#1 薫
始業式の日だというのに、登校坂の両脇に並ぶ桜は、既に葉桜となっていた。瑞々しい葉の緑と桜、そして青い空のコントラストを表現する言葉は『鮮やか』の一言に尽きる。
四月一日火曜日。今日は蓮灘薫の通う高校の始業式の日である。クラス割表が生徒用昇降口前の屋外掲示板に張り出され、まるで砂糖菓子に集る蟻たちのように、黒っぽいブレザーを着た生徒が大勢、群がっている。
薫は、かれこれ一時間も前に学校に来ていた。ほぼ無人の校舎が目覚めるまでの間、特別棟の校舎にある特別教室で二度寝をするのが一年生の頃からの習慣で、それは今年――つまり二年生になってからも継続する予定である。
薫は、喧騒が聞こえてきたので自然と目を覚ました。ローファーの入ったコンビニ袋を片手に昇降口へと赴く。薫が着た時間には、流石にまだクラス割表は貼り出されていなかった。
ぼーっ、とした頭で、クラス割から自分の名前を探し出す。人がこうやって集まっているとき、背の高い自分は見たい物が見られて便利である。視力も悪くないから、たいていの場合は視認可能だ。
二年生の名前の中から、自分の名前を見つけた。どうやら三組らしい。ふと『蓮灘 薫』の真下――つまり薫の次の出席番号の人物の氏名に目が行く。そこには、『鳩間 朱莉』とあった。
「…………」
そういえば、一年の頃も同じだったな――と、茶髪のクラスメイトを思い出す。知人以上友人未満で、薫の知人とも知り合いという、薫の人間相関図の中で、奇妙な立ち位置を獲得している人物だ。
追求者――執着を捨てる解脱で涅槃に至るのではなく、執着という願いを叶える事で自由を獲得する『解創』を追求する者達。鳩間朱莉という少女は、そんな人間たちの世界に興味を示している。追求者となった友人の足跡を辿りたい――それだけの気持ちで。
薫には、これといって友人はいない。だから朱莉の感覚は理解できない。友人なんて、所詮は他人だ。そんな『自分の近くにいるという理由以外に接点の無い人間』が自分の前から消えたということは、自分の認識の中で消えたのと同義だろう。そんな希薄な存在に、どうして思いを馳せられるのか。
「――馬鹿らしい」
それは朱莉にではなくて、自分に対して向けられている。
常に他人を――『蓮灘の記録』を――意識している薫に、一人になった人間の気持ちなんて、そもそも理解できないのだ。
鈴切桐高との一件で、『蓮灘の記録』という力を自分の物にしたと思う。けれど……その実感が湧かないのも事実だった。目に見えて変わったものは、なにもない。本当に力を自分のものに出来てるかどうかなんて、自分で分からない以上、答えは出ない。だって、確かめようが無いのだから。
そこまで考えて、ふと思う――もし『蓮灘の記録』を自分の物に……いや、自分の願いに出来たときには……もしかしたら、その時には完全に一人になれて、朱莉の気持ちも理解できるようになるんじゃないか、と。
早いことに、もう第3章になります。
こんなに長続きしていることに私自身が驚いています。
4章の準備を進めていますが、4章は毛色の違う章になりそうなので、
3章は戦闘シーン多目になります。
これからも末永く、ご愛読お願いします。




