#2 朱莉
#2 朱莉
どんな願い事でも叶える、とはいかないけれど、結構願いが叶う御札がある。
高校生にもなって、こんなオカルティックな噂で盛り上がるなんて、鳩間朱莉は思ってもみなかった。
いまや電子機器で人と繋がれる情報化社会の時代である。根拠など微塵もないオカルトよりも、とりあえず皆と分りやすく繋がれる、電子的なツールの方が皆の中では需要があると思っていた朱莉は、この学校だけというローカルな流行とはいえ、その現実が信じられなかった。
「で、その御札ってホントに効果あるの?」
ある冬の日のホームルーム前の教室で、朱莉は少ない友人の一人、野崎洋子に訊いてみた。
洋子の髪は、パッと見ると黒いが、実はちょっと染めているおり、それをポニーテールにしていて、長さは腰の辺りまである。天然で茶髪、ショートカットの朱莉とは対照的だ。
「未来が言ってたんだけどね、好きな男子いたらしくってさ。でも未来って、かなり奥手じゃん? 告白なんて絶対無理とか思ったらしいんだけどさ、でもその御札使ったら、なんか告白できたんだって。やばくない? 結果としてOKもらえたらしいし」
なんだそりゃ。朱莉は眉間に皺を寄せる。
「それ、プラセボ効果じゃないの?」
「いやいや、他にもあるんだって」
他にも? と問おうとしたところで、教室のドアが開いた。長身の同級生の姿を視界に収めた後、二人は会話に戻る。
「明美と凛子だって部活で県大会いったし」
「いやいや、あの二人は、もともとスペック高いじゃん」
「頑なに信じないね、朱莉は」
洋子がつまらなそうに言った。朱莉だってつまらない。
「そんなんで何事も上手くいくんなら、誰も苦労しないって」
こいつは世間の厳しさを知らんのか。人のことは言えないが、朱莉は少し心配になった。
「じゃあさ、そういう朱莉は、もし御札があったらどんな願い事するの?」
「えー……そうだなー」
少し思案してから、朱莉は真面目に呟く。
「頭良くしてもらう」
結構真剣に考えた願いを聞いて、友人は落胆の色を浮かべた。
「えー、アンタ別にアタマ悪くなくない?」
「別にぃ。そしたら勉強しなくてもいいからテスト楽じゃん」
「うっわー、夢ないねー、アンタ」
そうだろうか? なにもせずにテストで良好な成績を取れるなんて、それこそ夢のような事じゃないか――朱莉は友人の否定的な見解の理解に苦しむ。
「御札ねぇ……」
そのオカルティックな響きに、朱莉は特に惹かれなかった。だが、事実惹かれている人はいる。だから、使うのだろう。なぜ惹かれるのか――そこは理解不能だが。
「ってか、なんでみんな、そんな御札使うのかな?」
朱莉は不思議でたまらない。今の自分が満足とは思わないのだろうか? 友人に答えを求める。
「そんな、って言うなし。あれっしょ、目的がないんっしょ。だってさ、こんな退屈な日常おくってて、狂わない方がおかしいって」
そんなものなのかな? 朱莉は小首をかしげる。
「フツーに楽しくないかな? 暮らしてて」
「っかー! そんなの朱莉だけだって。なんかないの? 願い事を叶えればいいなって思わない? 分っかんないなぁ……あ、分んないといえば……蓮灘さんもかなぁ」
「ああ、あの背の高い子か……」
「いや、子、って柄でもないでしょ、アレ」
洋子が呆れた表情をする。身長百八十二センチというのは、女子の中ではかなり高身長な部類に入るだろう。
「あの人さ、なんかこう、違うよねー、色々。背ぇ高いだけじゃなくてさ、浮いてるって言うか」
確かに、浮いてるといえば浮いているのかもしれない。大柄な男子に負けず劣らずの体格。なのにバレーやバスケ部には入っておらず、友人は少ないらしい。嫌われているわけではないが近寄り難い。その程度にしか思わないんだから、ぶっちゃけ、互いにどうでもいいと思っているんだろう。なんら珍しい話ではない。
「私には普通の子に見えるけど」
すると洋子は、ため息をついて呟いた。
「アンタの目は節穴と思うわよ」
「ひっどいなー」
朱莉は友人の容赦ない指摘に耳を塞ぎたくなる。確かに的を射ているので、朱莉は反論できなかった。