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ハニーポット  作者: 指猿キササゲ
$1$ 本質乖離
8/113

#8 朱莉

    #8 朱莉


 朝の教室で、朱莉と洋子は昨日と同じように教室で雑談をしていた。

「……っつーわけよ。結構みんな使ってるんだって。別にクスリとかじゃないんだから、やってみたって後悔はないって」

 とはいえ、最近の洋子の話題は例の御札ばかりだ。朱莉は冷える指先を吐息で温めながら聞いていた。

「ふーん……」

 朝日を浴びると、洋子の黒髪が赤みを帯びているのが分る。本人は染めていると言っているが、これは完全に教師に指摘されているのをビビッているに違いない。喋るたびに微かに揺れるポニーテールの穂先を、朱莉は、ぼーっ、と見つめていた。

 いつもと変わらない、昨日と変わらない日常。だが今日は変化が起こった。

「そのまじないの話、詳しく聞かせてくれない?」

 落ち着いた声色の呼びかけに、朱莉と洋子は顔を上げる。

「ああ……蓮灘さん……」

 蓮灘薫。百八十を超える高身長を持つクラスメイトだ。話しかけられたのはこれが初めてで、今までは口を聞いたことすらなかった。

「うん……結構ヤバいみたいなの。あの御札」

「御札?」

 朱莉からしたら当然の単語に、薫は眉を寄せた。

「うん。白いやつ。だいたい葉書二枚分くらいの大きさって聞いたよ」

「ちっ……」

 洋子の説明に、薫が小さくした打ちした。

「どうかしたの?」

「んや。知り合いからまじないって聞いてたんだけど、話が違うと思ってね」

 知り合いという単語に引っかかったが、友人ということだろうか? 朱莉は極力触れないよう努めることにした。薮蛇はゴメンだ。

「で? ヤバいってことは、なんかあったの?」

「うん。なんか使ったら、部活でモメた先輩が事故たって男子が言ってた」

「ふーん。呪いのおまじないってワケだ」

「呪い……か……」

 薫の言い分を聞いて、朱莉は呟いた。呪いとは、随分とホラーな響きだ。井戸から這い出る長髪の女の姿を想起させる。

 すると、洋子が口元を隠すような仕草をした。なにか言い知れない違和感を感じた。

「ちょっとー、呪いってヒドくない?」

 なぜか友人が肩を震わせて笑う。理由はよく分らない。

「まぁいいや。参考になったよ。どうも」

 薫が席を立つ。洋子は「こいつ何がしたかったんだ?」という目で、薫を見ている。

「えっと……蓮灘さん」

「なに?」

 彼女はいつでも不機嫌そうに見える。大きな身体だけならまだしも、鋭い目付きとその表情が威圧感を与えてくるのだ。だが朱莉は、臆せず話してみる。

「どうして突然、こんな話……」

「こんな話したか? なんとなくだよ、なんとなく」

 はぐらかされているのは明白だ。だが、だからといって何か言えるわけではない。

「そう……」

 薫が席に戻るのを見送ってから、朱莉は授業が始まるまで、洋子との雑談を続けた。


 あの御札の話が広まってから、だんだんと授業中の私語が増加していた。普段から相当うるさいのだが、最近になって特に酷くなっている印象を受ける。そして今日は格別だった。否が応でも話が耳に入ってくる。いつしか黒板の内容をノートに写していた朱莉の手も止まっていた。

「え、マジ? あの先輩死んだの?」

「だから死んではないって」

「でもそれやってすぐに事故ったんでしょ? ヤバくない?」

 朱莉が黒板の内容をノートに写していると、隣からそんな声が聞こえた。授業中はいつもざわついていて、騒がしいが故に一人一人の言葉は聞き取りにくいのだが、今日の隣の人たちはどうやらテンションが高いらしく、自然、声も大きく聞き取りやすかった。

「その御札っていつ配られたの?」

「靴箱に入ってたって人もいたらしいよ。最初に誰が使い始めたのかは分からんないけど」

「え、それって怖くない?」

「いや、なんでも大概そうでしょ。っつか分ってても、それはそれで怖いわよ」

 ――なんか、クラスの雰囲気も変わってきたなぁ……。

 前からそれほど良くはなかった。だが、ここまでではなかったと記憶している。例の御札とやらがどれだけ都合の良い物なのかは知らないが、これほどまでに話のタネになるとは予想できなかった。

 ――あの御札、使っちゃおうかな。教室を静かにしてくださいって。

 思わず考えてしまい、朱莉は自嘲的に笑う。どうやら私も毒され始めたらしい。

 いいかげん集中力も切れ始め、朱莉はノートをとる代わりに、かなり盛り上がっている男子三人の話に聞き耳を立ててみる。

「っつかその御札っての見つけて売ったら儲けられるくね?」

 一番頭の悪そうな男子が、そんな低俗な事を言った。一番まともそうな一人が答える。

「それなら『億万長者にして下さい』って願い事した方が早いだろ」

 だが、三人の中でリーダー格の一番ずる賢そうな男子は、それを否定した。

「バァーカ。ホントに叶うわけねぇだろ。事故って信じてる馬鹿が出るから売れ頃ってこったろ?」

「そうそう」

 調子に乗って頭の悪そうな一人が同調する。

「そうそう、って、お前は絶対そんなこと考えてなかったろ」

 人が怪我をしても、どうやら彼らには関係ないらしい。程度が低いとこれだから困る。中学の時、もっと勉強しておけば、もうちょっと真面目な高校に入学できたのかもしれないな、と朱莉は今更ながらに後悔してみる。

 ――この先、どうなるんだろ?

 朱莉が溜め息をついたのと、授業終了を告げるチャイムが鳴るのは同時だった。 


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