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ハニーポット  作者: 指猿キササゲ
$1$ 本質乖離
18/113

#18 朱莉

    #18 朱莉


 無許可で学校の敷地に入って大丈夫だろうか――そんな朱莉の心配などそっちのけで、祐輔は自動車を敷地内にいれ、さらに駐車場に停めてしまった。

 二人は車を降りる。すると否が応でも一階の渡り廊下に目が付いた。そこには知った人影がある。蓮灘薫だった。横に倒れているのは確認するまでもなく、朱莉の友人、野崎洋子。

 祐輔は手を上げて一言、

「車で助けに来るまでもなかったみたいだね」

 三人の間を、寒風が吹きぬける。

 車で、来るま。朱莉の脳は白く染まる。

「こいつ、どうするんだ? 委員会のヤツラは一緒じゃないみたいだけど」

「え、スルーかい? まぁいいや。糸島さんを呼ぼう」

 薫の無視に、祐輔はあからさまに動揺していた。

「もう呼んだよ。そいつのスマホ使わせてもらった」

「君ねぇ。他人の道具を勝手に使うのは止めなよ……っていうかロックしてないのか彼女は。危ないな」

 なんだか場違いな二人の会話に、朱莉は戸惑う。

「あの……洋子は?」

 あまり顔色の良くない眠っている友人と、背の高い知り合いを、朱莉は交互に見やる。

「あぁ、大丈夫、死んではないよ。アバラと内臓が少しいっちまってるけど、それじゃ死のうにも死ねないし、裁定委員会が来たら手当てもするさ」

 言っていることは物騒だったが、とりあえず無事らしい。よく分らないけれど、少し安心した。洋子の隣にひざまずく。

 髪を結っていない友人は、雰囲気が違っていた。けれど、人の温かみというか、その無防備さは、いつもと変わらないものだった。

「……洋子」

 あなたは一体、なにを為したかったの?

 訊きたかった、尋ねたかった、問い詰めたかった。けれど、なんだか喋れない。

 泣きもできない。それどころか、涙腺が緩む気配はない。朱莉はますます落ち込んだ。自分の友人に対する思いは、所詮この程度なのだ。

「あまり気にしないほうがいい」

 背中に声がかけられた。優しい男の声だった。嬉しいとか哀しいとか、そういう感慨は何も浮かばなかった。

「君からも何か言ってくれよ。薫くん」

「無責任なことは言えないよ」

 そのとき、夜の空気を響かせるエンジン音がした。音源――校門を見ると、三台のタクシーが入ってくるところだった。

「ご到着だ。薫くん、タクシーまで運んでやりなよ」

 ああ、と小さな返答とともに、眠ったままの友人を薫が持ち上げる。朱莉はただ黙ってみていた。

 駐車場に停まったタクシーから、数人の人影が出てくる。彼らは働きアリのように知り合いに群がり、担がれた友達を車内に運んでいく。

 すると、タクシーから出てきた一人が歩みよって来た。年齢は四十くらいで、一重で目付きが悪い背の低い男――朱莉は見覚えがあった。

「あー! あなたあの時の……」

 朱莉は思わず叫んだ。数日前、雨の日の横断歩道で出会った男だった。

「ん? ああ、あの時のお嬢ちゃんか」

「お二人は知り合いでしたか」

 それは私のセリフです。朱莉は胸中で呟いた。

「おい……無関係な人間になんでこっちの揉め事見られてんだよオメー」

「ハハ、それはお互い様でしょう? 彼女は僕の住所知ってましたし、どうせあなたの仕業でしょ、糸島さん」

「ちっ……」

 糸島はタバコを取り出した。ここが禁煙なのは分っていないのだろう。鼻につく副流煙は芳ばしくて、何より苦くて臭かった。

「とりあえず嬢ちゃんについても、こっちで処置を決める、お前は手を出すな」

「分ってますって……」

 祐輔が勘弁して欲しい、と諸手を挙げている。

 自分のことを話題にされて、不安はあった。けれど興味はなかった。

 ――これから、どうなるんだろう……?

 タクシーの集まりから戻ってくる知り合いを見ながら、朱莉はそう思うのだった。


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