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ハニーポット  作者: 指猿キササゲ
$5$ 名前空間
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#14 練磨


 練磨は、自然公園の丘陵地帯の散策道の入り口に立つ人影を認めた。

 オレンジ色の街頭に照らされた、少女だった。さきほどから『蓮灘の記録』を尾行していて、あの少女と親しそうに話しているのを見ている。そして――なにより少女の視線が、自分との敵対関係を明確にしている。

 視線には、覚悟と、敵意と、僅かばかりの疑念が込められている。

「『蓮灘の記録』の知り合いか?」

 静かな夜、静かな公園で、練磨の声は、空気に透き通らんばかりだった。少女は、はっきりとした口調で答える。

「私は、蓮灘薫さんの友人です」

 練磨は失笑し、目を伏せた。

「友か。だが君に、『蓮灘の記録』がどのようなものか分かるか? その苦痛が分かるか?」

「分かりません」

 少女は、潔いまでに否定した。

「そうか……よくそれで、友などと言えたものだな」

「私はあなたとは違います。私が見ているのは『蓮灘の記録』ではなく、蓮灘薫さん個人なんです」

「『蓮灘の記録』が、それを望むか?」

「そんなのは関係ありません」

 少女の力強い断言に、練磨は怯んだ。

「私が、そう思い、そう見てるんです。蓮灘なんて立場や、力じゃなくて、蓮灘さん個人を、私は見てる。彼女が、私にどう見て欲しいかなんて、関係無い」

「個人を為すのは立場だ。それを見なければ、個人の本質は分からない」

「いえ、それは違うと思います。立場なんて、所詮はペルソナです」

 それは、練磨に対する最大の侮蔑であった。『降棚の記録』だけをアイデンティティーとしていた彼にとって、少女の否定は、練磨の存在意義そのものを否定することに他ならない。

「嘘というのか。君は。追求者の記録を」

「あなたの思想をとやかく言うつもりはありません。けど、私はあなたを認めない」

「俺が、友人である『蓮灘の記録』を奪うからか?」

「いえ、違います。あなたは……私の友人とは違うから」

「何?」

「あなたの望みは国だと言うけれど、見ているのは国じゃなくて、自分だけです」

「知った口をきくな!」

 低い怒声が響いた。

「よくも、それだけの口がきけたものだ。自分の立場が理解できているか? それが分かっていて言っているのなら、正気の沙汰とは思えんな。それとも『蓮灘の記録』がいるからか? いざというときは助けになるとでも思っているのか?」

 恐喝じみた台詞だった。だが、そうでもしないと赦せない。この少女は、架空の姓の追求者達の無念も悲壮も知らないくせに、勝手な批評を口にしている。それも否定を。そんなものは評価ではない。軽率なレッテル貼りだ。

「あなたはそんなことしないでしょう? あなたは国のために動く人なら、自分という個人を否定されて、逆上するなんて浅ましい真似をする筈がありません」

「都合がいいな。俺が個人の目的で動いていると言っておきながら」

 練磨は、少女の口を止めようと――怯ませようと――一歩近づいた。だが、少女は止まらない。

「それでも、あなたの矜持はそれを許さない。そんな無益なことをする時間があったら、一刻も早く蓮灘さんを追うでしょう」

 正解だった。こんな少女と、ずっと話しているつもりはない。だが――

「だが――君を見逃して、助けを呼ばれても面倒だ。邪魔立てするなら、排除する」

 視線を向ける。そこに、明確な敵意と殺意、そして攻撃の意思を乗せて。並の人間なら、それだけで怖気付くだろう。――だが、少女は視線を合わせ、真っ向から対峙する。

「私は、邪魔なんてしません。――蓮灘さんなら、あなたには負けないって、信じてるから」

 重なった。それは、以前、あの追求者に連れられてやってきた少女の視線だった。彼女には、明確な意思があった。『皆を幸せにしたい』という、重すぎる大望があった。

 この少女にも、それがある。何を望んでいるのかまでは分からないが、それでも、意思だけは感じ取れる。

 明確な意思は、練磨を通して、もっと大きなところを見ている。

「――なるほどな。名を聞かせてもらっていいかな?」

 名乗る義理は無い。だが少女は、明瞭な声で答えた。

「鳩間朱莉です」

「なるほど。覚えておこう。鳩間朱莉。君の思想は理解の外だが、君の意思の頑なさは、我が日本国民にふさわしい」

 鳩間朱莉が道をあける。練磨は、その道を通って、真っ暗な、丘陵地帯に消えて行った。


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