#18 朱莉
#18 朱莉
無許可で学校の敷地に入って大丈夫だろうか――そんな朱莉の心配などそっちのけで、祐輔は自動車を敷地内にいれ、さらに駐車場に停めてしまった。
二人は車を降りる。すると否が応でも一階の渡り廊下に目が付いた。そこには知った人影がある。蓮灘薫だった。横に倒れているのは確認するまでもなく、朱莉の友人、野崎洋子。
祐輔は手を上げて一言、
「車で助けに来るまでもなかったみたいだね」
三人の間を、寒風が吹きぬける。
車で、来るま。朱莉の脳は白く染まる。
「こいつ、どうするんだ? 委員会のヤツラは一緒じゃないみたいだけど」
「え、スルーかい? まぁいいや。糸島さんを呼ぼう」
薫の無視に、祐輔はあからさまに動揺していた。
「もう呼んだよ。そいつのスマホ使わせてもらった」
「君ねぇ。他人の道具を勝手に使うのは止めなよ……っていうかロックしてないのか彼女は。危ないな」
なんだか場違いな二人の会話に、朱莉は戸惑う。
「あの……洋子は?」
あまり顔色の良くない眠っている友人と、背の高い知り合いを、朱莉は交互に見やる。
「あぁ、大丈夫、死んではないよ。アバラと内臓が少しいっちまってるけど、それじゃ死のうにも死ねないし、裁定委員会が来たら手当てもするさ」
言っていることは物騒だったが、とりあえず無事らしい。よく分らないけれど、少し安心した。洋子の隣にひざまずく。
髪を結っていない友人は、雰囲気が違っていた。けれど、人の温かみというか、その無防備さは、いつもと変わらないものだった。
「……洋子」
あなたは一体、なにを為したかったの?
訊きたかった、尋ねたかった、問い詰めたかった。けれど、なんだか喋れない。
泣きもできない。それどころか、涙腺が緩む気配はない。朱莉はますます落ち込んだ。自分の友人に対する思いは、所詮この程度なのだ。
「あまり気にしないほうがいい」
背中に声がかけられた。優しい男の声だった。嬉しいとか哀しいとか、そういう感慨は何も浮かばなかった。
「君からも何か言ってくれよ。薫くん」
「無責任なことは言えないよ」
そのとき、夜の空気を響かせるエンジン音がした。音源――校門を見ると、三台のタクシーが入ってくるところだった。
「ご到着だ。薫くん、タクシーまで運んでやりなよ」
ああ、と小さな返答とともに、眠ったままの友人を薫が持ち上げる。朱莉はただ黙ってみていた。
駐車場に停まったタクシーから、数人の人影が出てくる。彼らは働きアリのように知り合いに群がり、担がれた友達を車内に運んでいく。
すると、タクシーから出てきた一人が歩みよって来た。年齢は四十くらいで、一重で目付きが悪い背の低い男――朱莉は見覚えがあった。
「あー! あなたあの時の……」
朱莉は思わず叫んだ。数日前、雨の日の横断歩道で出会った男だった。
「ん? ああ、あの時のお嬢ちゃんか」
「お二人は知り合いでしたか」
それは私のセリフです。朱莉は胸中で呟いた。
「おい……無関係な人間になんでこっちの揉め事見られてんだよオメー」
「ハハ、それはお互い様でしょう? 彼女は僕の住所知ってましたし、どうせあなたの仕業でしょ、糸島さん」
「ちっ……」
糸島はタバコを取り出した。ここが禁煙なのは分っていないのだろう。鼻につく副流煙は芳ばしくて、何より苦くて臭かった。
「とりあえず嬢ちゃんについても、こっちで処置を決める、お前は手を出すな」
「分ってますって……」
祐輔が勘弁して欲しい、と諸手を挙げている。
自分のことを話題にされて、不安はあった。けれど興味はなかった。
――これから、どうなるんだろう……?
タクシーの集まりから戻ってくる知り合いを見ながら、朱莉はそう思うのだった。