88 空の宿屋
「んー」
朝日が昇る前に私は目が覚める。
「もう、起きなきゃ」
私はベッドから体を引きずり出す、体が外に出ると冷たい空気が私の意識を一気に覚醒させる。仕事の服に着替え終わると、妹のサラを起こしに行く。
「サラ朝よ、起きて」
「うん、お姉ちゃん」
「起きたら、井戸から水を汲んで来て。たぶん今日は泊まっている人数が多いから多めに汲んで来てね」
「うん」
サラは眠そうに顔を擦ってベッドから抜け出す。そんな妹を見届けると朝ごはんを作る準備をし始める。
今日のメニューは野菜とお肉のスープとパンそれと目玉焼きです。パンは向かいのパン屋さんから買っているので問題ありません。野菜とお肉のスープも昨日の内に下準備をしたので温めるだけです。問題は目玉焼きです。スープなどと違いまとめて作れないので急いで作らなければなりませんし、冷めてしまってはダメなので、常に目玉焼きだけを焼くだけにしとかなければなりません。朝日が顔を出したら起き出す人が、居ますので急がないと。
私は竈に薪をくべておがくずを入れて、生活魔法で火を灯した。でもコレだけだと薪に火が付く前に消えてしまうので生活魔法で風を送り込んで火を燃え上がらせる。
それを続けて薪に火が付いたら消えることは無くなるので、私はスープが入ったお鍋をかき回し始めた。
そうしているとソフィアが入ってくる。
「ソフィアおはよう、悪けどお皿用意してくれる?数はそうね~二十枚程度でそこに置いてあるパンを並べてちょうだい」
「おはようございます、サラ様。こちらのパンですね」
「それです。お願いしますね」
「分かりました」
ソフィアは返事をしながら効率よくお皿を並べていくとその上にパンを置いていく。
「おはようございます!!」
元気よくドアを開けて入ってくるのはミルです。
「おはよう」
「おはようございます」
「ミルはスープを入れるお皿を二十枚程出してください」
「分かりましたーー!!」
元気よくミルは返事をするとお皿を出してくれる。
「それが終わったらリサの手伝いに行ってくれる?今、井戸にお水を汲みに行ってるから」
「はーい!!」
スープが温まった頃、朝日が顔を出し始めた。それを見計らったかのように冒険者たちが部屋から出て、食堂に入って来る。たぶん商人の護衛をする人たちなんでしょう、商人の人たちは朝早くから街を出ますから。
「お~い、朝飯頼む」
「「は~い、ただいま用意しますね」」
返事をしたのは水汲みが終わったリサとミル。冒険者は四人組だったにで素早くお皿にスープを入れて、リサとミルに四人分のスープを持って行ってもらうと、私は目玉焼きを作り始めた。
熱したフライパンに油を馴染ませたら、卵を四つ割りフライパンに目玉焼きを入れそのまま蓋をします。それから一分ぐらいで白身が固まり始めたら水を入れてます。 これで少し待てば目玉焼きの完成です。
私は目玉焼きをパンが乗っているお皿に並べて、サリーたちに渡します。毎日こんなふうに朝食を作ります。
朝日がしっかりと顔を出して来ると起き出す人も増え、厨房は大忙しになる。私はここが踏ん張りどころと、自分を励まし目玉焼きを焼き続ける。
実際ピークが過ぎれば食事をする人は減るので楽。
ピークが終わると私は食器洗いを始める、それくらいになると厨房は忙しくないので他の人にはシーツや部屋の掃除をやってもらっている。
お昼はそこまで忙しくは無い、お昼はお金に余裕がある裕福な人達が食べにしか来ないから、来る人は少ない。
それから少しすると団体さん遊びに来ます。
「遊びに来たよーー!!」
そう、冒険者ギルドの受付嬢の団体さんです。彼女たちはここにしばらく住んでいた猫の伝手?で呼び込んでもらったお客さんです。そこから受付嬢目的でここに来る冒険者さんもいます。これによって傾いていた経営は右肩上がりになり持ち直しました。
そして突然猫は居なくなってしまいました。まるで俺の仕事は終わったと言うかのように……。
私たちは街中を探し回りましたが見つけることが出来ませんでした。受付嬢に聞いても冒険者ギルドには来ていないと言っていました。
あの猫はどこに行ってしまったのでしょう?
そこで丁度三人組のお客さんが入ってくる。男一人女二人の珍しいお客さんだ。私はボーッとしていてお客さんに反応するのが遅れた。そこでリサが咄嗟に反応して相手をしてくれる。
「また猫のことを考えてるの?」
私がボーッとしているのを見て受付嬢の一人が私が考えていることに気づいた。
「うん、今頃あの白い猫はどうしてるんだろうってね」
「そうだね、ぱったりと最初から居なかったかのように姿を消したからね~」
「すいません、その話詳しくお聞かせして貰えますか?」
そこにはさっき入ってきたお客さんで女性の方だった。金髪で髪を伸ばしていて目の色はサファイヤのようだった。お連れの方は既に部屋の方に案内されたようでした。
「別に構わないですよ」
私はそう言って白い猫について話ました。話を聞き終わった女性は何だか緊張した面持ちになって、焦る気持ちを鎮めるように深呼吸をしてゆっくりと口を開きました。
「……そうですか、後もう一つお伺いしても宜しいですか?」
「はい」
「執事服を着た銀髪の男性がどこに行ったか知りませんか?」
その瞬間私たち二人の動きが固まる。なぜならその女性が口にした特徴はこの国では勇者の敵で、魔族の仲間として指名手配されていた男の格好だったからだ。実際はその男が魔族を倒した事によって教会側の都合が悪くなり、死刑にされそうになったところを逃げ出したのが事実だと言われている。これによって魔族から街を救ってくれた恩人に対するものかと住人が憤った。教会側はこれを知ってか知らずか、すぐに指名手配をやめて、探し人として出したが誰も探す人は居らず知っていたとしても誰も教会には言わなかった。
受付嬢はその女性を真っ直ぐに見て口を慎重に開いた。
「あなたはなんでそのことを知りたいんですか?」
「彼は私の命の恩人なんです」
その答えを聞いて受付嬢は目を瞑ってこめかみを撫でながら悩んでいた。実際に見る限り女性の言う事が嘘には聞こえず悩んでいるようだった。
受付嬢は口を開いた。
「私は知らないわ、でも知っている人は知っているわ。今冒険者ギルドで新人を鍛えている人に今のことを話しなさい、その人が知っているわ。その人が教えるかどうかは不明だけね」
「ありがとうございました!!」
女性は満面の笑みを浮かべて頭を下げて駆け足で二階に上がって行った。
「良いんですか教えてしまって?」
「彼が教えるか教えないかは彼次第よ。これが吉と出るか凶と出るかもね」
そんな風に会話しているとものすごい音が聞こえる。窓を見るとさっきの女性が二階の窓から飛び降りたようだった。
「すごいわね」
「……」
私は何も言えず窓から走っていく彼女の後ろ姿を見ることしか出来なかった。




