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ハニーポット  作者: 指猿キササゲ
$1$ 本質乖離
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#1 薫

    #1 薫


 朝の予鈴が鳴るのと同時に、蓮灘(はすなだ)(かおる)は気だるい体を起こした。

 彼女はホームルーム教室から離れた、選択教室にいた。規則正しく並べられていた机を横向きにして、縦に四つと、横に二つ並べただけで、セミダブルサイズに匹敵する硬すぎる即席のベッドを作って、それの上で寝ていた。ちなみに枕は、机の中に入っていた誰かの国語辞典を拝借した。おそらく生徒が持って帰るのを面倒臭がって、置いたままにしているのだろう。選択教室なら利用者は限られているので、盗難に遭う可能性も少ない。

 窓から差し込む光が、空中の埃を鱗粉ように照らし出す。この教室は掃除されていないんだよ、と暗に示しているようで、不愉快だった。呼吸すら億劫になる。喉の奥まで塵芥が張り付いているような気がした。

 喉の奥が痒いのは気のせいということにして、薫は机を元の位置に戻す。

 机に触れる。さきほど薫が寝ていたにも関わらず、冬の空気は残っていた薫の体温さえも冷ましてしまっていた。さっき自分が寝ていた物と、今自分が触れているものが同じ物だという実感が得らえれない。取るに足らないことなのに、妙な疎外感があった。

「――匂いさえ、しない」

 囁きは、外気と変わらぬ冷たい空気に掠れて、消えていく。

 授業中以外は使われないためか、生活感というか、温かみというか、そういう人の痕跡というものはまるでなく、ただ無機質な机という物体だけが、そこに冷たく存在していた。不気味で、信じがたい。ここは、数メートル離れた所にある、生徒が溢れたホームルームという空間からは切り離されている。

 選択教室を出る。廊下は真っ白だ。床のタイルも白く、コンクリートの壁も白いペンキで塗装され、木製で防音性の高い、小さな穴が規則正しく空いた天井も、白く塗られている。病院というよりは研究所か大学のような雰囲気があった。足りないのは広さだけだ。けれど選択教室とは違って、ここは無機質な異界と、煩い世界の間にある、細長い境界だ。向こうからの人の声が残響し、背後から無機質が滲んでいる場所。空間というほど意味があるわけでもなく、ただここに在る。そんな場所。


 数十メートル歩くと、背後にあった薄ら寒い感じは消え、代わりに小うるさい声が、薫の意識を現実に戻した。

 薫が教室のドアを開けた。ドアの音で室内の生徒の過半数がこちらを見るが、すぐに仲間達との話題に向き直る。薫はクラスメイトから、嫌われているわけでも、好かれている訳でもない。薫も別にそれをどうとは思わない。所詮人間関係というのはその程度のものだった。

 最近はそうでもないが、入学当初は相当目立っていた。百八十二センチという背丈だけでも目立つには十分なのに、薫の性別は女ときた。たいていの男子、ならびに教師よりも頭一つ大きいので、迫力だけは十分にあった。

 自分の席に座る。机は随分と小さい。だが今までも自分に合わない小さな机しか使ったことはないので、それを別段不便とは思わない。

 薫の身体的特徴には、理由がある。

 それは彼女の血縁者が『追求者』(ついきゅうしゃ)と呼ばれる者であったことに起因する。


 追求者の用語で、解創(かいそう)と呼ばれるものが存在する。

 追求者たちの見解では、解創は、仏教などの用語の『解脱』の対に位置づけられると考えられている。

 解脱とは、平たく言うと、煩悩や悩み、執着を捨てて涅槃に到達して自由を得ることだ。

 解創は逆に、煩悩や悩み、執着を我が物とし、支配する事で自由を得ることだ。

 つまり広義には、物事を解決する事や、目的を達成する為の手段となる道具なども、解創の定義に含まれる。

 だが、解創の中には、一般的、科学的ではない物事の解決手段もあるため、普通はそういった『非科学的な手段』を解創と言い、それを先天的、もしくは自分の意思で一途に『願う』ことで手に入れ、我に刻んだ者……すなわち、ある目的を解決することが可能な、異常な能力を手に入れたものを解創者という。彼らは純粋に願望を抱き、そして自我に刻まれた『願望を叶える力』――解創によって、その志向(しこう)を縛られてしまう人間だ。

 そして本題の追求者は、解創者と違い、解創を手段として用い、自由を得ようとする者達だ。大きく『使い手』と『作り手』の二種類に分けられ、『使い手』主義は、解創を『使う』ことに自由があるとし、『作り手』主義は、解創を『作る』ことに自由があるとする。

 そして蓮灘という……正確に言うと、蓮灘と名付けられた家系も、古くからある『作り手』主義の追求者の家系だった。

 太平洋戦争時、戦争に転用し、天皇と大日本帝国に勝利をもたらさんと研究した追求者たちがいた。だが、彼らの研究が実る前に、日本は戦争に敗退した。

 だが当時、追求者の技術を目の当たりにした日本軍の幹部たちは、この力がいずれ必要になる時が来ると悟った。そこで国連の手が伸びる前に、解創に関する、ほとんどの資料を全て焼いて破棄した。

 だが、残った資料もある。日本軍は残った『資料』に、本来は存在しない姓を与えることで、すぐに見つけ出せるように取り計らった。いくつか存在する『本来存在しない姓』の中には、『蓮灘』というものもある。

 だが、戦争から七十年余りが過ぎた今、解創の存在を知る旧日本軍人達は、そのほぼ全てが天寿を全うした。つまり誰にも知られることなく、いくつかの『資料』だけが残存し、子供を生み、また新たな『資料』として増え続けているという事だ。


 そして薫も、その『資料』の一人である。


毎週土日、それぞれ1話ずつ、昼の12時に上げる予定。


もちろん確約じゃないでーす★


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