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退魔師、始めました  作者: コンペイトウ
プロローグ
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プロローグ アイツとの出会い


「……わかってたよ。こういう結果になることは」


 そう言って深い溜息を吐いて、男は理解した。世の中は当たり前のことしか起こらない。

 そして男は、企業からの不採用を告げる紙をぐしゃぐしゃに握りつぶし、夜空を仰いだ。


「……散歩にでも、行くか」



「……どこに行ったの。人の目につく前に、何とかしないと」


 そう静かに呟いた女性は知っていた。世の中は当たり前ではないことで満ちている。

 今この時、彼女が追っているモノのように、彼女自身がそうであるように。

 『当たり前』と『当たり前でないコト』の境界線は、脆い。一度『当たり前ではないコト』を自らの身で体験してしまえば、『当たり前』なんてものはないに等しくなる事を。


「……急ぎましょう。誰か被害に遭う前に」


 (うつつ)から思考を切り替え、その女史は闇を駆ける。



 その少女は知らなかった。自分が何者であるかを、何故、自分が追われているのかさえも。

 こわい。助けて。にげなきゃ。にげなきゃ。

 少女は心の中で叫んだ。


「……もう、つらいのは、いやだ――――」




「今日はやけに冷えるな。もう、春だってのに……」


 緋村季太朗は、長年使いこんだお気に入りの黒いコートを身に纏って、一人で夜道を歩いていた。

 彼がふと、その左腕の時計に目を落とすと、もう、時刻はとうに午前二時を過ぎている。


「そーいえば、餓鬼の頃はよく、夜分遅くまで起きていると喰われるだのさらわれるだの、化け物が出てくるって言われてたっけなあ。

 ……今となっちゃあ馬鹿らしくて下らねえ、空想だけど」


 緋村季太朗。

 今年、齢二十二歳。成人して、まだ二つ程しか年を重ねていないものの、彼は老成した人々の如く、現実と虚構の区別がとうについていた。

 だから、高校卒業後の就職活動四年間、幾星霜の採用試験に受からずとも、動じることはない。

 彼は自分がそういう風な、気に入られるような人間ではないと知っている。


 彼は、よく現実を知る者だった。

 世の中は常に、つまらない、当たり前のことしか起こらないと理解していた。

 

 今夜、それが崩れ去ることとなるとは思いもせずに。


 ●


 立ち上る白煙、異種混濁とした味の汁とそれらの匂いの混ざった湯気は、無性に懐かしさを感じさせる。


「まだおでん続けてる店舗があったとはなあ。助かった」


 そんなことを考えながら、季太朗は寒さに耐えかねて先程コンビニで購入したおでんの具の卵を突いた。この年にもなれば、食べ歩きという行為にもほとんど罪悪感を感じることはなかった。

 

 人の気配のない裏路地を通り帰路につく。

 眠らない街、東京といっても、ひとつ、奥に入り込んでみればこんなものである。暗くて、静かで、不気味。

 かといって、ほぼ一晩中明かりと人々が交錯し、雑音が溢れかえるような場所には、季太朗は行く気がしなかった。

 インドア体質の彼にとってそんな場所は、自分が掻き消されそうになる空間だったからだ。


 そんなこんなで彼は、おでんの汁を豪快に喉音を鳴らしながら飲み込む。


「ふー。これで体もあったまって腹も膨らんで、安眠できるな」


 季太朗の生活は最近食っちゃ寝、食っちゃ寝の繰り返しだったが、彼はそんなことは特段気にしていなかった。

 既に彼は、人間なんてものは定職に就かずとも、バイトして、金を貯めて、モノ食って、ぐっすり寝ればいいという堕落的な思考に囚われていたからだ。


「さっさと、帰って寝るとしようか――――

(おいしそうなにおい…………)


 ――――季太朗は瞬間的に、反射的に、自分の視界を見渡した。


 こんな深夜、生者の気配のない路地で、()()()()がした。

 この事実は、季太朗にとってとてつもない違和感を感じさせるのには十分な出来事だった。


(……なんだ。こんな夜中に、子供が出歩いているってのか?

 いや、まともな親ならそんなことはするはずがない。まともじゃなければ話は別だが、それとも路上生活児?

 このご時世、日本でそんなことは殆どないはずなんだが……)


 そこで季太朗は、そこまでの思考で見落としていたある一点に気付いてしまった。


(じゃあ何故、俺が、見えないんだ)


 そう、声がはっきりと聞こえ、その匂いを感じられるほど近くにいるはずなのに、先程からどんなに周囲を観察してもソレを見つけることが出来ない。

 ましてや、裏路地といってもそれなりに開けている。住宅からの気配も何もなく、白い灯りによって道も照らされている。人が近くにいれば、まず気付くのに。

 その状況が、彼の恐怖を煽った。


 だが、彼は瞼を閉じ、思い直す。そう、きっとあれは幻聴だったのだと。


「ハハ、ついに幻聴が聞こえるまで疲れちまったのかなあ。俺

 ―――――――――ッあァッ!!?」


 ()()、季太朗にとって、その感情を感じたのは何年振りだっただろうか。  

 しかし、今の彼はその感覚が痛みであることも、まともに理解することができなかった。


 (ンだよッ! これはッ、|()()が、俺の身体に――――?!)


 世界が暗転する。地面が消え、この世の全ての大気が無くなってしまったかのように。


 思考が止まる前に彼の眼がとらえた光景は、目の前に力なく伸ばされた自らの左腕と、蒼白い、ぼやけた光。

 そして、目の前に(たたず)む、一つの影だった。

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