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ハニーポット  作者: 指猿キササゲ
$1$ 本質乖離
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#11 朱莉

    #11 朱莉


 この日の学校は、いつもと少し違っていた。

 朝から騒がしかった。仲の良い者同士で雑談するのは、朝、いつも見る光景だ。だが、だんだんといつもよりも、例の御札が話題に上ることが多くなっている。

「うっわ、お前らマジでやってんの?」

 教室に入ると、男子生徒が別の男子生徒たちに、そう声をかけているところだった。話しかけられているのは、昨日、授業中に話していた男子生徒の三人だ。

「マジでやってるよ。お前もいる?」

「っつかそれ本物?」

「昨日、校舎ん中を苦労してかき集めたんだよ。一枚五百円」

「それ高いのか安いのか分からないんだけど」

「お前、安久津のこと知らねーの?」

「安久津? あぁ、はいはい。どうかしたん?」

「あれだよ、未来ちゃんに告られたらしいよ、アイツ」

「えっ、マジで? 俺もダメもとで買ってもいい?」

 朱莉は呆れた。どうやら本当に始めたらしい。売っていることにも驚きだが、そんな謳い文句で買っていく奴にも吃驚だ。

 ただ話していただけかと思ったら、まさか本当に売買しているとは……しかし、どこであんなに手に入れたのだろうか?

 ――ったく、こういうのって先生にバレたらヤバくないかな……。

 朝から複雑な心境にさせられながら、友人の姿を見つけると、そんな事はすぐに脳内から搾り出された。

「あ、洋子おはよー。……ったく、なんで男子ってこんなに馬鹿なのかな……」

 無論、女子でも馬鹿な人間は馬鹿なのだが、比率で言うと男子の方が多い気がする。偏見なのかな、と思いつつも、自分の席に座っている洋子に話しかける。

「え、あ、そうだね……」

 いつも元気な筈の洋子が、今は顔面を蒼白させていた。元気なだけが取り得の友人が、今はまるで病人のようだ。

「どうかしたの? 顔色悪いよ?」

「大丈夫……ちょっとお腹痛くって……」

「えっ、大丈夫?」

 洋子は力の無い笑いを浮かべた。

「ちょっと保健室、行ってくる……」

「え、大丈夫? ついていこうか?」

「大丈夫大丈夫、あ、先生とかには体調悪いから保健室行ったって言っといて……」

 言いながら、友人は教室の出口へと向かっていく。教室に入ってこようとした長身の女子生徒――薫とぶつかりそうになる。

 ――洋子、どうしたんだろ?

 いつもと違う友人の様子が、朱莉は心配だった。


 この日の異常は、それだけではなかった。

 四時間目が終わってすぐ、朱莉は洋子がまだ保健室に行ったままだったので、別の友人達と昼食を食べていた。

「ほらあれ、男子が売ってたらしいよ、一枚五百円くらいで」

「マジで? 未来も使ったって言ってなかった? 流行ってんの?」

 長髪の友人が、未来というショートカットの少女に尋ねる。

「え……私、靴箱に入ってたの使ってみただけだし」

「で? その後、安久津君とはどうなの?」

「うん。まぁまぁ……」

 やりにくそうに未来が笑う。

「っつか五百円って可愛いいよね。ウケる、超ウケるんですケド」

「イヤイヤ、売ってるのって西野でしょ? あいつ絶対そこまで計算してるって」

 二人の恋話(コイバナ)を放置して、別の二人が下賎な話題で盛り上がる。

「ったく、どうやって集めたんだか。朱莉もなんか知らない?」

「え、私?」

 突然話を振られて、朱莉は困った。

「でも、どうなんだろ……ホラ、なんかアレで先輩が事故ったって話、聞いたし……危ないんじゃないかな、あの御札」

 ――あれ、なんでこんなこと話してるんだろ?

 実際、こんな否定的な意見を自分が口にするとは思ってもいなかった。

「あー、あれ? あの先輩って結構悪いらしいじゃん。天罰じゃん」

「っつか気にし過ぎだって。おまじないなんだしさ、もしやってたって証拠ないんだしぃ」

 朱莉は皆の様子が変化していることにようやく気付いた。みんな、あんなわけのわからないものを恐れるどころか、楽しんでいる。

 けたたましい音と共に教室の扉が開く。入ってきたのは男子生徒だった。おそらく四時間目が体育だったのだろう、服装は体操服だった。それだけで、朱莉はなにかあったものと察した。

「おいヤバいって!」

 どうかしたん? 開いたドアの付近にいた別の男子生徒が、暢気な声をかける。

「沼野が階段から落ちたって! そこの階段で!」

 教室が一気に緊迫感に包まれる。沼野、というのは隣のクラスの大柄な男子生徒だ。たしかクラス委員を務めていたはずだ。

「え、マジ? どこどこ?」

 教室の色んな所で椅子を引く音と、どたばたと教室から走り出て行く音が聞こえる。突然の事故に、朱莉も心配になる。

「突き落とされたの?」

「いや、勝手に落ちたって皆は言ってる」

 朱莉と一緒に昼食をとっていた友人が訊ねると、体操服の男子生徒が答えた。

「まさかあの御札とか?」

 別の友人が、ふとそんな呟きを漏らす。

 朱莉は沼野という男子生徒と面識があるわけではないが、彼がかなり責任感が強い性格なのは知っている。だがそれと同時に彼は少し融通が利かないから、一部の生徒からは嫌われていた。

 朱莉は考える前に席を立っていた。「どうしたの朱莉?」と友人が背中に声をかけるが、朱莉は半ば無視して教室から出て、階段の方へと向かう。

 人だかりが出来ていて、件の男子生徒の姿はすぐに見つけられた。沼野の巨躯は、男性教員達によって担架で運ばれていた。

「本当に……こんなことって……」

 前に洋子から聞いた先輩の件といい、あの御札の効果は計り知れない。そしてそんな危ない物を使っている人間がいるという事が、朱莉にとってはもっと怖かった。

 遠目から沼野の口元を見ると、小さく動いている。朱莉は人垣を掻き分けて、すぐそばまで寄ってみる。周りの喧騒がうるさい中、沼野の小さな呟きは、微かに聞こえた。

「クッソ……押したの誰だよ……クソ……」

 御札に見せかけて誰かが突き落としたのではないか――もう朱莉には、なにが御札のせいで、何が人のせいなのか分らなかった。


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