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第十七話 Re:Start・前編

アイルビーバックと言ったな。あれは本当だ。


 鬼口との戦いが終わって、季太朗は即座に救急車を呼んだ。自分はともかく、害霊に憑依されていた所為なのか、鬼口の衰弱が酷かったからだ。

 双方血塗れで座り込んでいる季太朗達を見て駆けつけた救急隊員たちはギョッとしていたが、季太朗が色々と端折って(多分に誤魔化しも含めて)事情を説明すると、特に何も言うことなく治療を施してくれた。恐らく、不幸にも橋の崩落に巻き込まれた男女として片がつく筈だ。


 そして今、季太朗はレミー達のいる病室にいた。鬼口は今、他の病室で眠りについている。幸い命にこれといった別状はない。と報告する為に。


 季太朗の報告を言葉を挟むことなく静かに聞いていたレミー達だったが、言葉が区切られると、


「……そうか」


 そう一言だけ言った後、深く頭を下げた。

 季太朗はその行為を止めなかった。言葉すら伴わないその行動に、どれほどの感謝の念が籠っているのか、理解したからだ。


「……ええ。ですが、気になったのはその害霊の目的です。鬼口さんの意識を残したまま俺を殺すことだと……でも、害霊がそんな明確な意志をもって動くでしょうか」


 こそばゆくなってきたのを境にして、季太朗は話題を切り替えた。その脳裏に浮かぶのは、今まで戦ってきた害霊、ひいてはそれに準ずる者たちの姿。各々方法、形は違えど、殺人をすることにここまで複雑な目的をもってはいなかった。あからさまにおかしい。

 

するとその意見を聞いたレミー達の顔が引き締まる。つい先刻までの打ちひしがれた顔ではない。

 戦士の顔だ。


「ああ。やはり、裏で誰か糸を引いてるとみて間違いないな。アイラが起きたら詳しく情報を聴いてみたい所だが……今日ばかりはゆっくり、寝かせてやりたい」

「そうですね」


 季太朗は更にも言わず賛同する。致し方なかったとはいえ、腹部に銃撃をぶち込み、あまつさえ脳震盪すら起こさせたのだ。鬼口の体にダメージが非常に蓄積していることは、火を見るより明らかだった。体を休ませることが、今は何より重要だ。


「季太朗くんも、今日はもう疲れたでしょう。家に帰ってゆっくり休んだ方がいいわ。風香ちゃんも、待ってるでしょうし」

「……そう、ですね」


 アンジュからの提案に、季太朗は素直に頷く。

 消耗の酷さは季太朗もどっこいどっこいだった。肉体のあらゆる場所は切り刻まれ、走り回った所為で足腰は悲鳴を上げている。

傍から見れば入院しても問題ないレベルの大怪我だ。彼の体は早く休ませてくれ、と悲鳴をあげていた。

 

季太朗自身今すぐにでも倒れ込めば眠りに落ちれる自信があったが、家に風香が待っているのならば帰らねばと自らの体に鞭を打つ。ああだが、いつもの如くズタボロになったこの姿を見たら、また彼女を悲しませてしまうだろうか、と季太朗の顔が曇った。


「また明日来ます。あと、ちゃんと鬼口さんと、仲直りを」

「……言われるまでもねえさ」


 それだけのやり取りを交わして、季太朗は病院を後にした。



『最近、全国各地にて行方不明者が、増加しています。戸締り、夜道には気を付け……』

 

 無機質な音声で注意喚起をする警察の巡回車を横目に、季太朗は自宅のアパートの鉄骨製の階段を、固い音を響かせながら上っていく。

 一歩歩くたびに骨に走る鈍い痛みに顔を歪ませながらも、季太朗は自宅に帰ってきた安堵感に包まれていた。


「おお、痛て。さすが鬼口さん、斬撃の威力が半端ねえな。ステラは大丈夫か」

「んん……あちこちズキズキするけど、きたろうにくらべたら、ぜんぜん」


 にこっ、と笑顔を作って見せるステラに、思わず彼の頬が緩む。本当は笑顔なんて作れない位、辛いだろうに。

 気付いた時には、わしゃわしゃと彼女の頭を撫でていた。


「ん、」


 ステラも何も言わずに、その心地良さを享受する。


「お互い今は、ゆっくり休もうか。はは、こんなボロボロな格好じゃあ、風香になんて言われるか。一緒に怒られてもらうぞ?」

「う……。ふうか、おこるときたろうよりこわいし……。いやだなあ」


 あの世話焼きのことだから、きっと誰よりも怒った後に、誰よりも悲しんで、誰よりも心配してくれるだろう。季太朗は確信にも近い思いを抱く。自分達の帰りを待って、まだ夕飯も食べてないに違いない。

どんなに疲れていても、ちゃんと作ってくれた飯ぐらいは、一緒に食べよう。


 彼は扉を体全体で押し開けるようにして、家へ上がった。


「戻ったぞ風香ー!」


 大きな声で彼女に帰還を報せる。季太朗の予想ではすぐに、彼女は姿を見せる筈だった。

 ……だがいくら待てども、彼女は姿を現さない。


「ふうかー? ふうかー!」


 ステラが二度に渡って名を呼ぶも、また返事すらない。もしかして待ち疲れてもう寝てしまったか、と季太朗は思案する。

 だがこの瞬間、同時に彼は言いようのない不安を感じていた。それに突き動かされるかのように、季太朗は靴を脱ぎ捨て居間へ駆け上がった。


「!? なんだ、これは……!!」


 そして季太朗は、一変した我が家を見た。

 惨々たる有様だった。机はひっくり返りその上に用意されていたのだろう、温かかった料理は無残にも床にぶちまけられ、水道の水は流れたまま洗い桶から溢れ、窓ガラスは粉々に砕け散っていた。


 唖然としていた季太朗の足元に、ひらりと一切れの紙が舞い落ちた。すかさずそれを拾い上げ目を通す。


「なんて、なんてかいてあるの!?」

「…………ステラ、悪い。もう一つ、付き合え」


 季太朗の声音に、ステラはビクッと委縮した。それは彼が、本気で怒っている時の声だったから。


「風香が攫われた……!!」



 季太朗達はその後すぐ家を飛び出した。置手紙にはただ簡潔に、風香を預かったこと、無事を確認したいのなら指定された場所まで来ることが綴られていた。三文芝居でも聞き飽きたような典型的な脅迫状だが、当事者にとってこれ程、不安を煽る書き方もない。

 

 先程はゆっくりと帰ってきた道を、今度は全力疾走で逆走し、指定された場所を目指して季太朗は走った。


「クソッタレが!」

「きたろう!? 極東支部(みんな)にはれんらくしないの!?」

「却下だ!」


 交差点を減速せずに曲がりながら、季太朗はステラの提案を一蹴した。


「考えてみろ! 隊長もタカハラさんもアンジュさんもまだ療養中、鬼口さんに至っては目すら覚ましてねえんだぞ! 怪我人を関わらせられるか!!」

「でも」


 それはあなたもおなじでしょう。

 後ろに続く筈だったその言葉はステラの喉奥にしまわれた。だってそう言っても、この人は絶対に止まらない。


 季太朗は走る。

 全身を蝕む激痛など、忘れてしまえ。今、救わねばならない者がいるなら。



「ハアッ! ハアッ! ハアッ!」


 脚を止め、少しでも多く酸素をとり込もうと、季太朗は肩を喘がせた。だがすぐにそれも止め、キッと前を見つめた。

 目前にあったのは、いかにもといった雰囲気を放つ廃工場だった。壁は赤錆にびっしりと侵食され、窓ガラスがはまっていたであろう穴の向こうは、黒に塗り潰され何も見えない。昼間でさえ近寄るのを躊躇してもおかしくはなく、心霊スポットか何かと言われた方が得心がいく。


 季太朗はそこに足を踏み入れるのを躊躇わなかった。彼が足を踏みいれた瞬間、地面に積もった塵芥が宙に舞い上がった。そして――――


『パチ、パチ、パチ』

「……!」


 闇の奥から途切れ途切れに、クラップ音……否、拍手が響いた。季太朗は思わず身構える。

 誰か、いる。


「おおっと、そう警戒しないでくれ。荒々しいのは苦手なんだ」


 警戒するなとは無理な話だと、季太朗は内心、その誰かを嘲笑した。こんな常人なら寄り付かない場所に、なにより、手紙で指定された場所(・・・・・・・・・・)にいるのだから。


「……風香を返してもらいに来たぞ」

「ありゃ、相当怒ってる? やっぱあんたおかしいよ」


 こちらの発言を全く意に介さず、ヘラヘラした返事を返すその人物を、季太朗は暗闇の中睨みつける。


 その時だった。空高く、朧雲に隠れていた月が姿を現しその光を地上に落とした。季太朗の目の前の一面の窓ガラスがそれを透過させ……男の顔を青白く照らし出した。


「お前は……!」


 季太朗は、すぐに思い当たった。事が起こる前、道端ですれ違った白髪の黒づくめの男。そいつが、無造作に積み上げられたガラクタの上に腰掛けていた。

 同時に照らし出されたのは


「き、たろうさま……?」


 両手を頭上で縛られ、天井から垂らされた一本の縄に吊り下げられた、風香だった。普段から身につけている無地の着物は泥塗れで、白く傷一つなかった肌に幾筋もの切り傷が走り、血で染まっていた。

 

季太朗の頭に、血が上った。


「ふうか!!」

「てめえッ?!」


 風香をこうした元凶であろう男につめ寄ろうとした季太朗だったが、次の瞬間、足を止めた。いや、止めざるをえなかった。


 殺気が、幾つもの殺気が自身に降り注いでいるのを感じたからだ。男の背後、それだけではない、四方八方のあらゆる場所から。

 動けば殺されると直感するほどに、濃密な殺気が。


「また会いましたね。緋村季太朗さん」


 男は、自身に向けられたものではないにしろ濃密な殺気の漂う中で、微笑んでそう言った。

 初めて会った時と口調が異なることに違和感を覚えながらも、


「てめえは何だ。風香に何をした」


 荒げたい声を押し殺して、季太朗は男に問うた。

 季太朗は何もわからないのだ。この男は一体誰で、何故風香をさらって、自分をここに呼び出して、何をしたいのか。


 男はすんなりと答えた。


「俺はヤマダという者です。……そんな怪訝な目をしないでくださいよ、本名ですよ?」


 ヤマダと名乗った男は、今まで座っていたガラクタの上から飛び降り、一歩ずつ季太朗に近づいた。

 そして季太朗の耳のすぐ近くまで寄ると


「そして……鬼口アイラに害霊を植え付けて、極東支部に差し向けた張本人です」

「ッ!」


 その言葉を聞いた刹那、季太朗はヤマダに殴りかかった。真実なら到底許せるような事ではなかったからだ。だが、振り上げられた拳が動くことはなかった。


「調子に乗るな」


 季太朗の顎先に、ナイフが突き付けられていた。今の一瞬この間合いで、突如殴りかかろうとした季太朗よりも速く。


「無茶はしないほうがいいですよ?神無月、持ってきてないでしょう」

「……ちっ」


 ヤマダのその指摘に、季太朗は冷や汗をかいた。

 事実、今の季太朗は神無月を持っていなかったからだ。律儀にも、先程レミー達に返却してしまっていた。挙句置手紙を見つけてからは風香の事で頭が一杯で、再び神無月を取りに戻るということすら失念していた。


 どう考えても危険なこの呼び出しに何の自衛武装も無く来てしまったのは、季太朗の大きなミスだった。


それに加え


『パンッ!!』


 ……鋭い音が鳴って、季太朗の足元に火花が散った。季太朗はすぐにそれの正体に思い当たった。


(銃、だと……!!)


 それが意味する所の最悪のビジョンにも。


(まさか)


 季太朗は闇の向こう側を凝視し、唇を固く結んだ。

 自分は今、三百六十度を銃で囲まれている!


「ね?動かない方がいいでしょう?」


 微笑みを絶やさず、質問に答えましょう、とヤマダは言った。


「風香さんにはあなたを呼び出すための餌になってもらっただけですよ。……ちょっと、手が滑っちゃいましたけど」


 ヤマダはナイフを持った手をプラプラさせて、笑った。


「あなた、さいッてい…….!!」


 ステラが怒気を孕んだ声でヤマダを威圧したが、彼は柳に風と流す。


「そして目的は……あなたに、俺の仲間になって欲しいんです」

「――――は?」


 季太朗は思わず素で、そんな声を出していた。

 鬼口を傷つけ、あまつさえ風香にも手を出しておいて、この男何をほざいているのかと。

 反射的に拒絶しようとして、


「俺は昔、極東支部に家族を殺されました」


 それは、ヤマダの言葉で遮られた。


「七年くらい前かな。家に帰ったら親が串刺しにされてて、死んでたんですよ。

で、よく見たら金髪マッチョの大男が茫然と突っ立ってて、俺に気付くと『すまねえ』ってだけ言って逃げたんです」


 極東支部がらみの、金髪の大男。

 名前を言われずとも、その大男が誰が季太朗にはすぐ分かった。


(レミー隊長……)


「もー少し彼が早く来てくれててたら、俺の家族が死ぬことはなかったんだけどなー」

「…………」


 まるで芝居を演じているかのように大袈裟に語るヤマダの言葉を、季太朗は静かに聞いていた。

 それをいいことに彼は言葉を重ねていく。


「あなたも、そんな思いをしたことがあるでしょう? 例えば、今年初めの冬、とか」


 その言葉を聞いた時、ステラが委縮したのを、季太朗は見逃さなかった。ああ成程、この男は、そこを攻めてくるのかと。


「もう少しあの連中が速く動いて、あなたに憑いてるそのガキをぶっ殺しておけば、あなたはそんなズタボロになる必要のない平穏な生活を送れていたんですよ? 変な体になることもなかった、死にかけることもなかった命懸けで戦う必要もなかった!!

 ――――憎くないのか?」

「……」


 季太朗はまだ、何も言わない。その表情は、月光の影に隠れて窺うことはできない。


「あなただって自覚してる筈だ。自分の人生は決定的に捻じ曲がってしまったって。間違ってしまったって!! 

 なら、その原因は正さないと」


 悪魔が囁くように、ヤマダは言葉を紡ぐ。その口調は時間が経過するにつれ強くなっていった。


「だから一緒に極東支部を潰しましょう! あなたならきっと、俺の気持ちを分かって」

「断る」


 ――――季太朗の唯その一言が、ヤマダの表情を凍てつかせた。

 対照的に、今度は季太朗が淡々と言葉を口にしていく。


「あんたの気持ちもわからんでもない。世の中ってのは本当に理不尽だ。

 あいつは助かったのに、俺は助からなかった。あいつはうまくいったのに、俺はうまくいかなかった。あいつは幸福なのに、俺は不幸だ……きりがない。

 だがそんなことはどうだっていい(・・・・・・・)……!!」


 季太朗の鋭い瞳がヤマダを捉えた。抑えようのない怒りが彼の中で沸き上がる。


「鬼口さんが、退魔師になった理由を知ってるか?

 あの人はな、自分の復讐のためじゃなく、皆を救うために退魔師になったんだ。

 確かに、鬼口さんがレミー隊長達に対して恨みを全く抱いてなかったなんてことはないかもしれない。でも、その時彼女がそう願ったのは間違いない事実なんだ……!!」


 季太朗の腕がヤマダの胸元を掴み上げる。彼の視線が、淀んだ底のない瞳を真っ直ぐに射貫く。


 緋村季太朗の意志は、最初から何も変わりはしない。


「忘れたくても忘れられねえことや後悔してもしきれなかった事なんて俺にだって腐る程ある!!

 鬼口さんがそれを乗り越えて抱いた志を! 腐った手段で汚しやがったお前は! ぜってえ許さねえ!!」

「――――……」


 愚かなまでに、眩しいまでに真っ直ぐな感情。ああ、やっぱりこの人はと、ステラと風香の口元が僅かに綻んだ。

 

ヤマダはしばらく、何も言わずに吊り上げられていたが、


「……そうか、あんたは結局、救われた側(・・・・・)だもんな」


 そう、零すように呟き、そして


「なら、霊共々(そいつらごと)、死ね――――!!!!」


 その瞬間、轟音が空間を揺らした。季太朗に向かって、鉄の弾丸の雨が降り注ぐ。風香が声にならない叫びをあげる。

 季太朗は目を剥いた。まさか、自分ごと撃たせるとは。

 光景がスローモーションに見える中、季太朗の脳内を思考という名の電流が駆けた。

 風香とステラをコートで覆って、いやそもそもコートで耐えられるのか、伏せれば少しはましに、まず時間は足りるのか?

 

 


刻々と時が迫る中――天から月光(ひかり)が、降りた。


「季太朗さんッッ!!」


 その声が季太朗に届くか否かの刹那、天窓を砕いて、ソレは目の前に投げ落とされた。

 反射的にソレを季太朗は掴み取り、


「おおおおおッ!!!!」


 蒼の閃光が(ほとばし)った。放たれた弾丸が鞭のようにしなリ、三百六十度を薙ぎ払う。


「……おいおい」


 呆然とヤマダは言葉を漏らす。

 光に飲まれ、季太朗達に向けられた凶弾は跡形もなく消え去った。そして季太朗の手には……神無月が、握られていた。


「げほっ、よかった。間に合い、ました……」

「っと」


 力無く天窓から落下してきたその人物を、季太朗はそのまま丁寧に、腕に抱きかかえた。


「ったく。あなたはまた、とんでもない無茶を……」

「お互いさま、ですよ?」


 顔を青白くさせながらそれでも気丈に笑う姿に、もう狂気は無かった。

 

 鬼口アイラが、来た。


「病院に運ばれて、季太朗さんが加減してくれたからでしょうか、すぐ、目を覚ますことができたんです。そうしたらどうにも嫌な予感がして……。

 急いで隊長達の所へ行って問いただしてみたら、神無月を置いて帰ったっていうじゃありませんか。今夜は、何があってもおかしくないのに。

だから皆の制止を振り切って、届けに来ちゃいました」


 一連の事情を聞いて、季太朗は自身を責めた。自分が間抜けでさえなければ、鬼口にこんな無茶をさせることは、なかったのに。


「本当に、すみません……。でもどうして俺達がここにいるって?」


 ポロっと季太朗からそんな疑問が零れた。

 家に帰って休む暇もなくここに向かい、誰かにそのことを連絡する余裕もなかった。自分がここにいるとは、誰も知らないはずなのに。


「ああ、それは、一度季太朗さんの家に向かった後、あの部屋を見て……そこからはステラの霊力を追ってきたんです。彼女の霊力は特徴的というか、なんというか――――」


 その時、季太朗はとっさに鬼口を自分の体で覆った。

 ……次の瞬間には、何の脈絡もなく発砲された弾丸が、季太朗の背に深々と食い込んでいた。


「あぐっ、うぁ……!!」

「きたろう!!」

「季太朗さん!?」

「季太朗さまァ!!」


 鬼口からは季太朗の浮かべる苦悶の表情しか見えなかったが、ステラや風香からは痛々しく弾丸が食い込んだその背が見えていた。 


「……大丈夫だ、問題ねえよ」


 自身を見る風香達の表情があまりにも悲痛だったので、少しでも安心させようと季太朗は多分に強がりを含めてそう言った。しかし、強化コートのおかげで銃弾自体によるダメージは抑えられたが、衝撃は容赦なく季太朗の肉体を抉っていた。


「……どうしてこうなるかなあ」


 そして、発砲者ヤマダは、焦点の定まらない瞳を季太朗に向けた。


「どうしてこうなるかなどうしてこうなるかなどうしてこうなるかなどうしてこうなるんだ!!!!」


「なんで俺は救われない!! なんで誰も助けてくれない!! どうして俺が、俺達だけが!!」


 彼がそう叫んだと同時に季太朗に銃を向けていた人間達から、叫びとも、呻きとも、嘆きともつかないような声が湧き上がった。


「そうだ…お前らがもっと早ければ……!!」

「助けてくれよ、助けてくれよ!!」

「俺が何をしたっていうんだ!!」

「俺の腕はあんたらの所為で喰われたんだ!!」

「許さない、許さない……!!」

「誰も俺を助けてくれなかった!!」

「家族を返してくれ!! 母さんを返してくれよ!!」


 ……膨大な怨嗟。


 その時、季太朗達は理解した。彼らは、『取りこぼされた人々』だと。

 誰かを救うということを人間がやる以上、必ず救われなかった人間が、取りこぼしが発生する。全員を助けるなんて事は夢物語であることが、憎たらしいほどの世の摂理だ。


 それは極東支部も例外ではなかった。極東支部、ひいてはレミー・ブルックが救えなかった人間が、彼らだった。


「あんたらは結局救われた!! 俺達救われなかった人間の、何がわかるッ!! お前らが妬ましいお前らが羨ましいお前らが恨めしいお前らが、許せない!!!!」


 そして遂に、ヤマダの中のどす黒い感情が極限まで凝縮されてしまった時――――ソレは現れた。


 ()()の叫びだけで、無数の窓が砕け散り、周囲のあらゆるものは吹き飛ばされた。

 ヤマダの肉体に纏うようにして出現したそれは、害霊、いや、それ以上の


「……鬼口さん、退がって下さい。こいつは、俺が相手をします」


 季太朗は神無月の引き鉄に手をかけた。

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