#5 朱莉
角川祐輔の態度の急変に、戸惑っていた朱莉にとって、美羽からの話は、まさしく泣きっ面に蜂だった。
「今まで、蓮灘薫に追求者や解創者を差し向けていたのは、角川祐輔だった」
それがどういうことなのか、朱莉が理解するには時間と補足説明が必要だった。
角川祐輔の目的が、人形の作成であったこと。
その人形に力の使い方を教えるために、『蓮灘の記録』と他の追求者の戦いを見せ続けていた事。
眼鏡の少女――祐輔自身は『眼鏡ちゃん』と呼んでいた者――の正体よりも、祐輔が今まで、自分達にその事実を隠していた事の方が、衝撃的だった。
「嘘だ……」
信じられない、と嘆く朱莉に、美羽は厳しい口調で言い返す。
「なんで嘘をつくのよ。……しかし、大変な事をしてくれたわ、角川祐輔も。けど、解決の糸口が見えたっ考えれば、ラッキーだけど」
「解決?」
どういうことかと、朱莉は美羽の言わんとしている事を考える。
「鈴切桐高の一件で、私達は『蓮灘の記録』の露払いをする事を決めたわけだけど……今までのトラブルの原因が、全て角川祐輔一人にあると分かれば、彼を排除すれば、もう露払いも必要なくなるということよ」
その意味は、すぐに分かった。追求者の力――解創を使って、皆を幸せにしようとして、結局失敗した朱莉の親友、野崎洋子に対して取った対応と、同じ事をするつもりなのだ。それも、もっと厳しい罰を。
「そんな……でも、角川さんが蓮灘さんを狙わなくなれば、もう、罰の対象からは外れるんでしょう? 私、説得してみる」
朱莉は、希望的な見解を口にするが、美羽は首を横に振った。
「なに言ってるのよ、朱莉。犯した罪は、過ぎ去ったからって消えたりしないわ。今までの、彼の無責任な所業を理由に、裁定委員会は、角川祐輔を裁定するわ」
「でも……」
――もう、解創の世界に関わるのは、止めておけ。
ずき、と胸が痛んだ。祐輔の言葉を思い出して。
もしかしたら、角川さんは、こういうことも予期していたのかも知れない――朱莉は、そう思った。自分に対する罪の追及を、朱莉に見せないようにするための、配慮だったのかも知れない。
――けど、そんなの、勝手だよ……。
今まで、さんざん解創についての話を聞かせてもらい、面倒を見てもらったのだ。今更、それを無かったことにはできない。
「ねぇ……木村さん。角川さんを裁くのは仕方ないにしても、罰を軽くする事は出来ない?」
朱莉はせめてもの妥協案を提示したが、言いにくそうに美羽は口を開く。
「さぁね……けど、今回、角川の裁定を担当する事になった裁定員っていうのが、ちょっと、そういうことは望めそうにない感じの人でね……」
裁定委員も一枚岩ではないらしい。美羽は具体的な事を言うのは避けたいと見える。
「どんな人なの? その担当の人って」
「……んーっとね」
美羽は言葉を選んでいたが、やがて一番適切な表現を思いついたらしく、苦い笑いを浮かべて言った。
「我侭な上に実力のある、手の付けられない女王様ってところかな」