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ハニーポット  作者: 指猿キササゲ
$1$ 本質乖離
17/113

#17 薫

    #17 薫


 四辺の内、二辺は校舎によって塞がれている。校舎の影が落ちて、より暗く感じる横長の空間は、谷底のように重々しい。

 日は落ち、わずかに残留した陽光で群青に染まるアスファルトの空間。薫の背後は駐車場、洋子の背後は少しの広さの空間。それを塞ぐのは、教員棟の後ろにある体育館と、生徒棟を繋ぐ廊下。

 けれど、ところどころ渡り廊下などの隙間があって、実際に逃げるとなると、地の利は洋子に向いている。

 だが、薫の身体能力は、そんな小細工を許さない。純粋な走力ならば、普通の女子高生となど比べることすら馬鹿馬鹿しい。陸上選手と比べたって、本気の薫となら倍近い差が出るだろう。

 だが薫とて、この女から逃げるのは難しい。さきほどの正体不明の一撃、像による幻覚ができるかどうかは不明だが……どちらにしろ、振り返って逃げ出したとしても、背中に一撃喰らうのがオチだ。

 となると互いに目的は一つ、互いに互いを倒す事だけ。


 薫の前進は、跳躍によるものだった。

 全身の筋肉を縮めて、爆ぜるように一直線に目標へと突撃する。

 目測で五メートル先にいる相手は、無防備に突っ立ったままだった。

 けれど、薫はまたしても正体不明の一撃を喰らって地面に突っ伏す。

「――ッ!」

 とはいえ、薫も馬鹿ではない。流石に今度は来るだろうと分っていた。

 身に食らってこそ、分る事もある――根性論とかではなく、薫は知っていた。

 解創とは、個人の願いの形である。意図的に願いを考え、解創という力を作る追求者とて例外ではない。故に、それを理解するには触れてみるのが一番なのだ。

 薫の首が何かの力で、右に無理矢理回される。頚椎を粉砕しかねない力がある。けれど薫は焦らなかった。

 唇を、強く結ぶ。

 ――できる。

 視線を向ける。そこには、動きを止めた人影が一つ。

 薫は右手を自分の頭へと持ち上げる――外側から阻害される感覚があった。まるで他人が自分を押さえつけようとしているかのような、そんな感覚。

 ――なるほどね……。

 薫は予想し、そして推察する。もし自分の考えが正しければ、自分が彼女の力に負けるわけがない。

 薫が発揮した力は、常人以上の身体能力でもって自身の身体を持ち上げた。

 視線の先には、動きを再開した人影が一つ――!

「あなたって……本当に出鱈目――」

 洋子の呟きには非難の色すら窺える。

 薫は看破していた。彼女の解創が、自分の身体の力を行使する、幽体離脱の亜種だということを。

 あくまでも重量のない、純粋な力。腕力、脚力……そういった身体が起せる物理的な力を、自分の手が届かない範囲でも行使できるというだけだ。自分自身の身体が、本来発揮できるよりも強い力を与える事はできない、

 しかし、単に力を行使するというより、身体を動かす代わりに力を操作するといった方がいい。故に、彼女が解創を行使している間、彼女自身の身体は停止する。とすると、あえて弱点たる肉体を晒していたのか。

 人間、弱い部分は必ず隠すと思ってしまう。だからあえて晒すことで注意から外したのだ。どうせ見えていなければ上手く解創は使えないのだ。ならば最初から晒して、まるで弱点ではないと振舞った方が賢いと判断したのだろう。

 ならばそれは愚かだ。蓮灘の身体を甘く見すぎている。

 力の強さは分った。あとはどのような条件でその解創を行使できるかだ。弱点を晒している以上はリスクが伴う。そこまでした理由から考察すると――行使の条件は、視界に収まっているか、あるいは身体から一定距離以内でなければ使えないか、のどちらかだ。

 薫は両方だと予想する。見えなければ上手く操作できない。なんでもそうだろう。いちいち見なくても使えるものなんて、パソコンのキーボードくらいのものだ。

 立ち上がった薫は、力のかかっている首をそのままに、洋子に向かって走り出す――迫り来る危機に、洋子は表情を引き締めている。

 薫は視覚的情報と、チリチリと焼けるような皮膚の感覚で、敵の攻撃の瞬間を察知して、跳んだ。

「――!」

 追求者の顔が歪むのを、薫は視認できない。

 薫は宙に浮かんでいた。極度の集中と運動によって、体感時間が引き伸ばされる――視界を覆う暗くて青い空――女の頭上、頭と肩――結われていない髪に隠れた背中――流れるようにアングルが切り替わる。

 薫は人一人分の高さを飛び越えていた。

「――嘘、でしょ」

 振り返る追求者――ちょうど自分に正面を向けた瞬間、薫は掌を突き出した。

 洋子の鳩尾に衝撃が炸裂する。薫が喰らったものとは比較にならない一撃は、一部とはいえ内臓すら破裂させた。与えた一撃の中心は、掌の付け根の硬い部分。余波を受けた肋骨は、それだけで薙ぎ払うように叩き折れた。

 技術があるとはいえ、追求者はただの人間。ただの人間がそんな一撃を喰らって意識を保っていられるほど強いわけがなく、声すら上げることなく、身体は地面に吸い込まれていく。

 もともと比べるまでもないやり取りだった。人の願いを叶える追求者と、戦うための身体の標本。追求者が勝てる要素は、少しも無かったのだ。

 ならばどうして挑んだのか? 硬いアスファルトに頭をぶつける前に、薫は無害となった少女を抱き上げる。意識のない人間は重く感じるというが、薫にとっては軽すぎた。

 自分よりも小さくて、か細くて、弱弱しい。

 ――なんでこんな弱い身体で、こんな無茶が出来るんだ。

「出鱈目なのは、アンタの方だよ」

 薫は追求者に嫉妬して――苛立って、歯軋りをした。


やっと章分けの方法が分かった……。

今回の話より前のが編集されているのは、サブタイトル変更の為です。

誤字脱字などまでは見ていないので、ご了承ください。

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