#6 朱莉
#6 朱莉
「この御札、なんなんだろう?」
朱莉は自分の部屋のベッドに腰をかけたまま、上体だけ仰向けになっていた。スリッパをぶらぶらと揺らしながら、もう一つの紙を見比べる。
「角川、祐輔」
当然、名前に聞き覚えなどない。男の名前というのが、唯一読み取れる情報だ。
自分と同じ高校生だろうか? それとも社会人?
この御札が悪いものであると知っているのは、おそらく自分だけだ。クラスや学校では、まだ使っている人が大勢いるのかもしれない――どんな副作用や影響があるのかは知らないが、止める方法があれば……。
自然に、朱莉は洋子に電話を掛けた。数度のコール音の後に、電話主は出た。
『朱莉ー、どうかしたの?』
どう切り出していいか分らない。道端で出会った人に忠告された、と言って信じてもらえるだろうか?
「ああ……その、例の御札の事なんだけど……」
『ああ、それ! また当ったって!』
電話の向こうで、友人が奇声にも似た叫びを上げる。対照的に朱莉は嫌な予感がした。
「どうかしたの?」
『あの御札なんだけどさ、冗談抜きで本当に効果アリっぽい! なんかさ、どっかのクラスの男子がさ、部活で先輩と折り合い悪かったらしいの。で、例の御札使ったんだって……。そしたら、その先輩、さっき事故ったんだって! いやー、その先輩も結構なワルってのは前々から私も聞いてたからさー、ぶっちゃけ、ちょっと気が晴れたってゆーか』
アハハ、と暢気に洋子は笑う。だが聞いている朱莉は、とても洋子と同じ感想は抱けなかった。焦燥に駆られ、朱莉は問い詰める。
「その先輩、生きてるの?」
『死んだっては聞かないから……とりあえず生きてるとは思うよー、ってかヤバいよね、効果大じゃない、アレ』
とりあえず生きている、という言いぶりからして、あまり良い状態とは言えなそうだ。洋子は陽気に話しているが、気味が悪いというのが、率直な感想だった。
朱莉の視線が、自然と例の御札に向けられる。続いて男に渡されたメモ。
「へぇ、そうなんだ……」
『じゃねー。お休みー』
「おやすみ」
朱莉は通話を切った。部屋は一気に静寂に包まれる。
急に、朱莉は部屋が怖くなる。
壁からここまで、こんなにも遠かっただろうか? 白色LEDの照明は、テーブルやベッドを白々しく無機質に照らし出している。視覚的には明るいけれど、まるで温かみがない。白いばかりで冷たくて、まるでペンキのようだ。
手早くメモと御札を制服のポケットに仕舞うと、朱莉は自室から出る。短いフローリングの廊下すら、スリッパ越しに薄ら寒さを与えてくる。思いきり力を込めて引き戸を開けて、朱莉はリビングに入った。ソファに身を沈め、テレビを見ていた母親が、引き戸の開く音を聞いて振り返る。
「あら、どうしたの? 珍しいわね」
普段の朱莉は、風呂に入った後は、トイレと歯磨きなど、用事のある時くらいしか部屋から出ないから、この母親の反応は、当然といえば当然だった。
「あ、うん。たまにはテレビでも見ようかなー、って……」
母親を誤魔化して、朱莉はソファに座ってテレビを視聴する事にした。