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第十六話 対決・後編


「害霊ッ!!」


 季太朗の怒声が木霊する。鬼口の背後から現れた黒い靄、それは間違いなく害霊であった。

 そして同時にこの場が一瞬たりとも気の抜けない状況に変貌した事により、季太朗が諸々の問題を考察する時間は消え去った。


「きたろう、どうするの?!」


 焦燥に駆られたステラが季太朗に指示を仰ぐ。


「一刻も早く何とかしたい所だが、鬼口さんごと撃ちぬく訳にも! くそっ、どうすれば――ッあ!?」


 その時季太朗の首筋一寸ばかりの場所を鋭い風が駆け抜けた! 辛くも季太朗は鍛え上げられた反射神経によって腰から上を捻って回避する。 

 つい先程まで季太朗の首があった場所には、黒い靄を纏った薙刀の刃があった。そして間髪入れずにその刃は腰を捻ったままの状態で体勢を維持していた季太朗へ振り下ろされる!


「ッ!?」


 季太朗は咄嗟に脚で地面を蹴り上げ、前方への回転受け身で刃から逃れる。


「どうしたんだ鬼口さん!! 攻撃を止めてくれ!!」


 突如として切りかかってきた鬼口へ叫ぶ。


「季太朗、さん……! 早く逃げ、て! あいつはきっと、これをっ……!! うああああああ!!!!」


 季太朗の叫び虚しく鬼口はまたも季太朗へその刃を突き出した。体勢を立て直した季太朗へ再び薙刀による突きの連撃が加わる!


「ぐうっ!!」


 激しい突きの雨の中季太朗は一閃一閃を見極めて何とか尽くを回避し、薙刀が鬼口の手元に引かれた瞬間


「おらあっ!!」

「っ!!」


 渾身のヤクザキックを繰り出した。その蹴りは『ガンッ!』と鈍い音を立てて鬼口の持つ薙刀の持ち手の部分でガードされてしまうが、季太朗は反動を利用して後方へジャンプし、鬼口の刃の間合いから抜け出した。


「ちっくしょう! 鬼口さん、返事をしてくれ!!」

「きぐち! しっかりして、きぐち!!」


 季太朗、そしてステラさえも再び鬼口へ決死の呼び掛けを行うが、彼女はそれに答えることなく、


「あああああああああ!!!!」


 薙刀を、横一線に薙ぎ払った。

 勿論この時点で鬼口と季太朗の間合いは五メートルほど空いている。振るわれた刃は季太朗に届く筈が無かった。次の瞬間までは。 


「……まじかよ」


 季太朗がそれに反応できたのは、刃が振るわれてからおよそ二秒後のことだった。彼の背後にあった陸橋の脚……コンクリートでできた柱に、深々と横一閃に亀裂が入っていた。遅れて、彼の頬からつう、と血が垂れ出た。


 ――『衝撃波(ソニックウェーブ)』。不可視の斬撃。状況から見てそれは鬼口の薙刀から放たれたということは間違いなかった。人間としての常識を逸脱したその攻撃を体験し、季太朗の体から冷汗が吹き出た。

 そして鬼口に目を見やって……彼は気付いた。


「くらい……なにも見えない……重いよ、寒いよ……お父さん、お母さん……!! 誰か、誰か助けて……」


 鬼口が、肩を抱えて震えていたのだ。まるで独りで暗い夜道に放り出された、子供のように。感じ取れるのは深い孤独と、恐怖。

 

 その姿を見た季太朗は先程まで感じていた恐怖心も忘れ、静かに、だが芯を持った声で言葉を紡いだ。


「……ステラ。鬼口さんを、止めるぞ」

「! いいの?」


 ステラは季太朗の掌を見た。神無月が震えるほど、強く握り締められていた。それはつまる所、鬼口へ神無月を発砲することを、季太朗が決心したということ。

 実を言えば季太朗は、持っては来たものの神無月を積極的に使用するつもりはなかった。可能ならば互いに無傷で、共に帰りたかった。

 だがこうなった以上、それは無理だと踏んだのである。このままでは、自分が殺されるだけだと。

 そして今の鬼口を救うには、そんな綺麗事では不可能だと。


「鬼口さんが急に襲い掛かってきたのは、あの害霊が姿を現してからだ。

 詳しくはわからんがあいつが鬼口さんの暴走……最悪今回の一連の騒動に一枚噛んでるとみて間違いないだろう。なら、あいつを倒せば、鬼口さんは元に戻るはずだ」

「でも、かんなづきがきぐちにあたっちゃう……!」

「その通りだ。でもな……やるしかねんだよ!!」


 季太朗は静かに銃口を震える鬼口へ向け――発砲した。


「!!」


 銃弾は甲高い音を立て鬼口の顔すれすれを通過し、草むらへ着弾する。そしてそれを見た鬼口は、


「うあああああ!!」

 

 咆哮をあげて季太朗に切りかかった! 

 だが、それは季太朗の策略であった。彼は鬼口、正確には害霊を銃撃により挑発し、近接戦闘に持ち込むのが狙いだった。

 狙い通り鬼口がいれいは猛スピードで季太朗へ肉薄し刃を振り下ろす!


「~ッ!!」


 雷の如く振り下ろされた刃を、季太朗は神無月の銃身で受け止めた。斬撃だというのにまるで槌による打撃のような凄まじい衝撃が季太朗の腕を駆け巡る。

 防がれたことに気付いた鬼口がいれいは距離を取ろうと重心を後方へ移動させようとするが


「逃がすかッ!!」


 季太朗は鬼口がいれいの腕をがっちりと掴んで引き寄せる!

 そして銃口を鬼口がいれいの腹に隙間なく密着させ


「!?」

「おおおおお!!」


 連続で弾丸を撃ち込んだ。銃撃による無数のフラッシュの中、季太朗は鬼口の悶絶する顔を見る。胸の中央に痛みが走る。だが止める訳にはいかないのだ、鬼口の為にも!


「ぐっ! あっ!!」


 だがやられてばかりの鬼口がいれいではなかった。薙刀を投げ渡す形で自由(フリー)だった左手に持ち替え、季太朗の腹へ突き出した。季太朗は腰を後方へ引いて刃を避けようとしたが、密着状態だったことが仇となって回避しきれず、脇腹を僅かに切り裂かれることとなった。刹那季太朗は腕を緩めてしまい、害霊が大きく飛び退くのを許してしまった。


「だいじょうぶ!?」

「動きやすくするためにコートの前を閉じなかったのが悪く出たな。問題ない掠り傷、ッ!?」


 季太朗は飛び退いた先の鬼口がいれいを見て背筋を粟立たせた。同じ構えをしていたのだ。衝撃波(ソニックウェーブ)を放った時と!

 季太朗が気付いたときには時既に遅し。刃が振り払われる直前だった。『バヒュッ!!』という大気を裂いて放たれた見えない刃が季太朗へ迫りくる!


「! そうか!!」


 だが季太朗は気付くことができた。衝撃波(ソニックウェーブ)が走る位置は、空気が僅かに歪んで見えることに。

 凄まじい速度で迫りくる死の刃に臆さず、季太朗は神無月を構えた!


「撃ち落とす!!」


 発砲、命中。衝撃波(ソニックウェーブ)は跡形もなく霧散した。戦闘の最中にも関わらず思わず安堵した季太朗だったが、それが鬼口がいれいの狙いだった。


「うおおおおおお!!!!」

「!! 何っ!?」


 鬼口がいれいは季太朗の意識が衝撃波(ソニックウェーブ)に向いている間に、季太朗の頭上へ飛び上がっていた。薙刀を両の手で掴み、突き刺す形で振り下ろす。


 だが所詮この方法で攻撃できるのは刃が突き刺さる僅かな一点のみ。故に季太朗は反射的に後ろへ飛び退いて回避した。

 結果薙刀は地面を砕き土砂を跳ね上げつつも地面深くに減り込む結果に終わった。


 それが季太朗の失敗だった。


「!? しまっ!?」

「み、みず!?」


 足がとられる感触。彼が下を見れば、そこはもう川だった。激しい戦闘ゆえに視野狭窄に陥っていたのか、季太朗は自らの背後すぐそこまで水辺が迫っていることに気付けていなかった。水の重さが季太朗のバランスを崩す。

 当然それを逃す鬼口がいれいではない。


「はああっ!!」


 再び無数の刃が季太朗に迫りくる。先程と同じように季太朗はステップと体の捻りを以て回避を試みる、が


「ぐっ!? あああああああ!!」


 先程とは異なるたった一つの点。足に纏わりつく水が季太朗の動きを阻害し、回避を不可能とした。

 顔面、手、大腿、一瞬にして季太朗のあらゆる箇所に傷が刻まれていく。そして


「ごっ、ブハッ!!」


 空気が肺から抜け骨が歪む。季太朗の動きが鈍ったその刹那を狙って、季太朗の鳩尾に鬼口がいれいの蹴りが、炸裂した。人智を超えたその力は季太朗の体躯を遥か後方へ吹き飛ばし、容赦なくコンクリート製の橋脚へ減り込ませた。


 一泊おいて季太朗は地面へ落下する。

 季太朗の意識は風前の灯火だった。四肢からはとめどなく血が流れ、更に彼の体を侵す水が、じわじわと彼の血を奪い、体温を奪っていった。彼のいる周辺の水が、赤に染まっていく。

 

 焦点の合わない虚ろな瞳を倒れ伏す季太朗へ向けて、鬼口がいれいは一歩、また一歩と季太朗へ近付いていった。それが歩を進める度にピシャッ、ピシャッ、と水音が鳴る。無機質に、規則的に聞こえてくるその音は、まるで季太朗の死を宣告する秒針のようだ。


(ッ……! 動きやがれ俺の体ァ!! あんだけ言っておきながらここまでなんて、俺が許さねえぞ……!!)


 だがそれでも、不屈の意志によって繋ぎ止められた意識の中で、季太朗は己の肉体を叱咤する。

 腕を渾身の力で突き立て、上半身を支える。

 だがそれ以上、彼の体は動くことができなかった。


「っ……」


 数秒の間、いや数分の間だったろうか。季太朗が僅かに残った力でまぶたを開けば、そこにはもう既に、鬼口がいれいのつま先があった。

 季太朗を見下ろす鬼口がいれいの瞳は、ひどく無機質だった。そして何も言葉は無く、季太朗の頭上で薙刀が大上段に構えられた。


(くそったれえ……!!)


 季太朗は己の死にざまを幻視した。切断され、力無く地面に転がる己の首を。

 だが、そうはならなかった。


「ぐ!? うっぐ、あううっ……、さ、せるかああああああっ!!」

(!?)


 鬼口がいれいが突然として呻き声をあげながらよろけ、そして――自身の二の腕に刃を突き立てたのだ。刺し口から血が溢れ出し、水中で季太朗の血と混ざり合う。

 季太朗は鬼口がいれいが何故そのような行動をとったのか理解できず、目を見張った。あと刃を振り下ろすだけで、自分は死んでいたというのに。


「っ……何であなたはそうやって、いつも無茶を……!」


 鬼口が声を発した。だがその声はついさっきまでのような狂犬のような叫びではなく、凛とした力強さと、理知的な響きが混在していた。季太朗の頭の中に、一つの可能性がよぎった。


「戻った、のか、鬼口さん……!」

「はい……季太朗さんの、おかげです」

 

 季太朗の良く知る鬼口の姿が、そこにあった。束の間季太朗の胸中に計り知れないほどの歓喜が湧く。だが


「っう!? ハーッ、ハーッ、ぐうっ!!」


 再び鬼口の体から黒い靄が吹き出した。それは鬼口の体に、害霊がいまだ巣食っていることを意味していた。それを抑え込むかのように自身の胸を爪で抉るほど強く掴み、鬼口は徐々に季太朗から距離を離していく。


「ですが、長くもちそうには、ありません……」

「何を……」


 鬼口の表情を見て、季太朗ははっとした。

 とても、穏やかだった。目は細められ、微笑みが浮かんでいた。しかし、そこに彼が見たのは喜びの感情ではなかった。


「季太朗さん。私を、殺してください……!」


 諦念と、哀しみだった。人がどうにもならない時につくる、やけくその笑顔だ。


「殺せって……何を、言ってるんですか!!」


 季太朗が叫ぶ。鬼口は語り掛けるようにして、言葉を紡ぎ始める。


「いま、私の中にいるこいつは、私の意識を残したまま私を操ってあなたを殺すことが、目的です。この害霊はもう、私と深く結合しています。切り離すのは、困難でしょう……。それに私はもう、自分の手で誰かを失いたくないんです!!

 だからお願いします、私が抑えてられる内に、私ごと、害霊を……!!」


 見れば鬼口の薙刀を掴む手は細かく震え、瞳には先程までのような獣の輝きが戻ってきている。既に限界が近いのだろう。己の意思が失われるその瀬戸際で、彼女は自分の死を懇願した。

 

 季太朗は何も言うことなく、鬼口の願いを最後まで聞いていた。

 いや、何も言えなかったといった方が正しいかもしれない。この時彼の中にあったものは……怒り(・・)だった。自身を侵す冷たい水の中にあっても、ふつふつと煮え滾るような、怒りが。



「……ふざけるなよ」


 卑劣にも鬼口を使って、自身を殺そうとする害霊に。


「自分が死ねば全部丸く収まるといいたいのかよ……!」


 生きることを諦めた、鬼口に。


「あんたの命は、家の人や親御さんが、死んでまで守り通したものじゃねえか!!」


 季太朗の足が水底に立つ。水面みなもに円が何十にもなって拡がっていく。


「それだけじゃない。今この時も、あんたを待ってる人達がいる! 今のあんたの命は、自分から捨てられるほど軽くねえんだッ!!」


 季太朗は真っ直ぐ、鬼口の目を射抜いた。鬼口は彼の瞳の奥底に、静かに、だが絶対に潰えることなく燃え盛る炎を見た気がした。気圧されて思わず、何も言えなくなってしまいそうになる。


「っ……あなたは何なんですか! あなたは、私の家族でも、何でもないでしょう!! あなたがそんなことをする必要なんて、ないのに……!!」


 鬼口の言う通りだった。極論を言えば、鬼口と季太朗は、あくまで赤の他人だ。

 言い表そうとするのなら、同じ組織に属し、そこにおける先輩後輩の関係。だがたかがその程度(・・・・・・・)。一方の為に一方が命を懸けるという間柄では、決してない。だから鬼口は季太朗の行動を理解できなかった。

 

 しかし鬼口のその考えを、季太朗は不敵な笑みを浮かべて、否定した。


「確かに俺は、あなたの親でも、兄弟でも、姉妹でも、ましてや親類縁者なんかじゃ決してない。本当に、数か月前にばったり出会っちまった関係だ。でも……!」


「あんたは俺の命を救ってくれた!! 勿論、それは仕事上のことだっただろう。言われるまでもない。

 だけど、俺があんたに救われたという事実は変わらない! 初めて夜の教会で会った時、廃車場で実地訓練をやった時、鬼と戦った時! それだけじゃない。あんたが俺に戦闘技術を叩き込んでくれていなけりゃ俺はもう十回は死んでいる!!」


 ここ数ヶ月の出来事が、季太朗の脳内で反芻される。その度に、季太朗の言葉には熱が宿っていく。


「俺があんたを止めたいと思った最大の理由は、誰かに頼まれたからでも哀れに思ったからでもない! あんたが俺を助けてくれたなら、今度は俺があんたを助ける番だけとのこと!!」


 溢れ出る血も気に留めず、季太朗は立ち上がる。ただ目の前の女を救う為に。遥か過去から彼女に付き纏う黒い影を払わんとして。


 季太朗の言葉は、これ以上ないほど単純明快だった。

 助けられたから助け返す。そこにあらゆる意思は意味を成さない。何と自分勝手か、と思う人もいるかもしれない。だがこれこそが、緋村季太朗なのだ。


「だから少しばかり……我慢してくれよッ!!」

「!?」


 突如として神無月の蒼光が放たれた。だがその光は鬼口を射抜くことなく、彼女の頭上遥か上を通過する。そして僅かの後


『ドオオオオオオオォォォッッッ!!!!』


 凄まじい振動が大気を揺らし、灰色の雨が降り出した。その正体は


「なっ、橋、をッ!?」


 河川敷に掛けられた橋の構成素材。神無月の一撃によって橋の一部が崩れ去り、砕かれたコンクリートが灰色の雨となって降り注いだ。

 辺り一面が濛々とした灰煙に包まれる。その奔流に季太朗達も例外なく飲み込まれた。思わず顔を腕で覆う鬼口。だが季太朗は――止まらなかった。


「おおおおおおおおッッ!!!!」

「!!」

 

 地を這いながら猛煙を切り裂いて季太朗が鬼口に肉薄した。予想だにしていなかったその行動に、鬼口がいれいの反応は一歩どころではなく遅れる。がむしゃらに薙刀を突き出すが、そんな分かりきった攻撃が季太朗にあたる筈もない。そして季太朗はそのまま伽藍洞となった鬼口の胸に飛び込んで――


「歯ァ、食い縛れええええエエ!!」

「は!? うっ!!!!」


 渾身の右アッパーを、鬼口の顎へぶち込んだ!!

 鬼口がいれいの視界がぐるり、と廻る。景色は出鱈目に歪み、己が足がちゃんと接地しているかさえわからなくなる。

 そして……脳を揺さぶられた鬼口がいれいは力無く、倒れ伏した。


 何故季太朗はこの様な行為に及んだのか。鬼口の肉体を害霊に放棄させる為だった。

 鬼口の口にした言葉――害霊の目的は、自分の意識を残したまま(・・・・・・・・)、自分を操って季太朗を殺すことだと。なら、気絶させるかどうかして、鬼口自身の意識を刈り取ってしまえば、目的を達成することは、もう


「できねえ、よなあ?」

「ガアアアアアアアア!!!!!!」


 ざまあみろ、という感情を全力で表現する季太朗のうざったらしい顔に激昂したのか、鬼口の意識が残っていなかろうと季太朗を殺害する気なのか、一泊おいて害霊の本体が鬼口の肉体から飛び出した。

 その時害霊はミスを犯した。たとえ目的の遂行が不可能になろうと、その身に閉じこもっているべきだった。何故なら


「――――死に晒せ、クソ害霊やろう


 鬼口の肉体は、自らの命を守る最大の盾だったのだから。


 カチッ、と無機質な音が鳴って、辺りが閃光に包まれる。放たれた最大出力の弾丸は、害霊をその残片一つ残さず、消し飛ばした。


 ……辺りに夜の闇と、静寂が戻る。


「……なんてこと、してくれたんですか」


 誰かがポツリと、そう呟いた。

 鬼口だ。流石というかなんというか、もう意識を取り戻したらしい。

 

「私は、皆を傷つけました。救ってくれた恩を、育ててくれた恩を、踏みにじったんです。操られていたかどうかなんて、関係ありません。

 だから、いっそ消えてしまいたかった……」


 独白のように、彼女は言葉を紡いだ。


「あなたになら、殺されても構わないと思って、覚悟を決めてたのに……。皆に、どんな顔して会えって言うんですか?」


 涙交じりの声で、彼女は季太朗に問うた。季太朗は僅かに逡巡して、こう答えた。


「……謝ればいいと思いますよ。向かい合って、頭を下げて、ごめんなさいって。

 簡単な事です。きっと家族ってのは、すれ違っても、そうやって何度でも、許しあえるものだと思いますから」

「……ふふ。そうですね。まずはちゃんと、謝らない、と…………」


 鬼口のまぶたがゆっくりと閉じ、静かな寝息が聞こえ始める。

 誰も失うことなく、戦いは幕を閉じた。


 


 だがまだ、夜は終わらない。


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