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ハニーポット  作者: 指猿キササゲ
$6$ 超越者たち
111/113

#16 朱莉

「私にとっても、決断でした」

 誰に訊かれるともなく、鳩間朱莉は独白していた。

「なんだかんだ言って、私は今まで、巻き込まれてきただけです。自分の意思で、追求者や解創者の諍いに、影響は与えられてない」

「ふぅん。あっそ」

 朱莉が見据え、また朱莉を見据える女――鶴野温実は、くだらない、といった風に応じた。

「この一線を超える事は、私が、私の意思によってやったことです」

「一線を超える? 私に歯向かう事が?」

 間髪入れずに、朱莉は返す。

「いいえ。この場に来た事です」

 僅かに温実は、機嫌を損ねたようだった。眉根を寄せる。応じるように、彼女の傍らに控える透明の流体が、ずるずると、朱莉を少しずつ包囲する。

「出てきただけで、何が出来るのか教えて欲しいわね」

 少しだけ、笑みを浮かべる鶴野温実。だが、纏う雰囲気は楽しげではない。むしろ、今にも朱莉を殺さんとばかりに張り詰めている。

 ん? と温実は小首を傾げる。

「ああ、もしかして、木村から話があった、鳩間朱莉? ……なるほど。角川祐輔を助けに来たの?」

 朱莉は、自分の名前を……個人を特定されても、恐れることなく肯定した。

「はい」

 温実は余裕を取り戻したように、目を伏せた。

「けど残念ね。『蓮灘の記録』の関わる解創の事件の原因が、この角川祐輔にあると分かった以上、我々裁定委員会は、原因解決を図るわよ」

 朱莉は、かすかに震える声で、異を唱える。

「原因解決を図るなら、角川祐輔という一人の追求者を殺しても、意味がありませんよ」

 む、と先ほどとは違う意味で、眉根を寄せる鶴野温実に、朱莉は淡々と続ける。

「角川祐輔の目的は、『蓮灘の記録』を超える人形を作ることでした」

「知ってるわよ、そんな事。木村から聞いたの?」

「その人形が、いま何処にいるか、ご存知ですか?」

 その言葉で、温実は、いったい朱莉が何をしようとしているのか、理解したらしい。

「……そう。なるほど。状況が理解出来てないってワケじゃないのね」

 つまり――人形を逃がした事で、裁定委員会は、角川殺害よりも、人形の探索を優先せざるをえなくなる。下手には殺せない。人形の行動を詳細に知っているのは祐輔だ。

 『蓮灘の記録』の戦いを知った人形が、一般の世界に、どれほどの影響を与えるのか分からない以上、無視は出来ない。

 そして――人形を逃がすように差し向けたのは、紛れもなく、鳩間朱莉の所業である。

 朱莉を包囲していた『我が命をそのままに』が、一瞬で形を変えた。朱莉の喉元に、全ての包囲から、八つの刃を等間隔で突き付ける。

「やめろ、彼女は解創を使える人間じゃないんだ!」

 祐輔の懇願を、温実は鼻で笑ってあしらった。

「そう。……なら好都合。この場で楽に始末できるわけだ。解創を知った一般人を」

 焦燥に駆られる祐輔とは対称的に、朱莉は、ただ首を横に振るだけだった。

「状況が混乱するだけです」

「命乞い?」

 最後通告だったが――朱莉は、それを破棄する。

「だと思うなら、私を殺してみてください」

 誰もが、目を見開いた。例外は、本人だけだ。傲岸不遜の鶴野温実さえ、朱莉の態度に面食らった。

「ふふっ……」

 震える声が聞こえた。誰のものかは判別としない音だった。……だが、顔を隠し、身体を折り曲げているから、温実のものだと分かった。

「アハハッ! ハーハハハッ! この私にっ……、そんな口利いた奴……っ、年下じゃ貴女が初めてよっ……!」

 温実は、腹を抱えて笑っていた。その誰もが、目を点にした。怒りに狂った温実が、解創によって、朱莉を消し炭にする未来を、予想していたからだ。

「はぁ……いいわ。確かに、アンタを殺しても状況は好転しないわね。仕方ないから人形狩りに行くとしますか……糸島、角川(ソイツ)、車に乗せといて」

 温実の急変に、糸島も、美羽も戸惑っているようだった。角川に肩を貸して、糸島は彼を車に乗せる。

 温実は後部座席の扉を開けると、透明の流体を戻したキャリーバッグを入れる。

「場合によっては『蓮灘の記録』も協力してそうな気もするけど……ま、人形を見つけられるかは、運次第ね。じゃあね。鳩間朱莉……その信念、いつまで持つか見物ね。せいぜい頑張りなさい」

 音を立てて、車のドアをスライドして閉じると、自動車は発進した。トンネルの中は通れるだろうかと不安だったが、朱莉の知った事ではないし、むしろ時間が掛かった方が、朱莉としては望ましい。

「ふぅ……」

 思わず、その場にへたり込んだ。緊張が去って脱力してしまった。

 もう、洋子の時とは違う。

 もう、夏の時とも違う。

 やっと為せた。解創を知って、ここまで辿り着くのに。けれど私はやっと一つの願いを為せたのだ――朱莉は、わずかな達成感を抱いて、アスファルトの上で、仰向けに寝転がった。

 夜空に、たくさんの星々が輝いていた。まるで朱莉を讃えるように。


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