#3 薫
#3 薫
いつもどおりの授業が始まった。
正確には、二時間目が始まった、だ。それはいつも通りの喧騒が響く、授業とは名ばかりの雑談の時間だ。真面目に授業を受けている人間なんて、ほとんどいない。もちろん一部は別であるし、ほとんどは最低限ノートを取っているとはいえ『勉学に励む』なんていう校訓とは程遠い光景だった。
そういえば、静かな教室というのは体験したことがないな、と薫はふと思い立つ。
とうの薫も、真面目に授業を聞く方ではなかった。黒板も写さない。当然それは成績に反映されるわけだが、彼女は特に気にしていなかった。
寝るに限る――頬杖をついて、いつも通りの睡眠の体勢を整える。
お前ら、うるさいぞ。教師がわざわざ怒鳴った。その一瞬は静まり返るが、燃え出した炎のように、じわじわと煩さは戻っていく。
「うっわウッザ」
「っつかさ、胡桃沢のヤツウザくない?」
「ちょ、今更やんそれ」
嘲笑が聞えた。反抗の声が聞こえた。
――ウザいって……なら本人に向かって言ってみろよ……。
退屈しのぎに意地悪なことを考える。薫は、いま聞こえた声の主が、面と向かってはそんな事を言えない、という事くらいは、なんとなく分かっていた。
「ねぇねぇ、聞いた?」
「ああ、あの御札のヤツ?」
話し声は別の所からも。まったく付き合ってられないな、と再び目を閉じてみるが、目を閉じると余計に周りの声が聞こえるようになってしまう。
「かー、ったりぃ~」
「うっわ、アイツまた既読無視してる。死ねばいいのに」
しかし、どうしてこうも人は暇なのだろうか? 薫は少し考えてみて、ふと気付いた。暇なのではない。暇になっているのだ。疲れるのがイヤだから、無自覚に面倒なことをやらないようにして、暇になろうとしているのだ。そういえば、大罪だか煩悩だかに『怠惰』というのがあった気がする。昔の人間はよく考えたものだな、現代人にも当てはまってる――薫は感心した。
「え、ってかココ習ったっけ? 習ってないよね?」
ふと聞えた真面目な声。授業を聞いていなかったら、おそらく分らないであろう発言だった。やっぱりやってる奴はやってるものだ。
「またアイツ寝てる~、撮ろ撮ろ」
かと思えば、暇人もいる。随分と忙しいクラスだ――自分だけ除け者にして、薫は眠たい頭を動かした。動かした方が疲れて寝やすくなるからだ。
お前ら少しは聞いたらどうだ? 溜め息混じりの教師の呟きは、諦め半分だった。
「聞けっていうけどさ、誰も聞く気ないのに言っても意味なくね?」
後ろのほうから聞こえてきた。
聞いてる奴もいるんだよ、私は違うけど。呟きは、心の中だけに留めた。