#19 朱莉
#19 朱莉
始まったのは、いつも通りの日常だった。違っていたのは、最初だけ。朝の友人との会話がなくなったことくらい。
昼休みになれば、自然と集まり、話しかけられ、話している。
「っていうか急だったねー、洋子が転校って……どうしたんだろうね」
「先生言ってたじゃん。なんか親の関係とかって……」
そんな会話を、聞き流す。
「朱莉、なにも知らない?」
「さぁ……分んない」
嘘だった。けれどそれ以外に言えるセリフがなかった。
そう――授業中の私語も、昼休みの会話も、何の変化もない。内容が変わっただけだ。下らない会話は血液みたいなものだ。脈のように刻まれるリズムに意味なんてなく、流れている事に意味がある。
結局、ただの道具。
流行の過ぎた芸能人の言葉みたいに、洋子の起した事件は現在の繰り返しの中でかき消されていくのだろう。
一時の娯楽は、卒業する頃には皆、忘れているのだ。まじないも、御札も、全て流動する時間においてけぼりにされていく。
学校から帰ってすぐ、朱莉は祐輔に呼び出された。
「これは返しておく」
県営ヒルズマンションの805号室で、追求者の男に手渡されたのは、既になんの意味もない御札だった。
朱莉と祐輔の二人は、昨日と同じように対面して座っていた。同様に、眼鏡の少女も祐輔の隣にいた。
「……結局、これってなんだったんですか?」
気のない朱莉の質問に、祐輔は回答する。
「分りやすくいうと、それは盗聴器なんだ。それで人の願いを聞いて人に乗り移って叶ええてた。まぁ乗り移るというのは間違った表現かな。あれは操作というより強制だ。外部から力をかけるだけだからね。ま、それでも結構な事ができたらしい、彼女独自のアレンジが加えられていたのも、理由のひとつだろう。直進する人間の動きを止めるという単純なものから、人間の手足の操作、果ては声帯の操作まで。随分と頑張ったもんだよ、君の友達は」
祐輔の口調は、なにやら楽しげだった。……逆に、朱莉の表情は険しくなる。
「それで……私はその……なにかあるんですか、裁定委員会からの処分……でしたっけ?」
「ああ、それ」
すごくつまらなそうに祐輔が言った。
「あれね、特に無いって。漏らしもしないだろうし。僕が解創について説明したりはしたが、まぁそのくらいは許容範囲だし、誰に言ったってどうせ誰も信じないだろう、アイツらが証拠になるものは全部隠蔽したし」
……覚悟していた内容とは百八十度違う結果に、朱莉は安堵を通り越して落胆した。
「あの……知りたいことがあるんです」
朱莉は、ここに来る前から考えていた事を口にした。
「なんだい?」
「私は……」
何をしたいのかは、決まっていた。
「知りたいんです、解創を、追求者を」
友達が見てきた世界と、彼女がこの世界に関わった原因。知らずに入られなかった。
祐輔は至って普通の表情で、こんなことを言った。
「そうか。じゃあ好きなときに来るといい。話くらいなら聞かせてあげられるからさ」
それは朱莉にとって、願ってもない言葉だった。