#5 薫
#5 薫
後ろ髪は首を覆い隠し、耳も半分ほど隠れていた。鼻は高く、目は垂れ目。顎は細く、それだけ見れば美形であるが、頬が少々こけているのが玉に瑕。
身長は百九十を越しているが、かなりの痩せ型で体重は六十キロもなさそう――そんなひょろりとした長身の男、角川祐輔は、県営ヒルズマンションの805号室に住んでいる。
そして友人の少ない角川の家に、今日は来客がいた。それは彼が招いた一人の女子高生だった。
百八十センチを超える高い背丈と、常に不機嫌そうな表情が特徴のショートカットの女。蓮灘薫という女子高生は、入ってくるなり客間となっているリビングのソファに腰掛けた。
「久しぶりね、ここにくるの」
「そうだねぇ。君は理由も無く、僕の部屋に遊びに来るようなキャラじゃないし」
ふと、薫の視線が祐輔の傍らに座る少女に据えられる。
茶色い髪は腰まで伸ばしていて、まるで人形のようだ。白い四肢は、薫のそれとは比べ物にならないほど細い。黒ブチの眼鏡と、耽読している文庫本が特徴的で、文学少女という言葉が実に適切だった。
「ずいぶん前から気になってたんだけどさ……そこの眼鏡の娘……作ったのアンタ?」
「まぁね。人畜無害な少女にしか見えないだろ?」
得意げに笑う男を見て、薫は一言、
「知んない。人形に見えない分だけ、まぁマシなんじゃない?」
祐輔は苦笑いした。まるで薫を憐れむような表情だった。
「卑屈な発想だね。メタな部分では、彼女も蓮灘の技術も同じなんだよ? 君は先天的な素質や、自らの意思で解創を手にした『解創者』ではなく、解創を制作する追求者の『作品』、この娘と同じだ。蓮灘という名と、その血を継ぐということは、追求者の探求の記録帳として生きていく事になる。そう考えれば、今の君の発言は自虐も同然だよ」
能書きは結構だ。薫は溜め息をついて本題を切り出した。
「……で? 今日呼び出したのも、蓮灘の解創が原因?」
「そうだよ。蓮灘の技術力は現代の追求者にとって貴重なものさ。強弱や高低じゃなく……そうだね、ガラパゴス諸島の動物達みたいなもんさ。独自に生まれた代物は目新しくて興味を引く。作り手や使い手といったジャンルを問わず、欲に狩られた追求者たちにとって、君は蜜の壷さ」
人を壷あつかいするとは、良い度胸だ。軽く殴り飛ばしたくなるが、不毛なので気にしないようにする。
「で? その追求者」
「趣味の悪い、まじないの類が出回ってる。君の学校で、だ。心当たりは?」
「ないね。私、そういう話題には疎いから」
薫は芝居がかった挙動で肩をすくめてみせる。
「調査してくれないかな。無論、謝礼はするよ」
間髪いれずに祐輔が言った。無論、薫は良い表情をしない。
「調査って……どうやって?」
「全面的にお任せするよ、なぁに、それも仕事のうちさ。人食い竜を狩るなら、見つけるのも仕事だろ?」
くだらない。言って薫は立ち上がる。
「なんでもいいけど……アンタ、ゲームのしすぎ」
なぜか、祐輔の隣で文庫本に読み耽っていた少女が、ぴくりと反応した。
「……どうしたの、その娘」
「ああ。コレにゲームをさせてみようと思ってね。それについての情報を入れさせてるところさ。だからゲームって単語に反応する」
またも少女の肩が反応した。どうやら話は本当らしい。
「こんなどうでもいいことに追求者の技術使うって……裁定委員会に怒られないの?」
「ないね。個人使用は自由だ。彼らが動くのは、あくまで『追求者の社会、解創を司る者達の社会全体にとって悪となる』場合だけだ、表向きにはね。僕から言わせてもらえば、結構彼らは自分勝手だけど」
裁定委員会。それは祐輔も言ったとおり、解創を追求する追求者にとって害悪となるものを排除する組織だ。例えば解創の一般社会へ漏洩したり、追求者を殺害すると、彼らの裁定の対象になる。
「……ってことは、このまじないも裁定委員会の対象?」
ふと思い立ち、薫は条件反射気味に言った。
「そうだね。こっちで先に捕まえちゃえば、多少の謝礼はくれそうだ。ま、くれなくても僕の研究の材料にはなるさ」
ハハハハ、と陽気に祐輔が笑う。
薫は無視して、805号室を後にした。