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第十一話 夏のある日と付喪神

 日が容赦なく照りつける。

 世間はもう、夏に突入していた。

 まだ七月中旬だというのに、凄まじく暑い。


 そんな気候の中、夏には場違いな黒いコートを腕に掛けて、男が歩いていた。

 

 そして、一つの石の塊の前で、その足を止めた。

 その石には、こう刻まれていた。

 緋村家之墓と。



 降り注ぐ直射日光をその身に受けながら、緋村季太朗は思った。

 クソ暑い。

 彼にしてみれば、今日は昔中古で買って以来長い間世話になっている扇風機をガン回しして、部屋に引きこもっていたいような真夏日和だ。


 なら、何故そんな日に彼は外出したのかというと、それは今日がお盆だからだ。


「……随分、薄汚れちまってんなあ」


 目の前にある墓石を見て、季太朗の口からは自然とそんな言葉が漏れでていた。

 

 彼は今、墓参りに来ていた。

 ここ数年は忙しかったり面倒くさかったりでついぞ墓参りなどしていなかった季太朗だが、いい機会だと思って、訪れた。

 死んだ奴には伝わらないとわかっていても、報告したいことが、吐き出したいことがたくさんあったからだ。


 借りた桶に汲んだ水を、彼は丁寧にひしゃくですくって、墓石にかけていった。

 きらきらと、濡れた墓石に日光が当たって、眩しく反射する。

 近所の花屋で買ってきた菊を供え、線香をあげる。


 そこまでの一連の作業を終えて、季太朗はようやく墓前に手を合わせた。


(父さん、母さん……そして夏希、俺は、なりゆきで退魔師に就職? したよ。

 信じちゃくれないだろうけどな。

 最初こそまあ、どうしてこんなことに、とかなんで俺が、とか思ったけど、今は、感謝……とまではいかないが、後悔はしてない。

 たまに命張ったりすることもあるけど、本当に久しぶりに、こんな俺のことを受け入れてくれる人達に会えたんだ。……変な人が多いけどな。

 それに、生活も昔に比べて騒が……賑やかになった。ある幽、奴の所為で。

 というか俺が退魔師になったのもそいつが原因だ。

 かなり世間知らずで、色んなこと抱えてる奴だけど、……夏希、まるでお前がいた時みたいに、俺はなってるよ。正直言って、悪い気はしない。本人の前じゃ言えたもんじゃないけどな。

 これからも、ぼちぼち頑張っていこうと思う。それじゃあ、またくるよ)


 吐露が終わる頃には、季太朗の額からは汗が落ちかけていた。

 それを無意識に拭って季太朗はようやく、思っていたよりも長い時間手を合わせていた事に気付いた。


 そして、ふと横を見ると


「なにやってんの、お前」


 先程までの自分と同じように手を合わせている、その退魔師になった原因、ステラがいた。


「きたろうのかぞくに、おいのり。ここにいるんでしょ?」

「……ああ、骨は埋まってねーぞ」

「え?」

「海で全員死んだんだが、遺体がな、見つからなかったんだよ。だから骨は埋まってねえ」

「…………それでも、おいのりする」

「そうかい」


 いったい何を、そんなに祈ることがあるのだろうと季太朗は疑問に思った。 

 ステラの考えていることが先程の自分と大体同じだと知ったら、彼はどんな顔をするだろう。



「おはようございまーす」

「ん? あれ、季太朗君。どしたの? 出勤時間には早いけど」


 極東支部に足を踏み入れた季太郎を、タカハラが出迎えた。

 

「いえ、鬼口さんに稽古つけて貰おうかと思って。それに、家にいたら熱中症になりそうですし」

「あー、悪いね。鬼口ちゃんは外出してるよ」

「む、そうですか」


 どうやら、鬼口は留守らしかった。

 どうせ出勤時間までは暇なので、地上の猛暑からの避難も兼ねて稽古でもつけて貰おうかと季太朗は計画していたのだが、いないなら仕方がない、と迅速に気持ちを切り替えた。


「じゃあ、射撃場に行きますんで訓練用の銃貸してください。

 ……そういえば、何処に行かれたんです?」


 彼は気まぐれで、タカハラにそんなことを聞いた。

 

「ああ、鬼口ちゃんは……レミー隊長と墓参りだ」


 その言葉を聞いて、季太朗の目が丸くなった。


「奇遇ですね。俺もさっき、家族の墓参り行ってきたところですよ」

「へえ、そうなんだ。まあお盆だからね。墓参りにはちょうどいい時期だから。

 ただ、鬼口ちゃんの場合は帰省も兼ねてるんだけどさ」

「あれ? 鬼口さんって地方出身なんですか?」

「うん。関東の端っこ」

「そうですか。なら、久々にご家族の方にでも会ってますかね」


 季太朗は見逃さなかった。その瞬間、タカハラの顔が、僅かに歪んだのを。


「タカハラさん?」

「……鬼口ちゃんの家族はね、全員死んでんだよ」


 一瞬の沈黙が生まれる。


「そう、なの?」


 ステラの声が沈黙を断った。


「そうですか……。鬼口さん、家族が」

「七年前にね。色々、あったのさ」


 季太朗はそれ以上この話題について語ることを避けた。

 タカハラから、この話はしたくないという感情を鋭敏に感じ取ったからだ。

 それに、自分が深入りしていい話でもないだろう、と。 


(しかし七年前(・・・)……奇妙なこともあるもんだな) 

 

 そう、心の中で呟いて。



 前回の任務のその後について話をしよう。

 あの校舎に巣くっていたテケテケは全滅。

 正確には、倒れた季太朗とステラを本部へ搬送した後、レミーが全て倒せたかどうかの確認に向かい、僅かに残っていた残党を処理して任務終了となった。

 

 ステラのことについては、やはり記憶が戻ったということで間違いないようだった。

 肝心の記憶が映像として共有されたことだが、その原因は、季太朗とステラとの結合状態がより進展し、強固になってしまっていたからだと判明した。精神、肉体レベル共にかなり深い所まで。 

 故に、ステラの脳内にフラッシュバックした記憶が、季太朗の脳にも投影されたのだ。


 アンジュはそのことについて謝罪を申し入れた。

 こうなることがないように自分は居たのに、と。

 季太朗も、軽くショックを受けた。が、アンジュが決して手を抜いていた訳ではないことは、常日頃世話になり、近くで彼女の仕事を見ている季太朗は分かっていた。責め立てるのはあまりにもお門違いだということも。

 

 代わりに季太朗は、より一層の治療法の研究をアンジュに願い出た。

 それ故、定期的な診察もデータ取りの為の任務への出撃も多くなってくるだろうが、自分の為だと季太朗は自ずから納得した。


 だが、季太郎にとって悪いことばかりではなかった。

 季太朗はついに技を習得した。正確には、無意識の内に習得していた、と言った方が正しかもしれないが。

 だがそれはかねてから彼が習得に励んでいた圧縮弾ではなかった。


 あの窮地、神無月から放たれ、瞬く間にテケテケの大群を蹴散らした自由自在に動く光の弾。朦朧とする意識の中で、季太朗はそれを目撃していた。

 その事があってから、彼はあの時と同じように変幻自在、強力無比とまではいかないが、神無月から発射された弾丸を意図的にコントロールできるようになった。

 

 その技は、季太朗によって追尾光弾(ホーミングショット)と名付けられた。 

 何はともあれ、害霊に対する手札のバリエーションが増えたことを、季太朗は素直に喜んだ。



 墓参りから数日が経ったある日


「よっと! はい、終わりましたよー。ご利用ありがとうございましたー!」


 爽やかスマイルの男の放ったその言葉に、季太朗は深く頷いた。その口元は、彼にしては珍しく非常に緩んでいた。


 その日の季太朗宅は騒がしかった。

 作業服に身を包んだ男達と、かなり大きめな荷物が部屋を占領していたからだ。

 と言っても彼らは決して住居不法侵入野郎ではない。季太朗が、今日、この日の為に呼び寄せたある作業のプロフェッショナルである。

 小一時間ほど、ある作業を行って彼らは帰っていった。そして、彼らが帰った後の季太朗宅には、大きな変化があった。


「……ふっふっふっ」

「?!」


 喜びを隠しきれないといった風に、季太朗が不気味に笑った。

 普段の季太朗であれば絶対に見せないその表情を見て、傍らのステラが引いた。


「き、きたろうどうしたの? なにかへんなものたべた?! それともがいれいのせい?!」

「……普通に嬉しくて笑ってるだけなんだが。そうか、俺の笑顔はそんなに引くほど不気味か」


 ステラの、自分の笑顔に対する引き具合に凹むと同時に、その過剰な反応に若干のイラつきが季太朗の胸にやってきた。

 が、そのイライラはすぐに消え去った。何故なら、今の季太朗は非常に気分が良かったからだ。

 そして季太朗は、自室の壁を指差して、


「ついに我が家にも、クーラーが来たぜ……!」


 そう言った。

 近所迷惑を配慮してか声は控え目だったが、その声色には隠しきれない歓喜があった。

 

 そう、ついに今日この日、中古扇風機一台で夏を凌いできた季太朗宅に、クーラーが設置されたのだった!

 故に、「やった、これで夏と冬の生き地獄から解放される!」と季太朗は内心万歳状態だったり。

 今までは節約の為に、夏は脱水で死にかけるし冬は凍え死ぬような命がけの生活を送っていたことを考えれば、彼の喜びは容易に察することができる。


「くーらー? って、きたろうがかってたあのしろいはこのこと?」


 どうやらステラはクーラーを見たことがないらしかった。わけがわからない、という風に首を僅かに傾けている。


「ああ、その通りだ。

 なんとこれ一台で涼しい風暖かい風を出せる便利な道具。夏も冬も快適だ!」

「……なにそれすごい!」

「そうだろうそうだろう」


 聞いたことのない便利な道具に目をキラッキラさせるステラ。

 そしていつになく上機嫌な季太朗の声。


「これでこの中古扇風機とはおさらばだぜ!」

「……この扇風機は、捨てられてしまうのでしょうか?」

「ああ、そう――――!?」

 

 にこやかだった季太朗の顔が、一瞬で固まった。

 ステラの表情も、同じように固まった。

 

 理由は明白。誰のものか(・・・・・)わからない声(・・・・・・)が突然響いたから。季太朗は凄まじいデジャヴを感じた。

 取り付け工事業者の爽やか兄ちゃん達は全員帰った。だから、この部屋には季太朗とステラしかいないはずなのだ。なのに、知らない人物の声がする。


 その正体を確かめる為に、二人はゆっくりと、後ろを向いた。

 

「あ……やっと、見てくれました」


 そこに居たのは、微笑を浮かべている今時珍しい、和服を着た黒髪ロングな美少女だった。

 この時、二人の思考は完全に一致した。


「「誰だおまえ(あなただれ)!?」」



「っていう訳なんですけど……」

「ああ、うん、そう……」


 場所は移って極東支部医療室。

 頭を抱える季太朗と、半笑いになりながらその話を聞くアンジュがいた。


 季太朗の腕の中には、中古の扇風機が、一台。

 

「しかしまた厄介なもんを持ってきちゃったものねえ」

「好きでこうなったんじゃないんですよ……! で、お前は一体何なんだ?!」


 季太朗がそう叫ぶと、彼のすぐ横に立っていた少女が口を開いた。

 ステラではない。そう、先程いきなり季太朗達の目の前に現れたあの和服少女だ。


「先程も言いましたが……わたし、その扇風機の付喪神つくもがみ()()と申します」


 和服の少女はそう名乗った。

 付喪神、物や道具が長い時間を重ねることで意思を持つことで生まれる妖怪。

 退魔師になって数か月、それが何なのか分かる位には、季太朗は知識を得ていた。


 だが何故、そんなものが、俺の所に。

 季太朗の頭はそれでいっぱいだった。


「付喪神、ねえ。

 でもおかしいわね? 本来付喪神ってのは百年くらい経たないとなれないのよ?

 見たところあなた……というよりあなたの扇風機(ほんたい)は三十年~四十年くらい前のものよ。付喪神になるには、早過ぎないかしら」


 付喪神の()()()は、九十九とも書く。

 読んで字の如く、物が付喪神になるにはそれ位長い時を経る必要がある。だがこの付喪神、風香の本体である扇風機は、調べたところ製造されて世に出てから四十年ほどしか経過していなかった。

 付喪神には、本来なれないはずなのだ。

 

 そのアンジュの疑問に風香が答えた。


「はい、確かにわたしの体は作られてから付喪神となれるほど年を重ねていません。

 わたしも最初、何が起きたのかと……。ですけど、この世に現れて少し時間が経ったとき、わたしは確信しました。

 ……季太朗さまが、私に深い愛情をかけてくださったおかげだと……!」

「「……はい?」」


 その言葉で、風香の話を聞いていた全員の目が点になった。そんなことはお構いなしに風香は言葉を続けていく。


「毎日わたしの羽を綺麗に磨いてくださり疲れないようにとこまめに電気を止めてくださりちゃんとわたしが働くことのできるように気を使っていただき決して昨今の扇風機に比べれば性能は高くないわたしを使い続けてくださり扇風機冥利に尽きるといいますかなによりも――――」

「「「…………」」」


 頬を紅く染めながら早口で延々と季太朗に対する感謝の言葉を続ける風香。加えて彼女の口元はだらしなく緩み、まさに歓喜という言葉を体で表現したらこんな感じ、という有様だ。

 先程までのように物事に冷静に対応していた姿は見る影もなかった。


「……季太朗君?」

「……確かに少しでも綺麗な風にあたりたいが為に羽を磨いてましたし、電気代節約でコンセントをこまめに抜いてましたし、壊れたら修理する金銭的余裕なんてないから壊れないよう丁寧に扱ってましたし、買い替える金もなかったからそのままずっと使ってましたけど……」


 こんな反応をされれば、鈍感と不器用を足して二で割ったような季太朗だって嫌でも気付く。

 この付喪神は……


「――――わたし、季太朗様のことが好きになってしまいました」

「……えぇ……」


 直前で予想した通りの言葉を聞いて、季太朗は何も言えなくなった。というか、思考停止といった方が近いか。

 同じように、怒涛の言葉に何も言えなくなっていたアンジュが、何とか意識をはっきりさせて言葉を発する。


「……ああうん、わかったわ。あなたが付喪神になれた理由。季太朗君の所為ね」

「俺の所為ですか!?」


 今度はアンジュからの全く予想していなかった言葉が、季太朗を困惑させた。


「私としても初めて見るケースなんだけど、こう、季太朗君が彼女(扇風機)に愛情を注ぎ過ぎた結果じゃないかしら? もういいんじゃないかしらー愛の力ってことでー」

「アンジュさーん!! 戻ってきてくださーい!! あなたが思考放棄したら誰が何とかするんですか!!」


 目の前の和服美少女からのはちきれんばかりの恋色オーラの直射は、微妙なお年頃のアンジュに大ダメージを叩き込んだらしい。軽く彼女の目から光が消えかかっている。季太朗はそんなアンジュの状態をなんとかせんとユッサユッサと彼女の肩をゆすった。


「ハッ!? あ、あぶないあぶない。

 ……真面目な話よ。物に意志があるって言うのは結構メジャーな考えでね、まだ付喪神じゃなくてただの扇風機だったころに風香ちゃんが季太朗君へ抱いた感謝とか、そういった強い念が付喪神化……意志の具現化を早めたんだと思う。細かいところは詳しく調べてみないとわからないけど……」


 物にも意志がある、という考え方があることは、季太朗も知っていた。勿論そんな考え方は、退魔師となって、いや退魔師となってからも彼は信じてはいなかったのだが、こうして目の前で実証されてしまった訳だ。それでもなお、意地悪く認めないというのは季太朗の主義ではない。


「む~、どうしたもんか……」

「あの……ご迷惑、でしたでしょうか」


 頭を掻き、眉に皺を寄せていいる季太朗を見て、風香が不安そうな顔でそう尋ねた。

 

「いや、お前のことを否定するつもりはねえよ。

 なっちまったもんはしょうがないし、俺自身ウダウダ悩むのは嫌いだしな。

 ……アンジュさん?」


 季太朗は最後に、アンジュの目を何かを言いたそうに覗き込んだ。その視線に気付いてアンジュは一瞬逡巡するも、すぐに季太朗がこれから言おうとしていることを察した。


「まあ、季太朗君がいいんなら、OKよ。ていうか惚れさせた女の子はちゃんと自分で責任取りなさい!」

「扇風機ですよ……?」

「扇風機でもよ!!」


 どうやら逃げ場はないようだ、と諦念を抱きながら、季太朗は大きく溜息を吐きだした。

 そして椅子を回転させ、風香の方に向き直って、こう言った。

 

「おい風香」

「は、はい」

「俺に迷惑はかけないか?」

「はい」

「俺の言うことをちゃんと聞いてくれるか?」

「はい」

「……俺についてきて後悔とかしないな?」

「はい!!」

「……わかった」


 そこまで風香に質問を繰り返したところで、季太朗は言い放った。


「お前、俺の家で暮らせ」



「ほら、あがりな。つっても元から俺の家にいたんだから、おかしな話だな」

「ふふ……いえ、では、改めてお邪魔させていただきます」


 玄関から上がる前に軽く一礼をしてから、風香は季太朗宅へと足をあげた。

 彼女(風香)は礼儀正しい。礼節には疎い季太朗でさえもその態度を見て思った。

 季太朗が彼女を自分の家で預かることにほとんど否定的でなかったのは、それが一因だったりする。

 

 風香は、季太朗が家で預かることになった。

 季太朗が付喪神、風香を自らの意思で自宅に預かったメインの理由は、まず元々、風香の本体となった扇風機は自分が使っていたものなのだから、自分でケリを付けなければならない、と考えたからだ。だがそうした理屈的な理由とは裏腹に、どうせもう既に一人似たような奴の面倒見てるんだしあと一人増えたところで変わりねーだろ、という投げやりな感情も季太朗の中にあったが。


「……」

「おい、なに露骨に不機嫌そうな顔してんだよ」


 家へ上がった風香の後姿を、ステラがジト目で睨んでいるのに、季太朗は今気付いた。

 普段不愛想な顔がより一層不愛想になっている。


「……なんか、もやもやする」

「はあ?」


 思わず季太朗は首を傾げた。視線の先からして風香のことだろうが、彼女の何処にそんなもやもやすることがあるのだろうか、季太朗にはわからなかった。


「風香のことか? 

 そりゃ、確かにいきなり現れたのはびっくりしたけどさ、元々俺の家にあったものからなったんだし俺が責任取るべきだろ。……不本意だが俺の所為でもあるらしいしな。それに見たところ彼女は礼儀正しいし大人しいし、特に預かることに関しては問題はねえように思うけどな」

「む~。ちがうの、そうじゃないんだけど……うまく、せつめいできない……」

「そうかい」 


 季太朗としては懇切丁寧に説明したつもりだったが、それでもステラの胸のもやもやは晴れなかったようだ。ずっと構っている訳にはいかないので、季太朗は早々にこの話題を切り上げることにした。


「あのー季太朗さま……」

「あん?」


 ふと季太朗が気付くと、風香が季太朗の顔を覗き込むようにして立っていた。

 加えてどことなく、眉が下がっている。


「その、拝見させて頂いて思ったのですけど、お食事は……」

「ん? 基本チキ〇ラーメンだけど」


 あっけらかんと彼は答えた。


「きたろうのチキ〇ラーメン、すごくおいしいんだから!」


 続いて、ステラが胸を張ってそう発言した。ちなみに美味しさに触発されてチキ〇ラーメンという単語を彼女が覚えたのは最近だ。あれ、加工品に湯をかけて出してるだけなんだ、と季太郎がとても言えない程の眩しい笑顔である。


「やっぱり……あまり、おからだにはよろしくないのでは?」

「あー。なんつーか慣れ親しんだ味っていうか、あんまり問題性を感じないというか」

「……わかりました」


 季太朗にとって、チキ〇ラーメンを始めとした各インスタント食品は長年食し続けて体に馴染んだ存在だった。含まれている化学調味料が体に良くない、という世間の声はたびたび耳に入っていたが、それでも、低コスト、短時間、手に入れるのが簡単、という要素の揃ったインスタント食品を季太朗は食べ続けた。それは、癖になってしまったのか今でも変わらない。

 風香の言う通り、とてもじゃないが健康的とは言えない食生活だ。

 

「では季太朗さま、三十分ほど、お時間をください!」

「は? 三十分? それまたどうし」

「何がなんでもですっ!!」

「お、おう。構わないぞ」


 その返事を聞いた途端、気圧されてビビった季太朗を尻目に、風香は季太朗宅の奥に猛スピードで消えていった。


「……なんだあ? あいつ」

「……しらない」


 頭に?マークを浮かべた二人が、その場に取り残された。



「ええと、お豆腐はこうして、ジャーキーは切り刻んで一緒に炒めて……」

「……おいまさか」


 時間が経つにつれ、季太朗は風香のせんとしていることに勘付いた。

 彼女は、一番最初に冷蔵庫を物色していたかと思えば、今はコンロに火をかけ、フライパンを熱し始めていた。


「お前料理できんの?!」

「ええ、少しは」


 フライパンに具材を放り込んで軽快な手つきで炒めながら、風香はそう言った。

 料理のできる付喪神。季太朗はそんなもの、聞いたことがなかった。


「え、いやちょっと待て。どうして」

「ほら、わたしって中古品じゃないですか。だから季太朗さまの所に来る前は色々な方にお世話になっていたんですよ。当然、色んな人の行動も見る訳で、料理もそうやって覚えました」


 風香が料理をできる理由は、そういうことだった。

 長年風香は、扇風機として様々な人の元を渡り歩いてきた。当然、色んな人の食生活も見てきている訳で、その経験から料理を覚えたのだという。口では簡単そうに言っているが、見よう見まねで料理を覚えるというのは大変なことだろう。


「へえ……そりゃ驚いたな」

「ふふ、大したことではありませんよ……はい、できました。お口に合うといいのですが」


 トントンッと小気味の良い音を立てて、二つの皿が季太朗達がいつも使っているテーブルの上に置かれた。 

 どうやら、いつの間にか料理が完成していたらしい。季太朗達の目の前に置かれた皿から、濛々と湯気が立ち上がった。


「なにこれ……! すごく、おいしそう!」

「ああ、いかんな、よだれが出てきた」

 

 そこから漂ってくる食欲を刺激する匂いに、ステラが鼻をひくつかせた。季太朗の口の中も自然とどんどん潤っていく。

 二人はそれ以上何も言わずに、椅子に座った。


「豆腐のステーキと、ジャーキー塩パスタ、です」


 風香の口から料理名が語られた。だがそんなことは季太朗とステラの耳には入らなかった。各自フォークを素早く手に取ると

 

「「いただきます」」


 一口、口の中へ運んだ。

 二人の目が丸くなった。


「「……」」

「あの、お気に召しませんでしたか……?」


 黙ってしまった二人を見て、恐る恐る風香は尋ねた。もしかしたら、自分の料理がまずくて何も言えないのではないか、と。

 だが、そんな彼女の心配は杞憂だった。


「「うめえーッ(おいしーいッ)!!」」


 あまりに大きなその声に驚いて、風香の体が反射的に一歩下がった。

 

「冷蔵庫の、ハフッ、余った食材でここまでのもんをズルーッ、作れんのかよ! 変なもん入ってねえだろうなっ!!」


 口ではそう言いつつ、手が止まらない季太朗。


「おいしい……もぐっ、チキ〇ラーメンよりおいしいものが、はむっ、あるなんてっ!」


 同じように、一心不乱に料理を口にほおばるステラ。両者の行動は鏡に映ったように合致している。


「……ふふ。おかわりならまだありますよ」

「「くれ(ちょうだい)!!」」


 一斉に皿を突き出す二人。そこから一時間ほどは、食器のぶつかる音が止むことはなかった。

 

 季太朗は風香を引き取って正解だった、と心底思った。

 こんな美味い料理を彼女が作れたこともそうだが、何より、人の手の入った食事の温かさというものを、思い出させてくれたから。


 こうしてなんら変哲のない夏のある日、季太朗宅の居候が一人、増えることになったのであった。

年明け初の投稿です。明けましておめでとうございます(大遅刻)。

今年も細々と更新していきますので、よろしくお願いします<m(__)m>

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