル様は渋っておられたのですが、それならば一人料理人を付けていいということだったので」
「それで俺に目をつけたと? それにしては都合が良すぎないか? 俺がアンタらの話に乗る保証はないし、それに俺がどこにいるかなんてそれこそわからないだろう?」
「それは……ソースという男をご存じですよね? 彼は実はジョイル様の庇護下にありまして」
なるほど、そういうことか。ソースという男は俺がよく貴族の情報を買う情報屋だ、そこから漏れたのか?
「ソースもマナイーターだと安心していたがまさかジョイルの部下だったとはな……それじゃあ何か、あいつから買った情報はもしかして全部ジョイルからのものだったのか?」
「はい、一応そういうことになりますね、意図的に操っていたようなものですが、どうかジョイル様を許してください。あの方は本当にマナイーターのためにと尽力してくださっているのです」
それは……分かるとは言えない、まだ付き合いは浅いし何より殺しを依頼するような奴だ。真っ当な人間のすることではないはずだ。
「認めるつもりはないが、一応心に留めておく」
「ありがとうございます、今はそれだけで十分です」
それにしても――――追先ほどまでかなり俺に対して嫌悪感をむき出しにしていたやつとは思えないな。
「なあ、アンタさっきまでとかなり俺に対する反応が違わないか?」
「そうですね、先程まではジョイル様に危害を加えかねない危険人物と認識しておりましたが、ジョイル様とのやり取りを見る限りはとても人喰と言われるような野蛮人ではなさそうですし……それに同族ですからね。私は、同族の殿方と一緒に行動するというのは始めてなので、その……ワクワクしています。」
「なるほどな……それを言えば俺も同じだが、肉親以外で女のマナイーターなんて見たのは久々だし、そもそもマナイーターってのは群れる種族だ。一人でいるより二人以上の時の方が気持ちが高ぶるもんらしいぞ?」
全ては師匠からの受け売りだがな、というとティーナは不思議そうな顔をする。
「お師匠さまですか?」
「ああ、飲食魔法のだ……いろんなところに連れて行かれていろんなもんを食わせてくれた。そんでマナイーターの生態とかそういうのも全部教えてくれた……いい奴だった、いい人間だったよアレは」
「え? 飲食魔法の師匠なのに人間? 人間には使えませんよね? それにだったって?」
一辺にまとめて聞いてくるティーナに苦笑しつつ一個ずつ答えてやることにした。
「まー飲食魔法の師匠って言っても俺のいろんな料理を食わせてくれた料理人だ。マナイーターってのは食事は必要ないだろう? それは魔力を食うからだ。そして飲食魔法とは古来魔力に味をつけたりするのに考えられたもんだとかでな、師匠はマナイーターについて研究している学者でもあったんだが、マナイーターが使える飲食魔法ってのは個人によって様々だが、本来不要な食事を取ることによって味を覚え新たに習得することができるらしいんだ。そして調理魔法を習得するには実際に調理をすればいい――――だから俺の飲食魔法のレパートリーを増やして鍛えてくれたあの人は間違いなく俺の飲食魔法の師匠ってわけだ。」
「そうなのですか――――それじゃあ私も食魔法が使えるようになるのでしょうか? 私は飲食魔法で言えば飲魔法の紅茶魔法に偏ってますので料理が全くできないのですが……」
料理ができない女か……それって人間だったら相当致命的じゃないか? マナイーターは魔力が食えるなら固体だろうが液体だろうが関係ないので問題はないが。
「可能だとは思う、俺の料理を食っていればその内出来るようになるさ」
「貴方の料理ですか? でもそれって確か――――」
食えば死ぬ料理、そう説明したばかりだったな。
「それは大丈夫だ、俺の料理で殺せるのは人間だけだ。マナイーターの場合胃に入るまでに魔力に返還されて無害になるから、そもそも俺の料理は人を殺すようなものじゃなかったんだが、ある事件をきっかけになそういう能力が付与されて……さっき言った師匠も俺の死の料理を口にしたばっかりに死んでしまったんだよ」
実に嫌な事件だった……まあここでは語るまい。
「そろそろ時間ですね、恐らくメイドか何かが来ると思いますので話はここまでですね」
そうティーナが言うと同時に、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「タイミング良すぎだろ……」
ティーナが鍵を開けるとそこにはメイドが立っておりティーナに何やら話、一礼して部屋を後にした……なんだったんだ、俺には聞こえなかったんだけど。
「男爵様がお呼びだそうです……一応貴方も連れていいようですので一緒に来てください」
おっと早速メインディッシュとのご対面か、どんなやつなんだろうか? 果てしないクズ野郎だといいな……その方が俺の料理の旨みが上がるんだ。
「君がティーナか、噂の通り美しい見てくれをしているな……今夜は頼むぞ?」
髭をきっちり整えたなかなか渋い男爵様はティーナのつま先から頭のてっぺんまで舐めるように見てそういったんだが――――夜は頼むってなんだよ。
「あの……仰っていることがわからないのですが、今夜というのは夕食ということですか? でしたら私ではなく彼に、私はあくまで茶道師でして料理の方は作れませんので」
「何を言っている、夜伽の相手に決まっているだろう。今夜は私の友人も招いて複数人で可愛がってやるから感謝しろ」
ま、そういうことだろうとは思ったがこれは旨い奴になるな……と、不謹慎なことを考えていたが夜伽の相手を指名された当の本人は怒りからか微かに震えていた。
「お断りします! 私はそのようなことをするために遣わされたわけじゃありません。」
「ん? しかし貴様の雇い主からはちゃんと許可を取っているぞ? その代わり十分な見返りも求められたがな」
どうやらジョイルもこのことは承知の上――――そして俺を同行させたってことは要するにこいつらやっちゃってもいいんだよな?
「できません、私の体、いえ血の一滴に至るまでジョイル様のものです!」
そのジョイル様が許可しちゃったんなら拒否権はないんじゃないかな……マナイーターの生き血は正直どうでもいいが人間の生き血はスープに混ぜると絶妙なコクを生む。
そうだな男爵にちなんで芋とスープ……カレー何かにしたら良さそうだな、他にも食材は居るようだし。
「ふっ、強情だな……まあいい、今は頭を冷やしてもう一度よく考えてみることだな。どうすれば自分が雇い主の役に立つかをな。」
そう言うと男爵様は指を弾き鳴らすと俺とティーナは不意に浮遊感に襲われ――――床に空いた落とし穴に落下した。