#5 朱莉
朱莉は土曜日、県営ヒルズマンションの805号室に来ていた。そして朱莉は、祖父が亡くなった事を祐輔に話した。
「そうか……お悔やみ申し上げます、と言えばいいかな。自慢じゃないが、僕はこういう経験が少ないから、なんと言っていいか分からない」
祐輔は、困ったような表情を浮かべていたが、いつもと違って哀愁が漂っていた。朱莉も同じように、困った表情をしていた。だって、そんなに同情されるとは、思ってもみなかったのだから。
「あの……これ、葬儀の時にお坊さんが言ってた話なんですけど、昔は今よりも子供がよく亡くなってから、よく生んでたそうなんです。それで、お坊さんは子供が亡くなる数が減ったのは幸せだって言ってたんですけど……なんか私、違う気がするんです」
なるほど、と感心したように祐輔は頷いた。
「……多産の願いか。僕らの間でも、たまに問題提起されるテーマだよ」
「へー、多産が解創なんですか?」
「ああ。追求者の中には『生命こそ原初の解創である』なんて考えの人達もいるくらいだ。確かに、今では昔ほど為されなくなった願いかもしれないね。子宝は」
「少子高齢化ってヤツですね」
朱莉は、意味もなく得意げに言ってみた。
「そうだね。ある意味、自由になりすぎた弊害なのかもね」
角川は、諦めるような口調で言った。
「今はあんまり、家を継げとか言わないですから、そう言うのですか?」
朱莉は適当に言ったが、角川は丁寧に答える。
「それもあるね。家を継がせるためには、跡継ぎの子供がいる。昔は嫁を娶っても、子供を産めないと追い返さた、なんて話もザラだったらしい」
今だと、考えられないようなことだと思った。少なくとも朱莉は、そう考えた。子供が産めないから追い返されるなんて、泣きっ面に蜂じゃないか。
「神話には、多産を司る神というのがいた。ギリシア、ローマ、エジプト……そして日本。どれでもいる。なぜなら、どこの国でも子孫が望まれたからだ。文字通り、子供が生まれるか否かは死活問題だったのさ。けど今のこの国はどうだい? ……そういう考えは廃れてきている。戦後から考え方も変わったし、女性も働けるようになった。その代わりに、結婚率とかも減ったけどね」
朱莉には、まるで女性は仕事をせずに、結婚した方が良いと言っているように聞こえた。
「じゃあ角川さんは、女の人はつべこべ言わずに家庭に入れとか言う人?」
「そうは言わないよ。ただ、仕事に励む事と、家庭を築くことを蔑ろにする事は、違うと思うだけさ」
「でもそれ、難しくないですか?」
「それもそうだね。両立が難しいから、現実、こうなってるんだし」
祐輔は笑った。朱莉は、自分の友人の事を思い出す……そして考えた事を言ってみた。
「角川さん。これはあくまで仮の話なんですけど、もし解創を使って子供を作れたりとかしたら、少子高齢化って無くなりますかね?」
強引だなぁ、と祐輔は笑っていた。……そして朱莉が知る由も無いが、祐輔は少しだけ戦慄していた。朱莉の強引な考えは、追求者では到底思い浮かばないからだ。
「解創は便利ツールじゃないんだよ、朱莉くん……だがまぁ、それは無いね。なぜなら少子高齢化は、産める能力を持つ人がいないのが原因ではなく、子供を望む人がいないのが一因だからだ。解創という願いを叶えるものをツールとして考えるなら、そもそもツールに需要が無いんだ」
それじゃ手段が変わっただけなんだよ、と祐輔は続ける。
「子供とはね、親の願いの産物なんだ。二人の人間によって為される、一つの解創さ。人の誕生が、子を産む親の願いというなら……人という存在そのものが、親による解創なのかもしれない」
祐輔の言いたい事は、子供とは……人の誕生とは、願われて尊ばれる願いだろうということだったのだが……朱莉は、そっちではない……肝心ではない方に興味が湧いた。
「あの、複数の人で一つの解創を為すって事が可能なんですか?」
ちょっと意外に思った朱莉の疑問を、祐輔は「ああ」と肯定する。
「解創は、執着や願いを我が物として叶え、自由を得る行為だ。そして人の誕生という解創は、誕生する人……すなわち子に注がれる。子の解創は、解創者よりも追求者のそれに近いかもしれない。夫婦の願いが子に注がれて誕生するのだとしたら」
追求者は、願いを道具によって叶える。道具という言い方をするのは気が引けるが、つまるところ究極のアミニズム……無であろうと願うことで霊魂、はては人を形成するのだとしたら。たしかに子宝は、親の願いを託された解創と言えるのかもしれない。
朱莉は、ふと思って口にする。
「なら、蓮灘さんって、私たちと違わないのかもしれませんね。『蓮灘の記録』だって蓮灘という家の願いには、違いないんですから」
「そうだね……そうかもしれないね」
神妙な顔をして、追求者――角川祐輔は嘯いた。




